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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
10章 「鬼」
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170 不意の遭遇、再び

「よお、歩く原発」

「……はあ」

「人の顔を見て早々に溜息をつくとは、ご挨拶じゃねえか」


 とある異世界で、疾は魔石稼ぎの依頼を受け、例によって例の如くノワールとばったり遭遇した。

 人の顔を見るなり心底嫌そうな溜息をつく失礼な態度を、楽しげに笑ってやる。


「最近、お前の「趣味」とやらも、少しなりを潜めていると聞いていたが」

「なかなか楽しそうな獲物が見つからなくてな」

「楽しむな」

「人生楽しんだもん勝ちだろ」


 疾のある意味主軸とも言える言葉だが、ノワールからはやたら深い溜息が返ってきた。本当に失敬なやつである。


「そんなに嫌がるなら、こんな末端案件にまで首を突っ込む自分の軽すぎるフットワークを後悔したらどうだ? 魔法士協会幹部ドノ」

「たかが小金稼ぎのために、こんな遠い世界にまで転移している奴に言われたくはない。中級魔法士でも二の足を踏む魔力消費だぞ」

「てめー基準で言うな、世間一般じゃあ魔石は高級品なんだよ」


 今度は疾が返す番だった。魔石は余った魔力の消費先とかいう、とち狂った価値観を基準にするな。


「……お前の口から世間一般という単語を聞くと、凄まじい違和感があるな」

「そりゃどーも、歩く原発に言われるとは光栄だ」

「褒めていない」


 無表情に若干憮然とした色を乗せたノワールは、そこまで言って会話を打ち切った。ひとまず今回の依頼へと意識を切り替えたらしく、視線をこれから入る森の中へと向ける。


「依頼についてはどの程度聞いている」

「表向きはこの先の生態調査、内実は最近中堅冒険者が危険な魔物が出るはずのない区域で消息を絶っている件の調査。さらに裏では、どこぞの高位魔物がアンデッド化して暴れてんじゃねえのかという根も葉もない噂」

「……狙ったのか」


 無表情のまま、ノワールがひたりと疾に視線を向ける。冷ややかな殺意を込めた瞳を鼻で笑って見せる。


「世界中にいる聖職者連中が定期的に儀式という名の瘴気浄化を行っているにも関わらず、瘴気耐性の高いはずの魔物がアンデッド化、ねえ。どこぞのど阿呆が意図してアンデッド化儀式でも行わねえ限りはありえねえよ。ま、万が一儀式が成功したとしても、冒険者が消息を断つどころかこの森一帯立入禁止区域化しそうなもんだがな」

「……」

「一応言っておくが、噂についちゃ依頼を受けてから耳に挟んだ程度だぜ。よもやどこぞのアンデッド嫌いが丸っと信じてお出ましになるなんて想定してねえよ、暇だなお前」


 にっこりと笑ってやれば、ノワールは珍しく無表情を崩し、思い切り顔を顰めて吐き捨てた。


「……本当にてめえは口が悪ぃな」

「それは恐悦至極ってな」


 殺意の欠片もない、苛立ち一色のセリフに笑顔で答えてやれば、今度は心底嫌そうな顔で溜息をつかれた。この顔が一番こいつらしいな、と思う程度には見慣れた顔である。


「つーわけで、依頼者にとっては望外の、俺にとっては楽極まりない金稼ぎの、てめーにとっちゃ無駄足率の極めて高い森林探検といくぞ」

「…………。そうだな」


 何かを飲み込む様な間を置いて、ノワールが疾の前を歩き出す。

 疾はその後ろを適度な距離で追いながら、ミシン糸のように細い魔力を指先から出した。ノワールが着ているコートに組み込まれた魔力線に、それを絡めて紛れ込ませる。ノワールがわずかに魔力に反応する様子を見せたので、間断なく出し続けていた魔力の糸を魔法陣に編み上げ、虫除け程度の簡易防御魔術を自身に巡らせたところ、納得した様子で意識が反れた。

 それを見た疾は、袖口から極小の魔石を一つ落としてから、先を進むノワールに追いつくべく足を早めた。





 森の中を進む2人は、魔物との遭遇なく進んでいた。


「……報告と違うな」


 独り言のように漏らされた言葉に、疾は相槌を打つ。


「入って直ぐから魔物がやけに攻撃的ってやつか? そらお前、魔物だって生存本能くらい持ち合わせてるだろうよ」

「……魔力は漏らしていない」

「そんだけ殺気立っててよく言うな」


 呆れ混じりに指摘してやると、ノワールが足を止めた。不機嫌そうに眉を寄せて振り返る。


「お前じゃあるまいし、押さえ込んでいる殺気に反応出来る魔物がいるとでも?」

「弱い生物ほど感知に優れてるってのは定石だろ。あとそれで抑え込んでるって、お前もうちょい一般人の観察した方が良いんじゃねえの」

「必要性を感じない。というか、そもそもお前に言われたくはない」


 胡乱な目を向けながらも、ノワールは一応疾の言い分を取り入れる事にしたらしい。肌がぴりぴりと痛むような殺気が薄まった。


(……自覚はあれど、どうでもいいってわけか)


 そう思い、疾はふいと視線を外した。気付かれない程度に手を振り、袖口から零した魔石を茂みにまた一つ、落とす。そして直ぐに探知魔術を発動してみれば、予想通りの反応が返ってきた。


「ほらみろ」

「は?」

「やっぱてめーの殺気で逃げてたんじゃねえかよ」


 怪訝そうな声を上げて振り返っていたノワールに銃口を向ける。眉を跳ね上げたノワールが何か言うより先、疾は引き金を二度引いた。


 ノワールのこめかみを掠めるようにして、彼の背後、10メートル以上は先にいた鳥形の魔物を射落とす。


「……おい。何故わざわざこの軌道を選んだ」

「確実に急所に当てるための軌道上に、立ち塞がるお前が悪い」


 しれっと言ってやれば、ノワールは細めた目で疾をじっくりと睨みつつも、何も言わないことに決めたらしい。深々と溜息をついて疾の持つ銃に目を向けた。


「見た目よりも射程範囲が長いな」

「魔道具に射程もクソもねえだろ、撃ち出すの鉛玉じゃねえんだし」

「一理ある」


 肩をすくめるノワールも、魔術における距離というものをしっかり理解しているようだ。そうでなければ魔物の群の単騎殲滅など夢のまた夢ではあるが。


「ま、遠距離攻撃は好きじゃねえんだがな」

「……好き嫌いの問題なのか?」

「倒したって実感が薄くねえ? どうせ遠距離にするならもっと派手にしないと面白くないだろ。森の中だとそうもいかねえけど」

「……。だから、何故、面白さが、出てくるんだ」


 軽くこめかみを押さえて言葉を押し出すノワールに、背を向けたままでも伝わるように、顔にも声にも笑みを乗せて言った。


「人生、楽しんだもん勝ちだろ」

「……」


 それには答えが返ってこず。ノワールは、こめかみを押さえていた手を離し、無造作に横に振った。放たれた魔力が薄く広がり、直ぐに収束する。


「……この辺りはもう魔物がいないようだな。進むぞ」

「おう」


 ノワールが先に進むのを追いながら、疾はほんの一瞬、魔力を操作した。


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