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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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15 監獄

 頭が、鈍く痛む。

 疾はぼんやりと目を開けた。未だ意識が覚醒したとは言い難い疾の視界は、白く霞んでいる。


(……ここ、どこ、だ……?)


 鉛のように重く痛む頭は、上手く働いてくれない。深い水底にいるかのように、音までくぐもって聞こえる。

 それでも、視界に辛うじて映る景色が、見知らぬものであるのは何となく分かった。


(おれ……なんで……)


 何故見知らぬ場所にいるのか。何故意識を失っていたのか。記憶をたぐろうとするも、やはり頭が動かず。思い出そうとしていたつもりが、また思惟が溶けていく。


 浮き沈みする意識の中、ぼんやりと浮かび上がる金色に、疾はゆるりと瞬いた。


(アリ、ス……?)


 自分に真っ直ぐ好意を向ける、確かに愛しさを感じている少女。その面影を思い浮かべて、どうしてか、じわじわと焦燥感が込み上げてきた。


(アリス……そう、だ、デート……)


 ユベールに促され、アリスと2人赴いた御伽の国。そこで遊んでいた自分達は、不自然に道を迷って、そして──


「んー、そろそろ起きたかな?」

「……!」


 至近距離でかけられた声に、疾は目を見開いた。褪せた金髪が視界に飛び込む。

 子供が疾を覗き込むように背を伸ばし、目の前に立っていた。


「あ……え……?」

「ふふ、まだねぼすけさんかな」


 にこりと微笑む子供に、疾は全身を強張らせた。未だ意識がはっきりしない中、朧気な記憶の中で感じた恐怖を、体が思い出す。


「な、んだ……?」

「あはは。何だ、かあ。誰だじゃないところは、流石って褒めるべきかな?」


 愉しそうな声に、無意識に1歩下がろうとして。足を動かせないことに疑問を感じ、疾はようやく気付いた。


「な……っ」


 冷たい鉄の枷が手足に巻き付き、壁に背を向け両手を広げて立つ形で磔にされている。上半身は何も身に付けておらず、足も素足になっていた。


「な、ん」

「あれえ、まだ分かってないの? あいつの子供なんだよね、おまえ」


 頭が混乱する。何が起こっているのか。何を言われているのか。1つも理解出来ないまま、疾は視線を彷徨わせた。

 そこは、やけに広く冷たいコンクリートの部屋だった。沢山の機械が床に転がされ、机の合間合間に配置されている。机の上には学校で見かけるフラスコやビーカーを始め、注射器、刃物、ノコギリ、針、その他、疾には用途の分からないものが山のように置かれていた。

 まだぼんやりしている頭でも、今いる部屋の異様さを肌で感じる。喘ぐように呼吸を繰り返し、必死で酸素を脳に送った。


「こ、こ……は」

「僕の遊び場だけど……何、おまえまさか」


 顎を掴まれ、ぐっと引かれる。至近距離で覗き込まれ、疾は束の間息を止めた。


「なあんにも、知らないの?」

「は……?」

「あっははは!」


 突然、子供が笑い出す。ころころと無邪気に笑う姿は妹と似ている筈なのに、何故か疾は怖気を覚えた。


「あははは、ははは……っ。これはまた、面白い事になったなあ」


 心底嬉しそうで愉しそうな、この子供に。例えようもないほどの歪さを感じる。何か、人として踏み外してはならないものを、いとも簡単に踏みにじっているかのような、そんな歪み。


「そっか。それじゃあ、おまえは勘だけで、僕から逃げようとしたんだ。ふふ、賢いね」


 子供は、笑って。訳も分からず身を強張らせる疾の頬を、すいと撫でた。


「……面白くないなあ」



 声、が。


 ひゅっと、疾は息を呑む。



「僕から逃げておいて、子供達に何も知らせず守りきれるなんて、そんなこと思ってたの、あいつ。……馬鹿にしてるよねえ?」


 甲高い子供らしい声が、消え去って。



 大人か、子供か。男か、女か。

 何一つ判別出来ない、奇妙な響きの音に変わった。



「な、に……なん、だよ……っ」


 ようやく、疾の頭が現実を認識する。悪夢のようなこの状況は、けっして幻でも夢でもないのだ、と。


(わけ、わからない……っなんなんだよ、これ……!)


 得体の知れない相手、と勘付いてはいても、彼らの目的までは分からないまま。薄気味悪さだけで避けていた疾に、現状はあまりにも不可解で。


「へー、本当に知らないんだね。……あんまりうるさいと、舌引きちぎるよ」


 ぐっと顎を持つ手に力を込められて、疾の顔が歪む。見かけに反して、膂力は大人のそれだった。痛みが骨に響く。


「まあ、なーんにも知らないまま遊ぶのもつまらないし、教えてあげるよ。──おまえの父親はね、裏切り者なんだよ」

「父さん……?」

「被造物のくせして、創造者に逆らってさあ。勝手な行動に出て、僕に沢山迷惑をかけたわけ。仕返しの1つや2つ、当たり前だろ?」


 父親が、やけに言葉を濁しながらも、疾に警戒を促したのは。


「僕のものが僕に逆らったらどうなるのか、あいつに教えてやらないとね。どうせならあいつの宝物が良いんだけど、おまえ、面白そうだし」


 この、子供の姿をした、得体の知れない何かに捕まる事を、危惧していたのか。


「ま、あいつも分かってたのかな? こーんなにおいしそうな力垂れ流してるのに、何にも知らせず、守る術を与えないなんてさ。生贄かもね、おまえ」

「ち、がう」

「違う? 本当に? おまえ、ちゃんと愛されてたって自信ある? 誰よりも? そんなわけないよねえ」


 くすくすと、気味の悪い声で嘲笑う子供は。顔を強張らせる疾を見上げて、口を三日月の形に引き裂いた。


「だって、あいつの1番は、おまえじゃない」

「……っ」

「おまえより、守りたい者がいるだろ?」

「っ、違う!」


 父親が病的なほどに母親を愛する姿を、疾も楓も呆れ混じりに眺めていた。愛が重すぎてああはなるまい、なんて思ったりもした。たまに2人きりの世界に入り込んで子供の存在を忘れるのも、いつものが始まったとスルーして。

 それでも、その愛情は、順序を付けるようなものではなくて。彼らは確かに、両親の愛情を感じて育ったのだ。


「勝手なことを、言うな。父さんはそんなことはしない!」


 守る為に、疾に何も教えなかったのだと、疾だって理解している。「知る」事だって十分関わる事になるのだと、そう教えたのは父親自身であり、疾も分かっているのだ。

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