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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
9章 『漆黒の支配者』
148/232

148 作為と殺意

 案の定というか予想通りというか、冒険者たちが呆けている間に、ノワール一人で魔物は全滅させていた。


「……丸投げして高みの見物とはな」

「俺の出る幕なんざなかっただろ。さすがは幹部様だな」


 割と素で返したのだが、ノワールからは胡乱げな一瞥を返されてしまう。にっこり笑い返すとため息をつかれた。失礼なやつだ。

 我に返った冒険者たちが、恐る恐る虐殺跡地へと近づいていく。魔物の一部でも残っていれば素材、あるいは討伐の証として依頼人に示すつもりなのだろうか。多分無駄足だろう。


(綺麗さっぱり消し飛ばしてたもんな)


 あらかじめ素材を残しておく依頼があったわけでもない。あれだけの高火力魔術に耐えうる魔物ではなかったし、おそらく岩肌が削れて陥凹が増えた景色が広がるばかりだろう。興味もないので疾は背中を見送るだけだ。

 知れ切った結果を確認しに行った冒険者たちが戻るのを待って、隊商は改めて動き出す。どこか全体の空気が明るい。ノワールに向けられる視線も、畏怖はあるが忌避はないようだ。


(ま、そんなもんか)


 小さく肩をすくめる。これだけの危険地帯だ、突出した戦力は恐怖よりも安心感の方へ天秤が傾く。乱戦であれば当然出るはずの怪我人すら、遠距離で虐殺したおかげで0とくれば、感謝や心強さを抱いてもおかしくはない。

 魔物を狩っている時と狩り終えた後の表情を目の当たりにした、疾以外は。


(まさにそのものではない、ってところかね)


 半ば鬼に堕ちながらもかろうじて踏みとどまっているのは、努めて理性的に感情を抑え込んでいるからだ。そのノワールが、明確に表情を変えたのが魔物を狩る時。そして狩り終えた時の満足しきれていない表情を見れば、魔物への憎しみはあれど、鬼へと堕ちた切欠ではないと読み取れる。

 で、あれば。ノワールの獲物は、なんだ。


(一か八か試してみるか……)


 昼下がりの休息時間。各々が持参した食料を手に腰を下ろして休憩している。配置場所が同じだった流れで、ノワールと疾は同じ火元で食事を取ることになった。うっかり同席しかけたやつは、さりげなく会話誘導でよそへと追いやった。流石に、今から疾がやることに罪もない冒険者を巻き込むのは気の毒がすぎる。

 そんな裏工作に気づいているのかいないのか、ノワールは手際良く魔法で生み出した水を鍋に張り、適宜ナイフを扱いながら保存食を放り込んでいる。


「へー、お前フツーに料理するのな」

「最低限くらいは。……おい。何故、当然のように俺の鍋に食料を放り込む」

「材料増やしてやってるんだろ」

「…………」


 ものすごくむっつりした顔で鍋を見下ろしたノワールは、数秒の逡巡後、深々とため息をついて調理の手を再開させた。きっちり味付けまでしているあたり、移動食なんか食べられれば良い派の疾がやるよりまともなものが食べられそうである。

 傍で炙ったパンと共に何気に豪勢なスープが出来上がる。しれっと自分の分を確保してみたが、ノワールはため息をつくだけで文句も言わずに自分の分へと手を伸ばした。


 あえて好き勝手に振る舞って見せたが、それに対してノワールは諦観を見せるが、怪訝な顔はしない。これまでのやり取りで、これくらいの傍若無人であればやりかねない人格だという印象を与えられたようだ。

 これならば、今からやろうとしていることへも、不審は抱かれないだろう。その他のリスクに関しては全く保証がないが。


(ま、それもまた余興だ)


 人生、たまには自分から危険に首を突っ込むスリルを楽しむくらいの寄り道はしておかねばつまらない。何より、今後、この男と関わるスタンスを決める上で必要な確認事項でもある。

 最後の一欠片を飲み込んでから、疾はノワールに視線を向けて呼びかける。


「なあ、ノワール」

「なんだ」


 無感動に向けられた黒の瞳を慎重に観察しながら、疾は薄く笑ってみせた。


「お前さ、なんでこの依頼に参加した?」

「……」

「ぶっちゃけ役不足だろ。小金稼ぎなんざ、幹部様には必要ねえだろうしなあ?」

「……」

「この依頼で何か得られると思ってる割には、さっきの大層な暴れぶりとは対照的な不満顔じゃねえか。何を楽しみにしてたんだ?」

「……お前がそれを知って、何になる」


 慎重に言葉を選んで投げかけられた問いかけに、疾は意図して起爆剤を放り込む。


「俺の目的を邪魔されたらうぜえな、と思っただけだが?」



 刹那。



(──ッ!)



 息が止まるほどの殺意が、疾に叩きつけられた。



「……ナルホド? 邪魔されたくないのはお互い様ってか?」

「障害となるなら、今この場で排除してやる」


 常の意図して塗りつぶされた黒ではない、ただただ暗く激しい殺意を映し出す黒が疾を睨み据える。

 だが生憎と、そんな人間らしい感情に怖気を覚えられる感性など、とうの昔に忘れている。


「排除、排除ねえ」


 クツクツと笑って、相手の言葉を繰り返す。あえて神経を逆撫でるような言動を続けながら、疾は真っ向からノワールを見返した。


「──排除したいのは俺じゃねえだろ。道草食って獲物を見逃すたあ、随分と暢気なこった」

「……」

「それとも、幹部殿ともなれば、寄り道も楽しみの一環だっつうことか? ご大層な人生だな」

「……何が言いたい」


 低く恫喝の響きを孕んだ声が、疾を突き刺す。境界線の上に立っている自分を自覚しながら、疾はうっそりと笑みを深めてみせる。


「何が? 言って欲しいのか、お前?」

「……」

「ま、目を逸らしたいなら勝手にしろ。こんなどうとも取れる言葉にすら殺意剥き出しにするような余裕のなさで、いざ目当てを見つけた時に余力が残ってるとは思えねえけどな」


 沈黙が二人の間に横たわる。睨みつけてくるノワールと、ただ笑みを浮かべて出方を伺う疾。数瞬の膠着は、ノワールが瞑目して深く落とした嘆息で打ち破られた。


「……性格が悪いな」

「そりゃどーも、光栄だ」

「全く褒めていない」


 先ほどまで二人の間に流れていたひりつくような緊張は消え、表面上は穏やかな、しかしその実互いの慎重な警戒心だけが張り巡らされた元通りの空気感に戻る。否、先ほどよりも猜疑心が薄れていると読み取るべきか。



「ま、俺としては小金が稼げれば問題ねえからな。ノワールみてえに魔術書でザクザク儲かるほど魔術バカじゃねえし」

「誰が魔術バカだ。そもそも何故わざわざ異世界で金稼ぎ……」

「石拾いが出来るだろ」

「……なるほどな、魔道具か。魔石はあちらで確保するのは割高だな」

「そーゆーこと。誰かさんみたいに自前で用意できるわけじゃねえしな」

「おい、何故知っている?」

「どこぞの暗殺者が俺に献上してくれたんでな」

「……。そうか」


 非常になんとも言えない顔をして頷いているが、そもそも自分の非常識ぶりはもう少し見直したほうがいいと思う。と、自分を棚に上げて疾はそう思った。

 

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