171 一蹴
道中はそれ以降魔物は出ず、疾達は最奥部の少し手前で早めに野営することになった。
「今回は食糧を持ち込んだのか」
「ギルドの連中が依頼を引き受けたらやたら喜んで押しつけてきたんだよな、ノワールはなかったのか? 嫌われるような真似でもしたんじゃねえの」
「いちいち一言多い」
ノワールは辟易したように溜息をつきつつ、疾が持ち込んでいた食糧を軽く検分している。それを横目にさっさと火をおこし、適当に鍋を用意した。
(スープで良いか)
水を入れ、食糧を放り込み、スパイス等を混ぜた塩を加えて煮込む。……何故かノワールから視線が突き刺さった。
「なんだ?」
「人の出す茶にはケチを付ける癖に、自分の調理は雑なのか」
「魔力タンクの魔法オタク基準だと調味料の持ち運びは必須なのか? 遠征の旅に優雅な食生活とは恐れ入る。つーか普通の冒険者なら携帯食と沸かした茶か酒かってとこだろうが。御貴族様の遠征かよ」
野宿中の食事に注文が入るとは思わなかった疾の声に呆れが混じる。闇属性の便利さに馴染みすぎて、持ち歩ける荷物の限界という当たり前すぎる常識がすこんと抜けているらしい。
ノワールは疾の言葉に若干納得がいかない様子ながらも、大人しく引き下がった。何故か憮然としているようにも見えるその顔を横目で見つつ、疾は火の加減を調整しつつスープを仕上げた。
めいめいに食事を摂り、後片付けをしようとした、その時。
「──」
ふと、ノワールが顔を上げる。直ぐに意識を外へと広げた疾は、思わず失笑した。
「ははっ、ナルホド? そーいう種明かしか」
疾とノワールの周囲を囲うように、黒い霧がじわじわと迫りつつあった。
「……手慣れた冒険者が要領よく野営の準備を済ませ、食事を取る間に発生して、気付いた時には対処が間に合わない濃度まで瘴気が増えている、か」
「浄化を専門に扱う聖職者でもなきゃ全滅だろこれ。いや、詠唱したら一気に瘴気が増すくらいの仕掛けはあってもおかしくねえな」
「同感だ」
初見殺しの罠としては随分と殺意の高い。夜になりきる前の黄昏時というのもあって、暗くなっていく環境を日没と勘違いするというわけだ。事実、闇属性であるノワールが気付かなければ、疾はもう少しギリギリまで気付けなかっただろう。
「自然発生の罠ではないな」
「こんなえげつねえ罠が自然発生する森にあんな緩い審査で通すとしたらそれはそれで愉快だが、ここのギルドは比較的安全第一な管理体制に見えたぜ」
「呪詛の気配も無いとなると、やはり魔物か。これ程の瘴気を罠として扱えるとはかなりのものだな」
疾とノワールで互いの認識の摺り合わせを行っている間にも、瘴気は二人を囲い込んでくる。下手に触れれば骨ごと溶かされるだろうそれを前に、さてどう動くかと疾が思考を巡らせるより先に。
「──まあ、まとめて消し飛ばせば問題ない」
淡々とした言葉に、ぞっとする程の暗さを含ませて。
ノワールが、腕を振った。
瘴気の壁になる形で、円陣のように配置されていく魔法陣を見て、疾はもう笑うしかなかった。
「失せろ」
簡潔な言葉と同時に、魔法陣が一斉に火を吹いた。
「は……ほんっと、歩く原発だな」
「その呼び名はやめろ」
「じゃあ人間ガドリング砲」
「それはどちらかというとあっちの方が……いや、なんでもない。忘れろ」
「お、何か面白え話?」
「一生知らないままでいろ」
暢気な雑談をしている間に、瘴気を生みだし人間を喰らっていた魔物は、姿すら確認を取れないままに滅びた。




