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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
11章 『災厄』
179/232

179 翻弄

 クズ魔石に込めた魔術は、初歩も初歩、子供騙しにしかならない基本魔術ばかりだ。一度きりの発動で砕けるオモチャでしかないそれをあちこちにばら撒いた疾は、相手の攻撃に紛れさせ順次発動させた。相手の攻撃威力を削らず、結果気づかれないまま、しかし着実に魔術が発動されていく。

 結果、大気中の魔力密度の変動がほんの僅かずつ繰り返され、変動が微小すぎるが故に気づけなかった相手は、ものの見事に魔術構築の勘を狂わせていった。


「おら、最初の威勢はどうした駄犬。調子乗ってる俺に灸を据えるんだろ? 遊んでないで本気を見せろよ」


 挑発してみせると、混乱を滲ませた瞳で疾を睨みつけてくる。もはや虚勢を張る余裕もないらしい。杖が無駄に大ぶりに振るわれ、魔力が過量に注ぎ込まれた。


 ──魔術の発動基本要素は、座標、規模、強度の三要素だ。


 いずれの式も、正確な世界計測が大前提となる。計測と言っても、通常の座標軸に場の魔力量と地脈の特性を加えるといったこの計算式を、文字通り数値で測定するものはそうそういない。地脈や魔力量を直感で感じ取り、それに応じて魔法陣に注ぐ魔力量を調整する。言うなれば経験とセンスがものをいう技術、というのが一般的な認識だ。

 勿論、手間と時間をかけて行う類の魔術であれば、実際に魔法陣構築の際にいくつか確立されている計算式を用いて測定し、必要魔力量の計算を行うが、戦闘魔術で逐一数値入力しようとなれば試みの時点で気狂いの烙印を押され、実行式を示せば禁書扱いされる。

 だが、その禁書著者(父親)からのレクチャーを受けた疾は、少し前からこの理論に着眼して少しずつ研究をしていた。そこで今回のクズ魔石を組み込んでの罠を思いついたのだ。


 ──大気中の魔力濃度を、相手が感じ取れない程度の変化量で変える、たったそれだけの小細工が、魔法士の矜持を地に落とす。


「ちゃちいな」


 飛来した魔術は、最初のようなアスファルトをマグマにするような熱量はどこにも残っていない。初級魔術程度の威力しかないそれを異能の銃弾で打ち消すと、魔術師は顔を泣きそうに歪めた。魔法に切り替えれば発動するのだが、一度疾が魔法発動段階で破壊してやったことで選択肢から消えている。だからこそ、魔術が発動しなければ、どうしていいのか分からない。


(頃合いだな)


 そう判断した疾は、塀を蹴って女へと間合いを詰めた。がむしゃらに振られた杖を掴み、至近距離で嘲笑う。

「へっぽこ魔術しか生み出せない上、ただ振り回す棒きれなんか——いらねえよなあ?」


 言葉と同時、異能を発動し、杖を粉微塵に破壊した。


「あ……ああ、あぁあ……ああぁあああぁあああ!」

「うっせえよ」


 武器を奪われた、ただそれだけで絶望を浮かべて悲鳴をあげる女を蹴り上げ、黙らせる。


(くだらねえ)


 自分がしていることを忘れたのか。人間を玩具にいじくり回す、その悍ましさを自覚すらせずに行っておいて、たかだかこの程度のことであたかも被害者のような顔をして嘆く。どこまでも自分本位なその態度が、心底鬱陶しい。


「この世の終わりみてえな声出しやがって。杖なんざただの補助具だろ? 場所ばっかとって邪魔だったろ? 感謝しろよ、処分してやったんだから」


 吐き捨てるも、相手は答えない。咳き込みながら呻く相手を冷めた目で見下ろしていると、後方でコソコソと何事か言い合う声が聞こえた。あっちはあっちで余裕そうだ。


「うぐっ、げほっ……してやるう」

「あ?」


 えずく合間に何か言い出した。聞き返すと、長い髪の合間から、女が血走った目で睨み上げてくる。


「してやるう……ころ、してやるう……殺してやるう!! クソガキがぁあああぁあ!」


 叩きつけられたセリフの安っぽさに、疾は一周回って呆れた。


「何だ、もう壊れたのか。拍子抜けだな」


 そう言って、ため息をついた。意気揚々と姿を見せたくせに、この程度。疾が侮られているのかこの女がただのバカなのか、どっちだ。魔法士協会相手に喧嘩を売って生き延びる疾相手に、なんの苦もなく生捕りにできると信じられる盲目なまでの自信はどこから湧いて、この程度の反撃で狂気へと形を変えるのはどこまで軟弱なのか。


(遊びも終わりか。つまらん)


 もう少しクズ魔石の使い方をいろいろ試してみたかったのだが、第一段階で片がついてしまった。せっかくの機会がもったいない、と思った心の声がどうやら漏れていたらしい。


「……懇切丁寧に弱点をひとつずつあげ連ねて、ちくちくちくちくいたぶりつつプライドをへし折って、挙げ句に大事な武器まで壊すのが遊びですか……?」


 背後から引き気味の声が問いかけてきた。何やらこちらが大層非道な加害者のような言いがかりをつけられたので、ひとまず一般論で返しておく。


「正当防衛って便利な言葉だよな」

「どう見たって過剰防衛ですけどっ!?」


 打てば響く勢いで反論が返ってきた。振り返ると、竜胆の小脇に抱えられたままの瑠依が顔を盛大に引き攣らせている。


(いや、自分で立てよ)


 瑠依の結界は無駄に強度が高いし、そもそも神力は魔術と相性がいい。少々の魔法では揺るがないものが張れるのだから自分で身を守ればいいものを、全身で竜胆に頼り切ってる姿がどうにも締まらない。


「つーかお前、守ってもらってねえで結界張れよ。この程度のしょぼい魔術も防げないとか術扱う者として恥だぜ」

「いやどー見てもその人めっちゃ優秀だから! 当たり前のように弱点見つけて突く方がおかしいから!」

「はあ? こんなにどーぞ見てくださいとばかりに晒してんのに? お前目悪すぎ」

「魔術を銃弾でぶち壊すようなチート基準でものを語るなし!」

「状況読めバカども!!」


 自覚があるのかないのか呑気な口論に応じていたら、竜胆が切れた。疾は仕方なく意識を魔法士に戻す。

 瑠依たちを含む疾側3人を覆うように魔法陣が展開されていた。見る限り本人の魔力許容量を超えている。精神的に追い詰められた結果、半ば暴走して殺意任せに構築したというところか。


「くたばれくたばれくたばれえ……!」

「ほお、杖無くたってやれば出来んじゃねえか。最初からこれくらい本気出せよな、ちったあ楽しめただろうに」


 おそらくひたすらに魔法陣に魔力を注ぐことだけに注力した結果、無意識に見失っていた魔術構築の適正数値を強引に引き当てたというところだろうか。誰かさんの暴走と違い、割と理にかなった方向性だ。


「ここでその感想とか頭オカシイだろ!?」


 せっかくだし魔法陣の構築要素を盗み取ろうと暫し傍観の姿勢に入った疾の傍ら、瑠依と竜胆が盛大に慌てふためいている。竜胆が強引に突破しようとするのは普通に危ないので止めた。火属性の魔力持ちの魔法陣は、触れるだけでも火傷する事がある。


「ま、所詮は駄犬か。死なせるなってご主人様の命令よか、てめーのプライドを優先するねえ。つくづく魔術師ってのは、つまらんプライドに固着しすぎててうぜえわ」

「ここまでプライド踏みにじられて冷静でいられる方が珍しくないですかねえ……」

「煽る時と場所と相手くらい考えろよ……じゃなくて! どうすんだよこれ!? 防げるのか!?」


 疾の感想に律儀に応じてくるあたり、余裕があるのかないのかよく分からない。が、なぜか当然のように竜胆たちごと守ることを要求されたので、現実的な返答を返しておく。


「あ? 無理。障壁張る余裕とかねえわ」

「はあ!?」

「お前との訓練で相当消耗した上、今までのやり取りでも結構魔術使ったからな。このレベルの防御魔術って相当燃費悪いんだ、流石に怠ぃわ」

「怠いって問題!?」


 瑠依は愕然としているが、神力だって枯渇すれば凄まじい倦怠感と眩暈に襲われるのは同じだ。まあそんな限界まで振り絞った事がないのは想定内でもある。

 ギャースカ喚く瑠依を適当にあしらいつつ、あらかたの解析結果を頭に叩き込む。この間に魔術は完成したが、戦闘においてなんの工夫もなく30秒以上かかる魔術を使用するのは大変非現実的なことを、この魔法士は知らないらしい。阿呆だ。


(ま、今日はここまでだな)


「くたばれえぇああぁああああ!」

「やなこった」


 そう言って、疾は異能で魔術を全て破壊した。吐血してうずくまった魔法士に詰め寄り、今度こそ意識を落とす。


(さてと)


 こちらから巻き込んだとはいえ、守ってくださいと言われ、実際に(疾のついでに)身を守ってやった以上、対価は発生する。顔を上げた疾は、上機嫌に瑠依に言い放った。


「さて、守ってやった対価でもいただこうか」

「悪魔!!」

「褒め言葉どーも」


 最近このやりとりは増えてるが、悪魔扱いは初めてかもしれない。



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