174 エラー
(──だから、この戦い方はしたくなかったんだ)
拘束魔術を秒単位で更新しつつ、疾は内心ひとりごちる。
魔力毒、異世界転移による魔力の乱れを利用した魔力回路の混線、ばらまいた魔石で作ったノワールのみを対象としたジャミング、物理毒。
ノワールの弱点を踏まえた罠を幾重にも重ねて効率的に落とし込み、抵抗する間を与えずに着実に追い詰める。依頼の間も小さな誘導を言動で誤魔化し、仕掛けを着実に積み重ねて。戦闘が始まった時点で、この戦いの結果は見えていた。
下準備から仕上げまで一切のイレギュラーを許さない、台本通りの大仕掛け。
それを完璧に成し遂げた疾は、しかし勝利の興奮からは対極の位置にいた。
(つまらない)
分かりきった結果。知れきった結末。
なにより、事象を操るように人を殺める術というのは──心底、くだらない。
(こんなに簡単に、人は殺せる)
その事実に、疾の思考は温度を失い、醒め切っていく。
それでも体は計算通りに動く。気化毒を魔術で自身のみ無効化してから木を飛び降り、間合いは残しながらも銃口を額に向ける。異能と魔力、両者を操り、確実に仕留めるべく必要な出力と軌道を演算し、実行に移す。唯それだけで、目の前の相手は殺せてしまう。
淡々と作業を進める疾を前に、ノワールは懸命に顔を上げて疾を睨み据える。
「……俺を、殺、すの……か」
「鬼狩りだと、言った筈だ」
絶え絶えの息を押し出すように尋ねられ、疾は機械的に答えた。静かに息を吸い込み、引き金にかけた指に力を込めようとした、刹那。
「──!?」
疾は、大きくその場を飛び退いた。
自分が取った行動を把握するより先に防御態勢を取り、万が一の為にと準備していた最高級の防御用魔道具と防御魔術を起動させ、異能まで発動して身構えた。
(何だ──)
自分が何に反応したのか、その答えは──次の瞬間に叩き付けられた「力」だった。
「……っ!!」
防御魔術が濡れ紙のように破られ、魔道具もあっという間にひび割れる。魔道具に思い切り魔力を注いで1秒を稼ぎ、その間に異能を操りつつ地面を蹴って後ろへ下がった。
咄嗟に取ったその防御態勢が、おそらく疾の命運を分けた。
「ぐっ!!」
異能が衝突する反動を辛うじて緩和させつつ、疾は地面をごろごろと転げる。受け身は取れたものの、辛うじて間に合わせた緩衝魔術は、周囲一体に溢れかえる魔力圧に吹き飛ばされた。
「っ……」
吹き飛ばされながら思い切り距離を稼いだ疾は、勢いが止まったところで身を起こそうとして、地面に突っ伏す。全身の鈍痛と、酷い魔力酔いに目眩がして目を閉じた。
(──これほど、か……)
大幅に上限を引き上げての演算だったというのに、それでも天井を突き破られたらしい。つくづく人間をやめている──よもや、堕ち神の反動と同等かそれ以上の力の奔流を、あの状態から引き摺り出すとは。
(本当に、人間やめすぎ、だ……)
ぐらぐらする思考の中、愚痴るように内心呟いた、その時。
「ぐ……っぅ、がぁあっ」
押し殺した悲鳴に、目を開く。目眩をねじ伏せ、僅かに顔を持ち上げた疾は、目を疑った。
(は……?)
魔力が、独りでに魔法となり暴発していた。
拘束魔術はもう残っていないが、それでも地面に倒れ伏したままのノワールから魔力が吹き出し、勝手に魔法となって周囲を破壊し続けている。疾が足場にしていた木々は既に燃え尽きていた。
「何してんだ、お前……」
掠れ声が独りでに漏れたが、ノワールの返答はない。それはそうだろう、人智を越える現象を引き起こしつつある魔力を、力尽くで掴んで引き戻して制御を取り戻そうとしている真っ最中だ。目を眇めて、魔力に意識を集中して観察する。
(……魔力はあくまで本人から溢れているが、本人が魔法を構築している様子は無い。器や回路は壊れていないが、魔力が過剰に循環して……──)
そこまで考えて、疾の脳裏に余りに馬鹿げた仮説が過ぎった。
「お前……まさか、自力でオーバーヒート起こして暴走させてるのか……?」
「……っ」
当然ながら返事を返せる状態にないが、視線がこちらを向いたのが見えた。それが肯定を示すことが、何故か理解できてしまう。
「は……。お前、本当の本当に、頭おかしいんじゃないのか」
「……っ、うる、せぇ……っ」
何やら悪態をついているようだが、これはどう考えてもノワールの頭がおかしい。
唯でさえ魔力増幅症のせいで魔力過剰になりやすく、魔力の器や回路が自壊しないよう常に緻密な魔力制御を求められる身で、意図的に魔力暴走を引き起こすなど自滅行為でしかない。確かに桁違いの威力を引き出せるが、その後こうして制御を取り戻す際に尋常じゃない負荷がかかる。
(……だが、目的は果たしている……と)
何とか魔力酔いの軽減に成功した疾は、ぐらつく視界をねじ伏せて、ゆっくりと体を起こす。胡座をかいたまま、周囲に意識を向けた。
3日掛けて用意した罠も、ノワールの魔法の威力を引き下げるためのジャミングも、気化毒も全て消し飛んだ。偶然か必然か、魔力毒も暴走によって弾き出されていた。疾が入念に時間をかけて詰めた策を、たった一手で全てひっくり返す、反則級の「力」。
「……馬鹿げているな、本当に」
小さく吐きだした声は、淡く苦笑を滲ませていた。息をついて、ノワールに視線を戻す。魔法の暴発は徐々に収まってきたが、魔力は未だに暴走が続いており、本人は身動き一つまともに取れない状態だ。
しかし疾の方も魔道具は全て破壊され、魔力酔いで魔術を構築する余裕は無い。加えて、ここまでの攻防で演算に演算を重ねた負荷がかかり、今直ぐ意識を手放したい程には疲弊している。
とはいえ、銃口を向けてノワールを仕留めるべく力を振り絞る気力は辛うじて残っている。……あっちはあっちで魔力が暴走したまま無茶を重ねて抵抗してきそうな気もするが、どのみち自滅するだろう。
だから、疾は。




