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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
9章 『漆黒の支配者』
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149 不死者の王

 ノワールとのやりとりがひと段落したタイミングで休憩時間が終わり、隊商は移動を再開した。ノワールによる魔物の一掃も影響したのか、元々の予定通りに進むらしい。

 先の襲撃は、いくら群生地域でもいささか数が多かった。数人の冒険者はそのことに警戒の色を見せていたが、それでも止めないのはこちら側の戦力に余裕があるからだろう。それだけ、先ほどノワールが見せた殲滅は強烈だった。


「実際のところ、お前単騎でどのくらいいけんの?」

「単純に魔物を滅するだけなら、この平原を埋め尽くす程度であれば問題ない。今は護衛対象がいるから、そうもいかないが」

「よし、今度からお前のこと「歩く原発」って呼んでやる」

「やめろ」


 うんざりした顔を向けてくるが、まんま一人軍隊可能宣言をしておきながら、魔力には全く不安がありませんという顔をされては、疾としては他に思い浮かぶ言葉もない。


「いや実際、なんだその馬鹿げた魔力量。軽く人間辞めてるだろ」

「辞めていない。……魔力増幅症なだけだ」

「……そりゃまた」


 どうやら、魔力量に関して、ノワールと疾は真逆の問題を抱えているらしい。

 極端に少ない魔力量をどうにかできないかと文献を漁った疾は知っているが、魔力増幅症は非常に希少な疾患だ。本来魔力は個人の持つ器を満たせば生成が止まるが、魔力増幅症は生成が止まらず、常時生成が続く。それに引きずられて器も大きくなるが、一定値を超えると器が追いつかなくなり、身体を内から傷つけ、最後には崩壊させる。

 それだけでも死亡率の高い難病だが、さらに増え続けるが故にほとんどの人間は魔力制御が追いつかず暴走させてしまう。最初期の魔力の扱いを学んでいる時点で周囲がよほどうまく魔力を抑え込みながら扱いを教えねば死んでしまうが故に、魔術界でもほとんど知られていない疾患だ。

 卓越した魔力制御と、生来の器の大きさ。その両方を奇跡的に兼ね揃えた結果が、この人外じみた魔力量というわけらしい。本当に、疾とは正反対だ。


「よく生きてるな、お前」

「師匠が良かったのと、運だろう」

「つーか、取扱ひとつで周囲巻き込んで暴走死のリスク抱えてるって、ガチで歩く原発じゃねえか」

「ほっとけ」


 顔を顰めながらも、ノワールは否定しない。呆れ半分に肩をすくめて見せながらも、疾は内心目まぐるしく思考を巡らせていた。


 こうなると、本格的に総帥はノワールを実験体として狙っているはずだ。世紀単位で一人いるかいないかの希少症例、かつ闇と同調した上で身体的にも精神的にも均衡をとっている。疾から見ても奇跡に近い存在を、あの人外が目をつけないわけがない。

 当然、ノワールも自分が狙われている自覚はある。だからこその疾への共感で、それゆえに対応が温くなっている部分があるのだから、おそらく相当な頻度で手出しがあるのだろう。にも関わらず、人体実験を厭わない研究者を抱える魔法士協会に所属するメリットはなんだ。


(戦力の確保……な訳ねえか。俺が狙いが被るかもと思っただけで殺意叩きつけてきたしな、自分一人で殺りたいだろう。鬼としても、人との共闘なんざ思いつきもしないだろうし。となれば──情報か)


 世界をまたがる巨大機関。それすなわち、シンクタンクであり、世界を超えた情報を集める諜報機関としての一面を持つ。ノワールが自身の仇を探す時に、協会に所属しているというのは確かに大きなアドバンテージになる。


(つまりこいつの探す仇は、協会にある世界じゃなく、他の世界にいる可能性が高いってことか……いや、待てよ)


 そこまで考えて、疾は猛烈に嫌な予感に駆られた。これまでは、ノワールの仇がわざわざ他世界に逃げ出している可能性など考えなかったが、もし逃げ出してノワールが見失い、探し求めているのだとすれば──



「敵襲!」


 かなり前の方から、緊迫した声が響く。思考に没頭していた疾は、はっと顔を上げた。

 血相を変えて駆け込んできた冒険者の一人が、にわかに殺気立つ後方の冒険者達に鋭い声で告げた。


「前方から迎え撃つように魔物の大群だ! こっちも戦闘には入ってるが、遅かれ早かれ迂回してこっちにもくるはずだ。そのつもりでいてくれ!」

「敵の情報はねえのか!?」


 冒険者の一人ががなる。伝令も頷き、小さく息を飲んでから言った。


「敵の数、およそ200。クーペによくいる四足獣の混成軍団に、ハイホーグも上空からきている!」

「おいおい、マジかよ……!」


 一人が声を潜めて吐き捨てたが、おそらく全員が聞きつけただろう。先ほどよりさらに数の多い敵襲が来たらしい。しかも今度は空からも、ときた。


「もはや軍だな」

「ああ。そして、軍には指揮官がつきものだ」


 小さく疾が呟くと、ノワールも応じる。ちらと視線を向けると、何かを期待するような眼差しが隊商の前方へと向いていた。魔物のリーダー格になんらかの期待を向けているらしい。


(……今のうちに逃げるか?)


 割と本気でそんなことを考えた疾だったが、どうやらその暇はなさそうだ。


「さらにいうと、そいつらの一部に……くっ! きたか!」


 伝令は何か言いかけたが、すぐに身を翻した。背後から急襲をかけてきた魔物の一体を、腰に下げていた長剣で切り裂く。一撃で急所を切り裂くあたり、剣の腕はいいらしい。

 感心して見ていた疾の注意散漫を狙うように、空からハイホーグと呼ばれた鷹型の魔物が急降下して襲ってくる。鉤爪で切り裂こうというのか、足を掲げる魔物に、疾は右手の銃口を向けた。

 乾いた音とともに吐き出された異能の弾が、あっさりと頭を破壊する。そのまま地面に落ちてぐずぐずと溶ける魔物から視線を外した疾は、続いて飛び込んできた光景に眉を寄せた。


「くそっ、なんなんだこいつら!?」


 切り裂いて倒れる魔物もいるが、半数はそのまま止まらずに冒険者へと襲いかかっていた。腕を切り落とされようが矢が胸に突き刺さろうが止まらない魔物達に、熟練の冒険者といえど攻めあぐねている。何せ数が多いため、押し込まれかけているのだ。


「何してんだあいつら……って、あー。アンデッド対策してねえのか」

「それはそうだろう。……お前はお前で、つくづく非常識だな」

「そりゃどーも。つーか、それノワールが言うか?」


 サクサクと銃で魔物を撃ち殺していく疾に、同じくサクサクと対アンデッド用の魔法を連発するノワールから理不尽な評価を受ける。


 魔物の半数は死したのちに仮初の命で動くアンデッドだった。どっちだろうと引き金を引けば死ぬ疾は特に対応も変わらないが、通常アンデッドは聖水だの特殊な武器だのを装備するか、火属性の大火力魔法でしか倒す方法のない、厄介極まりない相手であるというのが冒険者達の常識だ。魔術を扱える奴が慌てて火属性の魔術を詠唱しているのはそのためだろう。おそらく、聖水や武器を持ち合わせていなかったのだ。

 とはいえ、これは冒険者を責められない。この辺り一帯でのアンデッドの発見報告は、これまでなされていない。基本的に岩場を含めた風通しのいい平地であるこのあたりは、アンデッドが住処にするにはかなり相性が悪い。もっと不潔な場所だったり、墓場だったりに蔓延るものである。普通に想定外の事態だろう。


 などとつらつら考えながらも、疾はひたすら銃を打っては視線をあちこちに向ける。こんならしくない場所にアンデッドがいるとすれば、理由は一つ。この辺りの魔物を殺して使役した輩が必ず近くにいる。そしてこの数から言って、そいつの強さは他の魔物とは比べ物にならない。

 疾とノワールが慌ても騒ぎもせずにアンデッドを狙い澄まして倒してやっているおかげで、冒険者達も少し余裕が出てきたようで、アンデッド以外の魔物をうまく倒している。このままいけば時間はかかるが確実に魔物達を全滅させられるだろう。そして、それは敵の望むところではないはずだ。

 となれば、狙ってくるのはおそらく──


(やっぱり俺だよな、っと!)


 ヒュ、と小さい風切り音。意識して周囲を観察していた疾は、いち早くその音を聞き取り、身を翻した。一拍後、疾が立っていた場所に氷柱がいくつも突き立った。

 この場でアンデッドを倒せる疾とノワールの、魔力が少なくて弱そうな方。明らかにそういう思惑で狙ってきているのだろう、疾が避けてからも立て続けに攻撃が襲いかかってくる。氷柱だけでなく火炎弾やら雷やらがしつこく追いかけてきた。

 が、それだけ連発してくれれば、敵の居場所は丸わかりなわけで。


「奇襲は一発で成功させるから奇襲なんだろ、ばぁか」


 笑ってそう言ってやると、疾は両手に構えた銃を同時に撃った。

 ユラ、と空間が揺らぎ、そこへ魔力弾が吸い込まれていく。


「おっと。やるねえ」


 楽しそうな声が空間の揺らぎから聞こえる。魔力弾は避けたのか防いだのか、相手に一切の痛痒を与えなかったらしい。まあ、流石にここであっさりやられるような奴が、この襲撃を仕掛けやしないだろう。


「そりゃどーも。物陰に隠れて魔法をちまちま打つことしかできない臆病野郎よかマシだと、自分でも思っているさ」

「……訂正するよ。彼我の実力差を理解できない無謀者だったようだ」


 軽い挑発にあっさり乗ってきた。カーテンを開けるように、空間の揺らぎが動き、隠れていた姿があらわになる。

 血色の瞳に、血の気のない青白い顔。犬歯と長く伸びた爪が目立つ、人型の魔物。うっそりと人を見下すように笑う傲慢な表情と、魔法に長けてアンデッドを操るとなれば──


「やっぱ吸血鬼か。予想通りすぎてつまんねえな」

「へえ。この僕をつまらないとは、愉快な人間だな?」


 ちっとも笑っていない目で疾を見下し、吸血鬼はまっすぐ指をこちらに向けてきた。一斉にアンデッドが疾へと襲いかかり、同時にアンデッドの魔法が疾の眉間めがけて飛んでくる。口の減らない人間如き、とっとと始末してしまおうという腹らしい。人型のくせに会話も楽しめないとはつまらない。

 とはいえ、このレベルのアンデッドに苦戦する気はさらさらない。ノワールに手札を見られるのは気が進まないが、ひとまず現状を切り抜けようとして──



「──違う」



 小さく落とされた低い声に、全身に鳥肌が立った。



 反射的に障壁を自分の周りに張り巡らせ、同時に異能を身に纏って防御体制を取る。



 豪! と、全ての音を塗りつぶすような轟音が響く。遅れて、凄まじい魔力がその場に吹き荒れた。



 悲鳴すら塗りつぶす暴虐の嵐に、疾は天を仰ぎたいような気分でひたすらやり過ごすこと、わずか1分。

 唐突に嵐が凪ぐ。顔を上げた疾は、1番に目に入ったその顔に、内心頬を引き攣らせた。


(……ビンゴかよ)


 心底愉しそうな顔をしたノワールが、吸血鬼を睥睨していた。



「──雑魚掃除は終わったぞ、吸血鬼。あとはお前だけだ。



 憎しみに塗りつぶされた声を出した半人半鬼が、漆黒の刀を引っ提げて嗤った。


 

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