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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
10章 「鬼」
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175 「復讐者」

 疾はくるりと手元で銃を回し、銃身を握ったまま地面に手ごと下ろした。その様子を見たノワールが、声を絞り出して問いかけてくる。


「……どういう……つもりだ」

「そのまま返す。どういうつもりだ?」

「……?」


 眉を寄せるノワールの目を見返しつつ、疾はずっと抱いていた疑問を向けた。


「殺そうとする相手に手加減したのは、何故だ」 

「……」

「邪魔をするのなら排除する、だろう?」


 ──始めからこの暴走を起こしていれば、疾の策は初手で吹き飛び、おそらく詰んでいた。


 その上、魔力毒とジャミングと魔力回路の混線を重ねがけしておいて言うのもなんだが、ノワールの放つ魔法はどこか威力に欠けていた。それは技能の問題と言うよりも、魔法に込められた殺意の問題。

 堕ちた鬼が、人相手に手心を加えるはずがない。ましてや、明確に自分を排除しようと殺意を向けてきたのであれば、ノワールの立場であれば殺しに躊躇いなど無い筈だ。だが、疾の直感は、最後の暴走の瞬間まで、自身の命の危険を察知しなかった。


「……奪った命は、重いと教わった」

「事実だが、理想論にひたりきるほどの甘ったれではないだろう」


 道化(保護者)がいかにも言いそうな台詞だが、それを鵜呑みにしているとは思っていない。少なくとも疾よりこの男の方が手を汚しているはずだ。


「……まあ、……そうだな」

 ノワールも、それは否定しなかった。


「ならば何故殺そうとしない?」


 鬼が鬼狩りを前に本能に身を委ねて襲うでもなく、仇討ちの障害として排除するでもなく。こちらの真意を伺うような対応を取り続けたのは──理性的な行動を取り続けたのは。


「……勿体ないと思った」

「は?」


 唐突な言葉に疾は目を細めたが、続く言葉に、息を止める。



「これほど緻密に魔術を編み上げ、同時に魔術を破壊出来る協会の敵を、ここで殺すのは勿体ないと、そう思った」



(…………────)



 その、言葉の意味を、言葉の続きを、理解してしまったからこそ、疾は思考を止めた。

 疾の様子に気付かなかったのか、ノワールは疾が予想した通りの言葉を続ける。


「協会も一枚岩ではない。研究に没頭する余り人体実験に走ろうとする輩は幾らでもいるし、そうでなくとも幹部として煩わしい雑務が邪魔だ。……お前が人体実験を行う馬鹿共を排除してくれるお陰で、こうして個人的に仇を追うことが出来ている一面もある。だから、ここでお前を殺すのは、将来的に考えて俺の益にはならないと判断した。……お前からも妙に殺意を読み取れなかったのもあるが」


「……は……」


 とどのつまり。


 ──仇を追うのに、疾の活動は自身から協会の目を逸らすのに便利だ、と。


 この男は、そう言ったのだ。

 魔法士協会幹部という肩書きを煩わしいと言い切り、少なからず自身の居場所を確保している組織に仇なす存在を、至極個人的な理由を持って、排除してもいいことはない、と。

 それは、いっそ清々しいまでの、「自分」しかない判断で。


「は……ははっ。はははははっ!」


 それを何ら衒い無く堂々と言い切るその様に、疾は腹の底から込み上げた笑いを、押し殺すことなど出来なかった。


「……」

「っはははははは!」

「……おい。何故笑う」


 何やら不本意そうな声が問うてきて、更に笑いを誘発する。憮然とした顔で疾をじっとりと睨むノワールを傍らに、疾は脳裏に蘇る声を聞いていた。



 ──読み取れないのは、心だわ。



(ああ、全くだ)

 内心で、今更にそう答える。理解するのにここまで時間がかかってしまう自分はやはり、かの天才とは一生同じ視界を共有することはないのだろうと、そう確信しながら。


(仇討ちを最上において何よりも最優先にした結果が、籍を置く組織は情報収集には役立つけど任務は「邪魔」、組織の敵が組織の長を妨害している状態は「都合が良い」、敵を殺すと将来的に「不利益に」なるから勿体ないとなるわけか、いや、んなわけねえだろ本当に)


 傍から見れば明らかに破綻しているその思考を、「己に都合が良い」だけの直感に基づき採用して。己の命を危険に晒しても検証を優先し、実際に命の危機が及べば迷わず抹殺に走る。一瞬一瞬の判断は理に適っているようで、いざ並べ連ねれば決して繋がらず破綻している。その癖、目指すべき道は見失わず突き進み続けられる。



 たった一つ、「復讐」の為だけに、全てを費やし、他者をとことん利用することすら迷わない。

 救いようがないほど愚かで、純粋なほど真っ直ぐな、全てを押し退けて突き進む意志。



「……あー、こんなに笑ったの初めてかもしれねえ」


 やっと笑いを堪え、疾は身を起こしてノワールに向き直る。眉間に皺を刻んだ少年相手に、にっこり笑って言ってやる。



「お前、どうしようもない『人格破綻者』だな」



「………………。それを、お前が、言うのか…………?」

 暫く絶句した後、押し出すようにそんな言葉が返ってきた。当然笑顔でさっさと流す。


「人格破綻者に付ける薬なんてねえよな、いや俺が悪かった。よもやこの世に、人格破綻したまま人間のフリして生きる歩く原発がいるなんざ、予想だにしなかったとも」


 ああ、本当に。

 思い通りにならないというのは、予想を外されるというのは、こんなにも面白い事なのか。


「……あのな」

「スブラン・ノワール。お前って、思いの外、楽しい奴なんだな」


 何かを感じ取ったのか、ノワールの眉間から皺が消える。こちらの意図を読み取ろうとするかのように真っ直ぐ向く黒い瞳を見返して、琥珀の瞳に悪い笑みを浮かべた男が、告げる。


「俺が飽きるまでは、待ってやるよ」


「──」


「だから、とっとと復讐劇とやらを、俺にも見せろ」


 人格破綻者が何もかもを放り投げて、唯一と執着するそれが成し遂げられるまで、この男はどれくらい疾の予想を裏切るだろう。それはきっと、余りにも馬鹿げていて、愚かで、無茶苦茶な──この上なく愉快な代物だ。


(見たい)


 疾は、強く思ってしまったのだ。例え、ここで鬼として始末するのが、鬼狩りとして正しい事だとしても。

 いつかくる殺し合いでの自らの危険を天秤に乗せても、もう少し待ってみたい、と。そう思ってしまった。


 満面の笑みで言い切った疾に、何を思ったのか。暫く無言で疾を見据えていたノワールは、ふ、と口元を引き上げた。


「……悪趣味だな」

「そうか? 我ながら楽しい見世物を見つけたと思っているが」

「それが悪趣味だと言っている」


 疾にそう返したノワールが纏う空気は、不思議な事に、随分と鬼気が薄らいでいた。



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