146 不意の遭遇
鬼狩りの問題が予想外に尾を引いたせいで、対協会の襲撃が予定よりも減っていた。魔力の調整も兼ねていたとはいえ、総帥に敵対宣言した直後にここまで減るのはよろしくない。
(不調がばれたんじゃ、意味がない)
折角、警戒と娯楽の対象にされたのだ。気まぐれなあの人外が飽きるより先に、協会全体の敵と認識される必要がある。
とはいえ、あらかた目をつけていた施設はちょっかいを出したし、次はこれまで避けていた協会本部に近い施設を襲撃するか、それとも枝葉から削いでいくかの二択になる。前者はもう少し時間を取りたい事情があるし、後者はなんだかちょっと面白くない。
そして、もう一つ問題があった。
資金だ。
魔力が少ない疾は魔道具が必需品だ。そして魔道具の原材料は魔石である。技術を駆使して安価な魔石で高い効果が出る魔道具を作るようにはしているが、チリも積もればなんとやら。これだけ盛大に襲撃を繰り返しその度に湯水のように魔道具を使っていれば、あっという間に疾の財産が目減りし始めていた。
依頼も襲撃に集中するために一旦受け入れを中止していたので、手持ちは減る一方だ。かと言って、現状の協会に真っ向から喧嘩を売っている疾に依頼をかけて睨まれるような物好きはそうそういないだろうし、いたとしても吹っかけてくるのは目に見えている。
(そろそろ春休みだしな、いい機会か)
よって、カレンダーを見て暦を確認した疾は──異世界へと渡った。
協会の息がかかっている世界ではあれど、疾の活動拠点ではないためまだ情報が回りきっていない。それをいいことに、これまでにギルド登録した異世界でも、それ以外の世界でも荒稼ぎを実行した。中でも精霊が住む地域の採集依頼は、そのまま魔石採掘も行えるので大変ありがたい。
疾が生まれ生きる世界は大気中の魔力が薄いために魔石ができにくく、結果高価なものになっている。だがひとたび異世界に行けば、大気中の魔力が濃く魔石が比較的安価な地域もそこそこあるのだ。魔石自体は世界を超えての運搬が可能なので、疾は一気に魔石のストックを増やしていった。
いっそ、春休みのうちはひたすら稼ぐ方に走るかと考え始めた頃。
魔物が群生する谷を越えるキャラバンの護送任務を引受けた疾は、指定の待ち合わせ場所でふと眉を寄せた。
(……?)
なぜか、少し嫌な予感を覚えた。強い危機感ではないが、疾に注意を促すようなそれを信じて周囲の気配を慎重に探り──これまた予想外の事態に、思わず苦笑いが漏れる。
(どういう縁だよ、これ)
ざり、と靴が砂を踏みしめる音。思わず立ち止まったと言わんばかりのそれに、疾は浮かんでいた苦笑を人を食ったような笑みに置き換えて振り返った。
「──これはこれは。辺鄙なところのなんてことない依頼に、幹部様がお出ましとはな」
「……そういうお前は、なぜここにいる」
「そりゃ、決まってんだろ?」
ひらり、と懐に入れておいた依頼書を掲げた。視線を向けて眉を寄せる相手に、疾はなんだか少し楽しくなりながら続ける。
「そっちと同じく、ちょっとした小遣い稼ぎの依頼受諾中さ。なぁ、ノワール?」
「……お前の感性は理解し難いな」
そう言ってため息をついたのは、総帥と相対した時以来の若き魔法士幹部だった。渋い顔でじっとりとした眼差しを向けてくる相手に、さらに笑みを深めてみせる。
「そうか? ご立派な組織であちこち引っ張りだこだろう多忙な幹部様が、わざわざ異世界に出てまで護衛業務と洒落込むよりは、ごくごく普通の感性を持ち合わせてると思うがな」
なにせこちとら、ただの小金稼ぎである。
「……そもそもこの状況で、どうしてお前は楽しそうなんだ」
思い当たる節は一応あるらしく、反論せずに少し沈黙したノワールだったが、やがてため息混じりに問いかけられた。率直に返してやる。
「面白いから」
敵対している組織に所属しながら、こうして出会い頭に殺しあうなく会話を続けている──おそらく互いに、状況的にそういう気分になれない──そんな数奇としか言いようのない縁に、言いようのない愉快さを抱いているのは疾だけのようだ。返答を聞いてさらに深いため息をついたノワールを見た疾は、そう判断した。
(おもしれー奴)
ぶっちゃけこの、互いにこっそり仕事とは関係の無いところで私用を済ませようとした先でばったり出くわしてしまった、というなんともいえない心境を、面白がるでも誤魔化すでもなく生真面目に頭を痛めている時点で、下手な魔法士よりもよほど人間味があるな、と疾はなんとなく思った。
「ま、今は俺もお前も肩書きなしの一冒険者だ。依頼主に迷惑かけるのもなんだしな、一時休戦っつうことでいいんじゃねえの」
「お前の口から迷惑という言葉を聞くのも抵抗があるが……まあ、仕方がないな」
ひらひらと手を振って敵意がないことを示しつつ提案すれば、少し迷いを見せながらもため息まじりの了承が返ってきた。
……実際、一時休戦して利があるのは、準備不足の現状で争ったら確実に不利になる疾の方なのだが。しかも仕事を通して相手の手の内を見られるので、メリットしかない。が、ノワールはその事実に気づいているのかいないのか、一度意識を切り替えるように首を横に振ってから疾に背を向けた。
(無防備……ではねえか、流石に)
一見隙だらけに見えるが、その実わずかな魔力の変化にも対応できるだけの注意が払われているのが分かる。下手に手出しをしたら即座に致死級の魔法を放ちそうな気配を読み取って、疾は内心肩をすくめた。




