152 ちぐはぐな間柄
今回、疾の任務は、護衛任務を引き受ける傍ら違法取引を調査するというものだった。闇取引への関与は分かっていたがなかなか尻尾を表さない、という悩みだったらしい。規模も大きいため、確たる証拠がないと踏み込めなかっただのなんだのと、興味もない言い訳をされた。
確かに、惜しみなく魔道具を使った上で物理的な仕掛けも用いてカモフラージュしていた。疾に言わせれば、典型的なカモフラージュ方法なのだから検問で調べれば一発だろうと思うのだが、この世界は魔法の発展の割には魔力感知の技術が遅れているので、そのせいで見つけ切らなかったようだ。
率直に感謝してきた依頼主と騎士団に、そういうことならと追加技術料及び調査だけでなく捕縛まで行なった対価を請求したところ、相手の顔が盛大に引き攣った。至極当然の請求なのに、何故だろうか。
「元々の依頼料の倍額を請求されれば、無理もないだろう」
「正当な対価だろ。てめえにできないことを人様にやらせておいて、安上がりに済ませようって方が傲慢ってもんだ」
「まあ、正論なんだが……恫喝まがいに巻き上げている以上、お前の方がよほど悪徳な商人に見えるな」
「そりゃどーも」
「褒めてはいない」
ノワールがため息をつく理由は、おそらく疾の協力者とみなされ、つまみ出されるようにして街を追い出されたせいだろう。疾は疾で魔力が少々心許なかったため元の世界に戻れず、二人仲良く野宿再びとあいなっていた。
買い出しをする間もなく追い出されたせいで、疾の野宿セットは少々心許なかったが、そこは闇属性の本領発揮というべきか。ノワールが魔術的空間の中に日用品を放り込むという最高に贅沢な魔力浪費を披露してくれたおかげで、隊商と移動していた時よりも良い飯が食べられた。闇属性様様である。
と、いうよりもだ。
なんだかんだ文句を言いながらも、疾に食べ物をきっちり分け与えているあたりがなんだか面白い。人がいいというより、妙なところで抜けているというべきか。依頼が終わったのだから、互いの不可侵協定はすでに終わっているのに、襲撃の気配どころか、現在ノワールの魔力は野営に必要な作業に全て振り分けられている。それでいいのか、協会幹部。
まあ疾もひと暴れした後だし、こんな平原ど真ん中で火力バカと喧嘩するほど自滅願望は持ち合わせていないので、ありがたく休養がてら情報収集させてもらおうと便乗していた。
「随分と荒い商売をするな」
食後にコーヒーまで出てきたので一服していたら、ノワールの方から声をかけてきた。視線を向けると、漆黒の瞳が軽く眇められる。
「人混みの中で魔石を破壊すれば、下手をすれば一般人を巻き込んでいただろう」
「なんだ、キメラのことか。てっきりてめえの吸血鬼狩りの話かと思った」
「……」
むっつりと黙り込むノワールには、一応やらかしたという自覚はあるらしい。突っ走って後から反省するタイプなのだろうか。
「ま、黙って調査結果だけ提出してもよかったんだが、確たる証拠を手渡すレベルじゃあなかったからな。あの場で商品晒しでもしねえと、結局逃げ切れられる情報しか出せねえし、そうなると報酬もらえたか怪しいだろ」
「依頼主が騎士なら、調べた分だけは払いそうだが」
「いやー、それがな。同じように隊商やってる連中の依頼なんだ、これが」
「……商売敵を潰した、というわけか」
「さあ? そうかもしれねえし、単純にあいつらが通った地帯がどこもかしこもアンデッドだらけで、護衛雇うコストが跳ね上がった故にどうにかして欲しかったのかもしれねえな。ま、どっちだとしても今頃頭抱えていそうだ」
「そうだな。どちらにせよ、信頼と金をお前に巻き上げられただろう」
ノワールの揶揄に、疾はにっこり笑顔で返してやった。
「つーか、あれくらい派手に終わらせねえと、面白くねえだろ。ちまちま調査して紙面で提出とか、退屈すぎて欠伸が出るっつうの」
「……お前の暇潰しで巻き上げられた連中には、正直同情する」
なんとも言えない顔でノワールが呟く。思わず失笑すると、深いため息が返ってきた。失礼なやつだ。
その後は取り止めもなく言葉遊びをして──時間経過と共にノワールのため息が増えて行ったのは何故だろう、こいつ薄幸そうだ──、めいめい勝手に体を横たえて一晩を過ごし、翌朝、やっぱり食事を相伴に預かり、そのまま普通に別れた。
「……何やってたんだろうな、マジで」
転移魔術で無事部屋に戻った疾も、流石に呟かずにはいられなかった。




