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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
9章 『漆黒の支配者』
150/232

150 鬼の妄執

 ここは、自分を狙っていた妖達を雑魚掃除の一言で片付けてくれてありがとう、と言うべきところなのだろうか。

 現実逃避のようにそんなことを考えながら、疾はほぼ跡形もなく消し飛んだ魔物の群れに一瞬目をやった。

 先ほどの襲撃のように、一体一体を魔法で倒していったのではない。たった一度、たった一つの魔法行使。それだけで、全ての敵を消し去った尋常ならざる殲滅力に、周囲にいた冒険者達は怯えた目を向けて──は、いなかった。


(ま、そらそーか)


 これが本物の鬼であれば、敵味方の見境なく、雑魚諸共冒険者達も消しとばされていたところだ。だが、かろうじて踏みとどまっているという冥官の言葉通り、ノワールはわざわざ冒険者達を魔法の効力対象外に設定していたようだ。そこらじゅうで地面に倒れ伏している冒険者達には、怪我一つない。

 ではなぜ彼らが倒れているのかといえば、魔法の余波で吹き荒れた魔力の圧に魔力回路を掻き乱され、気絶しているのである。


(余波だけで軒並みノックアウト、ねえ……つくづく規格外だな)


 なお、元々魔力が乱れやすい体質の疾が平然としていられるのは、異能により魔力をいなし、魔力回路の制御に集中していたからである。魔法の余波で吹き荒れる魔力など、構造不明なジャミングに比べたら微風だ。全く嬉しくないが。

 そしてもう一つ嬉しくない事実として、正直現状、気絶していた方が精神衛生上優しいという点だろうか。

 周囲と自身の状態を把握することでやや現実逃避しかかっていた意識を立て直した疾は、改めて目の前の虐殺行為を視界に入れた。


「おい、逃げるなよ」

「ひっ……なんなんだおまえっ!?」


 既に、襲撃者と被害者が入れ替わってしばらく経つ。こうなると、生命力が高くてちょっとやそっとの怪我は自動再生してしまう特性も良し悪しだな、などと思う。

 怯えた顔で逃げようとする吸血鬼を魔法で拘束し、手にした刀で魔法で吸血鬼を嬲るように削っていく、返り血塗れの青年。なかなか凄惨な光景だが、疾は傍観者を決め込みながらも密かに意外な心境だった。


(こいつ嬲り殺しとかして愉しめるタイプだったのか……つーか吸血鬼って嬲れるのかよ)


 吸血鬼というのは、そのなよなよしい外見とは正反対に非道かつ強力な魔物ではあるし、その生命力や異能ゆえにそこんじょそこらの魔術師では歯が立たない。攻撃しても治癒してしまう上、人外の膂力と高い知能を持ち、膨大な魔力で攻撃してくるのだから、下手に敵対したら普通に死ぬ。よって、倒すには治癒能力を無効化する聖水や専用の武器や魔術が必須となってくる。手元にそれがない場合、魔力切れを起こすまで傷を負わせ続けるしかないが、相手の魔力量やその強さを考えれば、人間如きにはとてもではないが出来ない。


(はず、なんだがなあ)


 しかし、専用の魔術くらい当然知っているだろう魔法士幹部が、わざわざ魔力に物を言わせて延々となぶり続けているのは……鬼の憎しみというのは度しがたく、ついでにノワールの魔力は魔物の中でも指折りの吸血鬼を軽く上回るというわけだ。そろそろ人間かどうか本気で疑わしくなってきた。


 適当に魔術で土を盛り上げて即席の椅子とし、もはや観客気分で眺めていた疾は、ふと思いついて遠視の魔術を展開した。前方のアンデッドたちも綺麗に退治されているが、それに加え隊商は前方待機していた冒険者たちによって保護されているようだ。


(ナルホド?)


 絡繰が判明した、と疾は薄く笑う。これはこれで、現在目が完全に逝っている半人半鬼が知ったら排除対象にしかねないだろうか。こちらに関しては疾の獲物なので、それは大変不本意なのだが。


(ま、そんときはせいぜいそのバカ魔力で俺の役に立ってもらうか)


 いざとなれば歩く魔道具扱いしてくれる、と若干の報復心を持って──余波で本当に魔力を乱されていたらしばらく寝込むところだった──、疾は今後の展開を頭の中で組み立て始めた。


 疾があれこれ考えながら手元の魔道具をいじっている間に、ノワールは吸血鬼が自動再生出来なくなるまでなぶり終えたらしい。派手な断末魔が響いたから顔を上げれば、ちょうど刀を心臓にぶっ刺してとどめを刺しているところだった。いちいち生々しい。


「気が済んだか?」

「……ああ。そうだな」


 その声に混ざった僅かな空虚さに、束の間疾の思考が止まる。吸い付けられるようにノワールの顔に浮かぶ「それ」を見て──内心、舌打ちした。


(そういうことかよ)


 相変わらずあの人外は心の底から胸糞悪い野郎だと吐き捨てながら、疾は知らぬふりでにっこりと笑ってやった。


「おい、歩く原発」

「……それは定着するのか」


 やや据わった声でぼやくノワールを当然のようにスルーし、笑顔のまま疾は続けた。


「遊ぶのは結構だが、後片付けまできちんとやれよ?」


 そう言ってぐいと親指で冒険者たちを示してやれば、僅かに面倒そうな顔をしたノワールが疾を見下ろす。


「……そう思うならお前も動けば」

「ほー、それはてめえの尻拭いをこの俺にさせるということか? 魔法士幹部の暴走の後始末を、協会と敵対する俺に、手助けしてもらうよう依頼すると? そりゃあたいそう割のいい仕事だな、報酬期待してるぜ?」

「発言を撤回する。お前は何もせずにそこで座っていろ」


 素早く保身に走ったノワールにただクツクツと笑ってやると、物凄く嫌な物を見た目をしてから、ノワールは無言で冒険者たちの介抱にと歩き出した。



 あれだけ好き放題暴れたにも関わらず、冒険者全員に治癒魔法を施すという訳の分からない魔力量を見せつけたノワールは、当然というべきか冒険者たちに警戒と畏怖の目を向けられていた。敵襲を退ける名目があるとはいえ、過程で巻き込まれたことで身の危険を感じたらしい。

 生物として当然の反応ではある。吸血鬼に対応する術がなかった彼らにとっては命の恩人でもあるのだが、そこは棚にあげるらしい。つくづく人間というのは身勝手な生き物だな、と疾はどうでもいい気分で感想を抱く。

 恐れられている張本人はといえば、鬱陶しそうな顔をするものの、至極どうでもよさそうにスルーしていた。


「珍獣扱いだな、正当な評価だけどよ」

「誰が珍獣だ。……どう見られようが心底どうでもいいが、負の感情をあからさまに向けられると鬱陶しい」

「そういや闇属性ってその辺の感覚鋭いんだったな、自業自得御愁傷様」

「お前はいちいち物言いが腹立たしいな……」


 流石に吸血鬼が操っていた魔物を退ければ以降襲われるわけもなく、道中の暇潰しにノワールを揶揄って遊んでいたのだが。平然と話しかける疾を見て、ノワールの仲間とみなされ警戒されたのは、少しおかしかった。

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