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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
10章 「鬼」
169/232

169 枷

 この事前準備よりも、冥官をいかにして這いつくばらせるかを探求する方が、余程有意義な気がする。

 そんな誘惑に駆られながらも、疾は着々と下調べを進めていた。これまで集めたデータに改めて目を通していると、徐々に渋い顔になるのを止められない。


(やってらんねえ……)


 これまでの功績を漁るだけでも、既に「対象」が人としてほぼ行き着ける限りに行き着いているのは間違いない。その上、この目で見た技能──魔法は本当に厄介だ。真っ向からやりあえば、多分死ぬ。


(冗談じゃねえっつうの)


 生き延びる為に必死でここまでやってきたというのに、こうも立て続けに死地にぶちこまれるといっそ笑えてくる、いや笑えない。何せ綿密に立てていた対魔法士協会の作戦すらも大幅変更が必要になる。せっかく軌道に乗っていたのにどうしてくれる、影響しないように配慮するという取引はどうなった。


「はあ……」


 恨めしい思考へと流れがちになるのを嘆息で堰き止め、疾はデスクトップの前から立ち上がった。軽く伸びをしてから、作業台へと移動する。


 今回ばかりは両親に頼るわけにはいかない。特定対象の情報収集を依頼すれば、実質上の敵対宣言になる。相手が相手だ、ほぼ間違いなく止められるだろう。疾が両親の立場でもそうするとは思う、思うが、まさか大人しく止められるわけにもいくまい。冥官に「親に止められました」なんて報告をするなど、想像するだけで全身をかきむしりたくなる。

 だからこそ、疾個人の力と伝手で綿密に調べていく。カモフラージュとして他の幹部の情報もかき集め、標的を絞っての下調べだと気付かれないよう慎重に動いた。

 ……いや、疾も、調べ物の内容を両親が全て把握しているのもどうかとは思うのだが。心配性が若干行き過ぎている母親が精神安定剤代わりにしているのも薄々察しているので、仕方なく放置を選択した。

 そのうち、妹あたりが反抗期を迎えてバッサリ切り捨てやしないかと密かに期待している。疾と違って絶対的な上下関係を叩き込まれていない妹なら、うっかり口を滑らして痛い授業料を支払う可能性があるからだ。これに関しては、他人任せ上等である。


(……ちょっと寝るか)


 思考がとっ散らかってきたのに気づいた疾は、一旦休養を取ることにした。まだ堕ち神狩りの際のダメージは完全に抜け切ってはおらず、少し魔力を操るだけで疲労が降り積もる。細かい作業をしているのも一因だろう。しかし2ヶ月はあっという間、こまめに準備を進めつつ体調回復に努めるしかない。矛盾しまくっているのは承知の上である、全部冥官が悪い。

 制御しきれない思考を休ませるために、疾は無理やり目を閉じて眠りへと落ちた。



***




 疾が「趣味」を楽しむために、己に課しているルールが幾つかある。


 一つ、無闇な殺生を行わないこと。


 疾は別に、全ての魔法士を憎んでいるわけではない。憎しみに任せて落ちた人鬼の愚かしさをこの目で見た事もあり、手当たり次第殺して回るような真似はしない。なんとか命拾いできる余地は残した破壊活動をするようにしている。


 一つ、「趣味」による利益確保を目指さないこと。


 これは単純に、実益の伴わない趣味の方が面白いからだ。得た知識を売って金にすることはあっても、それ以上は稼がない、というか自分の頭一つに留めて破壊している。活動資金も、もっぱら異世界での魔石稼ぎが主体だ。


 一つ、無関係なものは巻き込まないこと。


 疾の事情なんか知ったこっちゃない、平穏に過ごす人々を巻き込むのは主義に反する。基本的に人体実験の関係者以外は「手を出してきたら心を折る」スタイルで統一している。恨みを不必要に買いすぎないためでもある。


 一つ、自己防衛を最優先にすること。


 たとえ同じ人体実験の被害者を見つけても、自分の身を危うくしてまで助ける自己犠牲精神は発揮しない。どころか、少しでもリスクがあれば手出しはしないし、無報酬で助ける事もしない。世話になった医者がいる病院に送り込むことはあるが、それも患者からしっかり金を取るよう伝えているため、身銭はいっさい切らない。


 いずれも、自分の中で折り合いをつけつつ、目的と手段を入れ違えないためのルールばかりだ。どれか一つでも違えれば、目的を見失いかねないだけの感情が身の内にあることくらいは、疾も自覚している。


 そして、もう一つ。疾が疾であり続けるために、課したルール。


 一つ、──相手を、陥れないこと。


 疾は己の力量を弁えている。本来なら瞬殺されるはずの自身が協会と敵対する為には、相手の視覚外から不意打ちをかますような、手段を選ばぬ方策が必要だ。そしてその手段は、時に組織の長として力を見せる総帥と、どうしても重なる部分がある。


 だから、同じ穴に落ちない為に、一線は越えない。


 不意打ちはしても裏切りはしない。虚勢は張っても自分を偽らない。趣味を楽しんでも相手の無様を笑っても、地を這う敵を貶めはしない。

 鬼畜外道と呼ばれても、最後の一線だけは越えない。

 それは、疾が「疾」を見失わないための重要な枷だ。


 だが、今回は、趣味ではない。


 気紛れで撤退出来る、いつでも逃げて良い戦いではない。必ず結果を出さねばならない、そして次に繋げなければならない、代わりの利かぬ「仕事」。


 だから、疾は──枷を、外した。


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