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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
10章 「鬼」
162/232

162 魔術訓練と侵入者

 かなり長々と戦っていた気がするが、結論だけ言えば疾の負けだった。


(いや、まじか……)


 身体強化魔術と体術には相当自信があったので、正直驚いた。冥官との訓練を除いて、天井を見上げるのはほぼ1年ぶりだろうか。


「いや、疾すげーな。人間に徒手でここまでやりあえる奴がいるとは思わなかった」


 心底嬉しそうに笑いながら竜胆がそんなことを言った。興奮冷めやらぬのか、竜胆色の瞳は未だ瞳孔が開いている。つい軽く吹き出した。


「そっちこそ、半妖ってだけの身体能力任せかと思えば、やるじゃねえかよ。負けるとは思ってなかったぜ?」

「……いや、その時点で疾が普通じゃねえよ」


 何故か少し苦笑して、竜胆が手を差し伸べてくる。素直に手を握り返せば、軽々と引き上げられた。


「サンキュ、久々に楽しめた」

「こっちこそ、ありがとな」


 率直な礼に、心底嬉しそうな様子で竜胆が返してきた。思い切り体を動かすのが楽しくて仕方がないという様子だ。かくいう疾も、結構楽しかった。


(これなら冥府(こっち)での訓練も悪くねえな)


 疾にとってかなり利のある訓練だ。確実に体術は磨かれるだろうし、身体強化魔術の向上にも身が入る。しかも、気は抜けないものの冥官と違って常に命の危機に晒されることもない、という、訓練相手としてはかなり上等な類である。

 久々に晴々とした気分でいた疾だったが、次いで割ってきた声に一気に冷めた。


「あのう……この、訓練場の惨状を見て、何かコメントはないの??」


 瑠依だった。何やら引き攣った顔で、あちこち床や壁が抉れた訓練場を見回している。竜胆と顔を見合わせた。どうやら、殴り合っている途中で少し壊れたらしい。

 とはいえ。


「知らん」

「だよなあ」

「おい!?」


 設備の保守整備は疾の領分ではない。よってそう告げるが、何故か愕然とした顔で瑠依が詰め寄ってきた。竜胆も頷いているのだが、そっちは目に入らないらしい。顔が近いので、額を指弾して下がらせる。


「痛いんですけど!?」

「近い、鬱陶しい。あと訓練場が訓練のせいで壊れるならただの強度不足だろ、俺の責任なんざねえよ。修理も局の領分だ、気になるならお前が局長に報告でも入れれば」

「なんでそんな他人事感漂わせてんの本当に!? いや、ちょっと待って!?」


 適当に今後の行動方針を与えておいて、疾は何事か喚いている瑠依は放って、さっさとシャワールームに向かった。






 汗も流せるし、1人で魔術の訓練もできる場所がある。疾はせっかく時間を割いて来たならと、妙に整ったこの設備をフル活用することにした。

 魔術訓練用の部屋を借り、鍵と念のために結界も張り巡らせてから、魔法陣の試行に入る。今回は昨日考えていた、瑠依や竜胆から外部への情報漏洩防止目的の魔術だ。


(単純に記憶を封じるだけだと魔術師相手じゃ意味ねえし、あのバグを考えると何が起こるかわからないしな……いっそ接触した相手が俺の情報を探れないようにする意識誘導の方が、いやでも瑠依のことだし聞かれるまでもなくベラベラ喋りかねない)


 なにせ疾自身が大変良い見本を見てきたばかりなので、確実な情報漏洩防止はかなり難しいというのは分かっている。というか、多分同じことを試みて失敗したケースを目の当たりにしたと考える方が妥当だ。となると、ノワールにも難しいことを試みなければならないわけで、なかなかの無理難題ではある。とはいえ身の危険に繋がる事であり、魔術のスキルアップにも悪くはない。疾は割と本気で思考を巡らせ、魔法陣の案をあれこれと試していった。

 一つの仮説が形になりそうな感覚を覚えた、その時。



「あのさあ疾、なんで俺だけお説教なわけ!? 理不尽じゃね!?」


 けたたましい音と共に、瑠依が鍵と結界で閉め切ったはずのドアをこじ開けて入ってきた。



「……」


 思わず無表情になる疾。それに気づかず、瑠依は勢いよく捲し立て続ける。


「局長に言ったらなんか額に血管浮かべてブチ切れだったし! やっぱ壊したらまずいんじゃん帰りたい! しかも竜胆も知らん顔だし疾に至ってはここにいないってどういうことだって局長俺にキレるし! 理不尽すぎて帰りたいんだけど!?」


 ……どうやら瑠依は、あの後局長に馬鹿正直に報告して説教を食らっていたらしい。予想通りとはいえ、今後が不安にしかならないほどの無思慮ぶりである。現状も含めて。


「……」


「いや、ガン無視とかなくね!? そもそも鍵かけて引きこもってるせいか、竜胆も帰ろうって話にならないし、とゆーか俺のこの行き場のない思いをどうしてくれる……って、あの、疾、さん……?」


 勢いしかない訴えを延々と続けていた瑠依が、ようやく今のいままで無言を貫いていた疾の様子に何かを感づいたらしい。遅すぎるし、気付いたところで一切の慈悲はないが。


「……瑠依」

「ひっ!?」


 低い声で名前を呼ぶだけで悲鳴をあげるなら、いい加減転ばぬ先の杖という言葉を覚えた方がいい。何度やらかせば気が済むのだろうか、学習能力を疑う。


 だが、まあ。覚える気がないのなら、覚えさせるまでである。


 疾はにこり、とお手本のような笑みを浮かべた。さらに瑠依の顔が引き攣るが、後の祭りだ。


「取り敢えず。許可なく他人様の部屋に侵入かましたらどうなるか、その空っぽなおつむごと身体に叩き込んでやる」

「え」

「自ら魔術実験の協力を名乗り出てくるとはな、ありがたい」

「それって人体実験ってやつでは、いや、ちょっ、まっ──ぎゃあああああああ!?」


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