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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
9章 『漆黒の支配者』
159/232

159 一家団欒

 結界が解除されてそれほど待たず、ノワールとフージュは戻ってきた。普通に紅茶を出してきたので、普通に受け取る。基本飲食物は口をつけない方針でいるが、この状態で疾に毒を盛る意味が全くないのは自明の理だ。毒より何十倍も危険な生物に囲まれていることなど百も承知である。

 口に含むと、案の定普通の紅茶だった。強いていえば少し色が暗くて味が渋くて香りが薄い。

 つまり、微妙にまずい。


「……」

「微妙な反応だな。客としてどうなんだ」

「いや、なんつーか……微妙だなと」

「うるせえ」


 どうやらノワールが淹れたものらしく、疾の率直な感想に不本意そうな顔で吐き捨てた。途端、ピエールからノワールへと視線が突き刺さるのはもしや言葉遣いチェックなのだろうか。


「何、お前ジジくさい口調でも強要されてんの」

「ジジ……」

「事実相当なジジイでしょう。……まあ、口調にやたらうるさいのは事実だ」

(いや、ほんと親子か)


 口うるさい親に、生真面目な兄と奔放な妹と言ったところだろうか。魔法士の中でも屈指の戦闘力と言われているノワールの拠点がこうだと誰が想像つくだろう。拍子抜けもいいところだ。

 なんとなく自分の家族を思い出しながらも、疾は表には出さずに小さく鼻で笑った。


「年寄りは説教臭くなるっつう典型例だな」

「……なんでおまえさん、そんなに口が悪いんだ?」

「それは諦めた方が早いですよ」


 顔を顰めたピエールを、小さくため息をついたノワールが宥める。不思議そうな顔でその2人と疾を交互に見やるフージュは、ノワールから与えられたお菓子に満面の笑みを浮かべていた。実に平和な光景である。

 とりあえず疾は疾でこの違和感しかない光景を、微妙にまずい紅茶ごと呑み込んだ。




 他に共通の話題もないので魔術について適当に議論を交わし──何故そこでピエールが呆れ顔を見せるのだろう、どっちの理論も師匠のくせに──、疾はノワールの見送りで狭間から元の世界へと戻ることになった。


「マスターと何を話した?」

「マスター? ……ああ、道化のことか。フランス文化に染まってんのな」


 フランス語で「マスター」といえば「師匠」の意味だ。日本では主人的な意味合いが濃くなるせいで、さらに厨二病感が深まるが。


「日本の文化がややこしいだけな気もするが」


 無表情でため息をついてぼやく台詞には、内心だけ頷いておく。そして視線で質問への返答を促してくるので、適当に誤魔化す。


「夕飯までどうだと言われたから、んな暇ねえと返したな」

「ちっ」

「へえ。あの道化、料理音痴だったのか」

「あれは料理じゃない。というか、人の食い物でもない」

「……あっそ」


 疾は今、自分の父親がサバイバル料理までこなす理由を知った気がした。大変どうでもいい情報であるが。

 しれっと「人の食い物ではない」ものを食わせようとしてくるあたり、ノワールの疾に対する感情と敵意の度合いが大変分かりやすくてよろしい。疾としてもなかなか悪くない距離感なので、現状維持で適度にちょっかいを出していくとする。


(チビガキいるしな)


 あんな無防備極まりないお子様がいるなら、情報を集めたい放題である。接触しない理由がなかった。

 そう考えた矢先に、ノワールが疾を睨みつけるようにして告げてくる。


「先に言っておく」

「なんだ?」

「フウはまだ表に出す気はない」

「なんだ、チビガキをからかいたきゃここまで来いって?」

「……通すと思うのか」

「協会の敵がどうもこんにちはときて、穏便に追い返すのか穏当に情報集めするのか、さてどっちが連中のお気に召すかな」


 ものすごく仏頂面で黙り込んだ。牽制のつもりだったのだろうが、そんなもの予想していたに決まっているだろう。


 当然だが、疾もこのまま元の世界に戻る転移魔術にのれば、この「場」の座標軸は正確に把握できている。魔力量次第だが、おそらく行き来は可能だろう。となればあとは住人が疾を招き入れるかだが、協会と疾とノワールのややこしいことこの上ない関係性を鑑みて、ノワールもピエールも嫌々ではあれど招き入れる方を選ぶあろう。……フージュが当たれば顔見知りとして普通に通しそうでもある。

 まあ、確かに疾も、どこぞのお馬鹿からノワールがいつでも情報を絞り出せる状況なんぞが作られよう時には、記憶を失うまで頭を殴り続けるか魔術で口封じするかそもそも喋らせる余地を作らないか、の三択だろうが。


(……今のうちに情報制限の魔術は掛けておくか)


 そこまで考えてなんとなく嫌な予感がした疾は、脳内リストのかなり上の方に留めておいた。自分の間の悪さと天災級のバグを鑑みて、いつどんな形で接触が生まれるか分かったものではない。


「ま、こちとら趣味で忙しいからな。そうしょっちゅうこんな僻地まで足を伸ばせるほど暇じゃねえよ」

「…………。そうか」


 なぜか微妙な表情を向けてから、ノワールは軽く手を持ち上げた。疾の足元に、精緻な魔法陣が浮かび上がる。


「そっちの世界に適当に帰すぞ」

「適当かよ、座標軸設定は苦手ってか?」

「お前が自分の居所を隠してるんだろうが」


 眉間に思い切り皺を寄せて言い返し、ノワールは一つ溜息をついた。


「……日本の比較的魔力の濃い場所に指定した。そこからは自分で帰れ」

「そりゃご親切に。じゃ、またなノワール」

「できれば会いたくない」


 心から言っていそうな台詞を最後に、疾は転移魔法陣が自分を狭間の外へと連れ出すのを感じた。

ノワ「紅茶や飯がまずいのは断じて俺のせいじゃない、というか食えるものにするまでで苦労してる」

疾「どんだけだお前の師匠」

フウ「本当においしくないよ!」

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