156 フージュとノワール
やがて案内されたのは、変哲のない客間。ソファに誘導された疾は、張り切ってお茶を淹れに行こうとする子供を止めて、情報収集、もとい子供相手にお喋りに興じた。
「あっ、自己紹介忘れてた! 私、ダンスーズ・フージュって言います!」
「おー、よろしくな。初対面だが、最近ここに来たのか?」
「そうだよ! ノワに、連れてきてもらって……えーと半年!」
「へーえ。その間に、色々教わったってわけか」
「そう!」
ニコニコ笑顔でなんでも答えてくれるお子様相手に遠慮なく情報を聞き出しつつ、疾は素早く記憶を辿る。半年といえば、疾とノワールが初めてぶつかった時期よりわずかに前くらいか。
(あいつこんなガキンチョ拾う趣味あったわけ……?)
吸血鬼を惨殺するのに夢中の半人半鬼が、子供の養育などという手間と時間を盛大に食う真似を自主的にするとは思いにくい。が、本人が「連れてきてもらった」と言っているあたり、少なくとも同意はあったということで。
(考えられるのは、協会の仕事だが……)
「あいつの仕事内容、知ってんの?」
「知ってるよ! 化け物退治! 私もそのうち連れて行くから、色々教えてやるって言ってくれたの」
「……へえ」
前言撤回。あの人でなし、こんな小さな子供を戦場に連れて行こうとしているらしい。いや、さっきの動きからして、下手な大人よりよほど能力高そうだが。
(さっきの動きがなきゃただのガキなんだけどな)
現に今も、身のこなしは軽いし重心も安定しているが、戦うもの特有のゆったりとした動きはない。というか、パタパタと落ち着きがない。
「つうことは、お前もそこそこ戦えるわけ?」
少年兵扱いなのだろうかと試すように聞いてやれば、フージュと名乗った子供は元気に胸を張って頷いた。
「うん! ノワに、時々やりすぎって言われたりもするけどー、だいぶ我慢もできるようになったし、ノワにたたきのめされることも減ったよ」
(……なんだ?)
今の言葉に、ひどく、違和感を覚えた。
「……へえ、そりゃ頑張ってるんだな」
「うん! 我慢も、ちゃんとやるって約束したもん」
我慢、とか、やりすぎ、とか。
あたかも、この子供がノワールよりも、不意打ちでなくとも戦闘能力が上であるかのような──。
ドオン!
轟音と共に、部屋中の家具がガタガタと揺れた。咄嗟に背中を浮かせた疾だったが、フージュの言葉に肩から力を抜く。
「あっ、ノワの訓練終わったかな? いっつもあんな感じの音がしたら、2人ともおしまい、の合図にしてるよ」
「なるほどな。魔法戦の決着が付いたら終わり、ってとこか」
「そう!」
うなずくフージュは、どことなく嬉しそうだ。まるで、訓練が終わって顔を出すだろう人物を待ちかねているかのような素振りに、疾は生ぬるい気持ちになる。
(今度、源氏物語でも差し入れてやろうか)
そんな疾の思惑は当然想像すらしないだろう当の本人は、やがて近づいてきた気配にソワソワし始めた。妹ですらもう相当長い間見せていないような素振りに、つい小さく笑ってしまう。
「懐いてんなあ」
「うん! ノワのパートナーになるのが、私の目標!」
「そーかそーか」
魔法士ロリコン説、存外的を射た予想ではなかろうか。などとアホなことを考えつつ、疾は、元気よく扉を引きあけ廊下の人物を招き入れたフージュが──
「おかえりー! あのねーノワ、ノワにお客さんだよ!」
「は? 客人の約束は…………………………………………………………………………」
──ものの見事に魔法士協会幹部を石化させる瞬間を、たっぷりと堪能した。
「よ、邪魔してるぜ」
吹き出しそうになるのをかろうじて堪え、疾はにっこり笑って挨拶する。そこでようやく硬直が解けたノワールが、これ以上ないほどの仏頂面を疾に向けてきた。
「なぜ、お前が、ここにいる」
「招かれた客に対して随分な言いようじゃねえか」
笑いながらそう言ってやれば、ノワールは深々とため息をつく。そして。
「フウ」
「なぁに?」
手招きに素直に従い、トコトコと歩み寄ったフージュに対して。
ゴンッ!
「いったぁい!!」
容赦加減のない拳を落とした。
「この屋敷にたどり着いた人間は全員、通すかどうか必ず俺に確認しろと、言ってあったはずだが?」
「うぅ……でもー」
「でもじゃない。例外もないと言った」
「……ごめんなさいー」
(いや、親子かよ)
内心思わずツッコミを入れた疾をよそに、誰からどう見ても親子の会話は続く。
「そもそも、誰かも確認せずに玄関を通すな」
「うー……ノワのお客さんだって言うから……」
「客人を装った襲撃者の可能性もある。説明しただろうが」
「ごめんなさいー……」
全身で落ち込む子供が保護者に謝るの図である。怒られたことに不満がないあたり、日常的にやらかしてはこうして説教を食らっていると見た。
(仲がいいことで)
魔法士幹部ロリコン説を流布してやろうと思ったが、どちらかというとおかんと子供だ。思った以上に真面目に保護者をしていて、面白さと驚きが等分に味わえた。
……ところで、しれっと疾の嘘を言い訳にしなかったか、この子供。
「ちなみに、名乗るより先にノワールの客扱いされたな」
「ちがうって言わなかったもん! ──いったぁい!!」
鉄拳制裁が追加された。思っていたより手が早いなと他人事顔で眺めていると、ようやく説教がひと段落ついたらしいノワールがこちらを向いた。
「それで?」
「何が?」
「…………」
くっきりと眉間に皺を寄せて黙り込んだ。なぜ疾がノワールの意図を汲んできちんと答えると思ったのか、大変疑問だ。
「……何故ここにいる。この屋敷という意味じゃない、この屋敷がある空間にいる理由だ」
「成り行き」
「おい」
嘘は言ってない。抗議の声に鼻で笑って返してやると、今度はフージュが身を乗り出して尋ねてきた。
「ねー! なんでお客さんじゃないなら、違うって言わなかったの?」
「言ったらどうする気だったんだ?」
「えっとー……襲撃者は、切り刻んじゃっていいよってノワに言われた!」
「それで何故素直に「襲撃者です」と答えると思うわけ? アホじゃねえの」
「うー……いじわる!」
小馬鹿にしつつあしらう疾は、さらりと出てきた言葉に密かにヒヤリとした。
(こいつ、やっぱ近接戦闘だよな……あの速さでいきなり飛び込んでくるとは厄介だな)
自然災害級の大火力に、速攻型の前衛までつくらしい。自分だってそれなりに前衛で戦えるくせに、さらに戦力を増やしたというわけだ。ノワールの獲物とやらが気になる話だし、何より有用と見れば子供すら巻き込むことを躊躇わない外道ぶりには脱帽である。
疾とフージュのやりとりを聞いていたノワールが、軽くため息をついた。
「はあ……もういい。お前のやらかすことにいちいち反応すると疲れるだけだ。……今回のは半分以上フウが悪いのもあるが」
「えー!」
猛然と抗議をしているが、どこからどう聞いても今回の件はこの子供がやらかしたのが悪い。疾は便乗しただけである。
「ノワールの足引っ張りたくなきゃ勉強しろよ、チビガキ」
「チビでもガキでもないもん!」
「いや、チビでガキだろ?」
見たまんまの事実に反論されるとは思わず、つい呆れを顔に出してしまう。それを見たノワールが、軽く肩をすくめた。
「背が低いのは事実だな」
「ノワのいじわる! これから伸びるもん!」
「かなり楽観的な希望だな」
「……あ?」
やりとりにチラホラと引っかかり、疾は少し眉を持ち上げてノワールを見た。問いかけに対し、僅かに間を置いて、フージュに目を向ける。
「こいつ、15歳だからな」
「は?」
「俺の一つ下だ。15歳」
「…………マジか」
今日1日で色々な予想外に出くわしたが、これは今日一番……どころか、疾の人生でも指折りの衝撃事実だった。