153 2人目の魔法士幹部
どうにも、印象がちぐはぐだ。
それが、疾から見たノワールの印象だった。
今回のやりとりが、客観的に見て一組織の幹部とその組織に喧嘩を売っている輩のものとして非常にそぐわないものだったというのは、疾もよくわかっている。というか、途中からなんか普通に仲間扱いだった。
そして疾自身も、不自然なほどノワールに対して敵対意識を持てずにいるのだが──
(──まあいいか)
その後の小金稼ぎでノワールと遭遇した際のあれこれを経て、どちらかといえば開き直りの境地に至っていた。
何故か疾は先日の件をきっかけに、なかなかの頻度で依頼がノワールと被るという不可解な事態が発生した。確かにもう少し情報が欲しいと思っていたが、依頼を10件受けたうちの3件でノワールと鉢合わせをするというのは、一体どういう星巡りなのだ。
ビジネスと割り切ってしまうと、ノワールがいた時の仕事の順調さは尋常ではない。何せ魔法についてはほぼ万能クラスで使いこなす、近接戦闘も可能な火力過多である。こなせない依頼を考える方が難しいが、その上さらに吸血鬼を探すという明確な目標があるからか、ノワールの仕事に対する姿勢は非常に真面目だ。ものすごく積極的にサクサクと敵を片付けていくものだから、疾としては適当に裏工作をしているだけで勝手に敵が消えていくのだ。もはや楽している気分になってくる。
流石にその程度で片が付くような依頼でノワールが手札を晒すことはなく、また疾も余裕があるが故に、互いの情報集めは行き詰まっている。だがそれはそれとして、互いに「利害が一致したときには悪くない仕事相手」という認識が深まっている。ノワールの方は、理不尽は10倍にして返す疾の仕事スタイルに時折ため息をついているので、それ以外の印象を持っている様子ではあるが。
それにしても、ノワールのちぐはぐさはどこからくるものなのか。
冷徹に敵を排除しようとした初対面。こちらの事情には共感しながらも、協会の敵として捕縛しようとした2度目の遭遇。任務と自身の目的を優先した、3度目以降の依頼での鉢合わせ。それぞれの分析が、疾の中で繋がりきらない歪な線として存在していた。そしてその歪さが、疾に対応を迷わせていた。
(早いうちに排除する方がいいってのは、間違い無いんだが)
魔力増幅症の特色を考えれば、時間をかければかけるほど、相手の手数は無限に増えていく。今でさえ笑うしかない魔力量の差があることを思えば、決着をつけるのは早ければ早い方がいいはずだ。けれど、それでも疾は、依頼の合間にノワールの隙を見て暗殺を仕掛ける方向へと踏ん切りがつかずにいる。
(いや、仕掛けたところで成功率が低いのも確かか……)
内心で自分の思考にツッコミを入れて、乾いた笑いを浮かべる。実際のところ、今更魔力が増えようが減ろうが、疾とノワールの魔力量の差が比べるだけ虚しいほど絶対的であり、本来であれば敵対など考えるのも馬鹿馬鹿しい相手であることは間違いのない事実ではある。ノワールの魔力がまかり間違って半減したところで、その状況には変わりがない。
ついでに、闇属性相手に闇討ちというのも無謀に近い。相手の得意な戦場で戦ってねじ伏せられるほど疾は才能あふれた魔術の使い手ではない。……自分で考えていて虚しくなりそうだったので、疾はそこで思考を止めた。
(とりあえず、保留)
そもそもノワールを圧倒する方法が見つからない現時点での最良の状態は、ノワールにこちらを今すぐ排除すべき敵と認識させないことだと疾は判断した。今の疾に必要なのは、今後も「やや迷惑だが必ず利益を出すので仕事上は信用できるやつ」でいることだろう。予想外の行動を取り続けて撹乱くらいはするが。
ひとまず結論が出た疾は、ここしばらくの稼ぎで集めた魔石をふんだんに利用して、スラム街から人を攫って人体実験を繰り返す組織を狙った。資金源を探ったところ、協会からも連盟からも金を受け取っていたので、大変都合がいい。
せっせと用意した魔道具をトラップとしてあちこちに設置しながら潜入し、奥の魔法薬庫に火種を投げ込んで爆発させた疾は、警報が鳴り響く中、施設員を片っ端から気絶させては近くにある研究資材を破壊していった。
(これとこれで、あっちの研究は潰した……あとはここの主目的である人体実験を取りまとめる資料や資金源の保管場所だが──流石にセキュリティが硬い、と)
腕時計型のデバイスで奪取及び破棄した情報と、事前情報の照らし合わせを行いつつ、最奥部のセキュリティレベルを再確認した疾はうっすらと笑みを浮かべた。こういう場におけるセキュリティシステムは、事前登録していない魔力波長を探知し、問答無用で侵入者を排除するようになっている。人が生まれながらに持つ魔力の波長は魂に刻まれた情報であるため、生体認証以上に誤魔化しようが無い。現時点では最高度のセキュリティだとして重用されている。
が。
「古いんだよ」
常識が、年単位で塗り替えられないと思い込むのはただの思考停止だ。これまでもこれからも、人間というのはあくなき知識欲で、不可能を可能へと変えていくものなのだ。
靴先で2度、床を蹴る。その音を使って、疾は纏う魔力を操り──魔力波長を別物に変えてみせた。
試しに一歩踏み出してみるも、セキュリティは発動しない。先程気絶させた研究員の魔力をそのまま真似たのだが、問題なく認証されたようだ。
にっと笑い、最奥の資料庫目指して歩き出した疾は、強烈に降り注いだ危機感に任せて身を翻した。
疾の立つ廊下が、唐突に凍り付く。
空間丸ごと凍結させる魔法。範囲規模、改変率ともに上級クラスであるそれを、直前まで魔法の徴候無く仕掛けてくる──この技能の高さからして、おそらく。
「フン……くたばらんのか。つくづくおかしなガキだ」
「こんなちゃちな仕掛けで死ぬような雑魚に、てめえらこれまで散々引っ掻き回されてきたってか? 世界を跨ぐ巨大組織が泣かせるじゃねえかよ」
「……口の減らないガキが」
悪態と共に姿を現したのは、白シャツに黒のパンツ、蝶ネクタイという格式張った服装の上から、しわしわの白衣を羽織ったアンバランスな男。魔術加工の施されたモノクルを押し上げながら、神経質そうな表情で疾を睨みつけてくる。
「いかにも研究者でございって面だが、それだけじゃねえんだろ? どうせだ、てめえらの大好きなクソだせえ名前を名乗り上げてみろよ」
「口ばかり達者なガキが、私の顔すら知らないとはお笑い種だ。氷の指揮者。貴様を排除しに来た魔法士幹部だ」
二人目の魔法士幹部が、疾の敵として立ちはだかった。