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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
10章 「鬼」
163/232

163 声

 理由はどれだけ説明しても頭に入らないものの、「疾が訓練している部屋に勝手に入ったら痛い目に遭う」と身体に叩き込むことにはなんとか成功したらしく、その後瑠依が訓練中に乱入してくることは無くなった。

 ちなみに竜胆との手合わせでは、ほぼ毎回訓練場が破壊されている。フレアもなんだかんだと瑠依に文句を言いながら修繕はきちんとしている。それなら補強をした方がいいと思うのだが、そこには頭が回らないらしい。もしくは、予算が下りないのか。


(瑠依を雇っているくらいだからな)


 かなり余裕のない状況であろうことは、人事一つで察せられるので疾も不必要には触れなかった。煽りたい時には思い切り抉るかもしれないが。

 疾としては、思う存分身体強化魔術を併用して体術訓練をする相手を確保できたことに、自分でも予想外なほど満足感を得ていた。

 まあ、結局のところ、瑠依の情報漏洩防止については魔術の案がまとまらず先延ばしになったわけだが。一応、「今後魔術師相手に余計なことを抜かしたらこんなもんじゃ済まねえぞ」と脅しはかけておいたし、ものすごい勢いで頷いてはいたので、あとは時間との戦いである。


(……時間との戦い、か)


 ふと思いついて、疾はピアスに手を触れる。最近ようやく自作での予備を作ることに成功した魔道具だが、あることを試してみたくて父親に確認のメールを送っていたのを思い出した。あれから数日経っているし、そろそろ返事が来る頃だろうかと端末を操作しメールアプリを開く。


「……」


 ふう、と溜息を吐き出して。疾はピアスに改めて触れ、魔力を操った。






 翌朝。

 学校についた疾は、いつも通り自分の席に座って鞄を机の横にかけながら、自然な動作でピアスに軽く触れた。

 瞬間、ほぼ全ての音が掻き消える。


「……」


 小さく息を吐き出し、疾はゆっくりと視線を巡らせた。周囲の視線が外れているのを確認してから、鞄から取り出した本に視線を落とす。

 スイッチングを組み込んだピアスを、学校にいる間は基本的にオフにする。その状態で今の疾自身がどの程度聞き取れるのかを把握するためと。



「         ー」


 授業始めるぞー、と。



 教室に入ってきた教師がいつもの口上を述べながら教壇に着くのを、疾はじっと観察した。



「             、        ?」

 今日は15ページから、前回誰までだ?



 これまでの流れや口癖、授業進度を基にして口にされている言葉を予測し、唇の動きを覚えていく。日本語は唇の動きだけでは読み取りにくいと言われているが、そこは喉の動きなども合わせて観察することで補う。

 魔道具頼りになっている自身の感覚を叩き直すことが一番の目的だが、同時にこの状態でしか聞こえてこない「音」についてももう少し正確性のある情報として受け取りたい、というのもある。とはいえここは一般人が主に通う学校で、疾がこの状態で聞こえてくるような「音」は──


「だから俺をあの親戚たちと一緒にしないでって言ってるじゃん帰りたい!!」

「……」


 ──基本、聞こえない、はず、なのである。


(うるせえ……)


 なまじ他の声が聞こえないせいで、やたらめったら瑠依の声が響いてうるさいことこの上ない。たまに竜胆の声も聞こえるが、こちらは「音」としか聞こえない一方で、瑠依の方は「声」として聞こえるという事実に、更に頭が痛い。


(どんだけ駄々漏らしてるんだこいつ……)


 通常の術者は己の力を制御して術式に当てはめる。声というのは最も簡便な術式の起動キーだから、術者は普段の会話で声に力が滲まぬよう気を配る。それでも疾の耳には、術者の声に僅かに滲み出る音は聞こえるし、詠唱であればいやというほど鮮明に聞こえる。

 とはいえ普通に制御していれば、通常の会話では内容が聞き取れないはずなのだが。どうやら瑠依の制御力は、そういった常識をはるか彼方に蹴飛ばす勢いで地を這っているらしい。

 疾としては、おかげで瑠依が喋るたびにわんわん耳に響く上、せっかくの訓練が台無しになるのでその口縫い付けてしまいたいところである。あるのだが、まあこれはこれで制御の練習にするかと考え直して、いっそ意図的に瑠依の声を聞き流す方向へと意識を切り替えた。


 これはこれで集中力の訓練にはなるな、と思いながら1日を過ごし、授業終了と同時に席を立って教室を後にする。聞こえない喧騒を縫うようにして人の間をすり抜け、校門を潜る直前で魔道具のスイッチを入れた。

 途端戻った喧騒に少し顔を顰め、疾は街中へと歩き出す。この状態でも音の聞き分けをどの程度出来るのか改めて意識しながら、いつもの帰宅路を辿った。


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