144 調教師
顔合わせを兼ねた見回り後、「今回の合同任務は無理、他に回せ」という判断がファルとツェーンによってくだされ、局長へと告げられた。
そして、そのまま瑠依はファルに命じられたツェーンに半ば担ぎ上げられ、フレアとファルにより改めて術を操る鬼狩りとしての最低限の知識を叩き込むべく、鬼狩り局の個人訓練場へと引き摺られていった。ぎゃあぎゃあと喚いていたが、当然の結果なので疾は何も言わずに見送る。
知識不足で力だけはある無自覚術者などという危険物を放置しておくのは、危険意識が欠如している馬鹿か、他に差し迫った問題を抱えた結果の後回しくらいだろう。疾は当然後者なので、こうして自主的に教育に乗り出す人材がいるのは大変有り難い。フレアがもの言いたげな顔をしていたが、そもそも出逢わせた最大の目的はこれだろう。疾は指導まで依頼された覚えはない。
とはいえ、あの厄介な馬鹿が一度や二度の指導でまともになるわけもない。彼らの熱意がどこまで通用するかは天のみぞ知るだが、まあどのみちしばらくは瑠依の再教育にかかりきりで、その間は見回りを頼むと言われた疾の出番は減るはずだ。
(……はず、だったんだがなあ)
予想はしていたが、本当に面倒な。天を仰ぎたい内心は綺麗に押し隠して、疾は無表情で目の前のクズを見下ろした。
「馬鹿な……何故……」
「馬鹿はてめえだ」
薄く笑って、クズを──たった今、疾を「調教」しようとしてきたファルを見下す。ツェーンが瑠依にかかりきりになっているうちに、暢気に調べ物をしている疾の隙をついてきたつもりだろうが、その行動そのものが本心さらけ出していると分からないらしい。
「契約まで交わしてる相棒の実力を十全に引き出せないような無能如きが、この俺を力尽くで使役できると、本気で思ってんのか? 片腹痛ぇぞ」
調教師。己の魔力を媒介に妖を使役する術を得意とする術者をそう呼ぶが、戦闘が出来るほどの強力な妖を従えられる調教師はほんの一握りだ。殆どは妖の知覚を共有することで諜報紛いの情報収集を行う。極稀に強力な妖と契約している調教師もいるが、それは妖の方が人間を気に入る、あるいは契約に同意した場合だ。それですら、契約を行うための術式は難易度が高いとされている。ついでに魔力も相応に必要なので、疾から見れば随分とコスパの悪い職業である。
その点、それなり以上に戦闘が行えそうなツェーンと契約を交わしているファルの技量は、かなりのものだろう。ツェーンがこの男に大人しく従っている事情は、ここ最近、瑠依が軟禁されて指導を受けている間に鬼狩り局のデータベースで調べ上げてある。
そして。「調教」の対象を、存在の強度が段違いである妖と比べ、術への抵抗力が低い人間に向ける──人を傀儡として操るという外法になりうるのも、調教師の特徴だ。
「他人様を妖扱い……人間扱いしないその精神性は、てめえのクソみたいな性格ならまあ難しくも無いと思うがな。だからと言って同意もなく不意打ちで操れるほど、てめえの技量が高いとは思えねえんだが?」
揶揄してやると、ファルが顔を紅潮させた。ぎりと奥歯を噛み締め、疾を強く睨み付けてくる。
「僕を侮辱するな……! ツェーンだって十全に使って見せた! お前如きを操るくらい、僕には容易い!」
「あれで十全? はっ、笑わせる」
目の前で鬱陶しく喚くファルに、一発入れる。無防備に鳩尾に受けたファルが顔を歪めて両膝を付いた。えづくファルに歩み寄り、万が一にも吐瀉物がかからないよう位置取りに注意しながら、懐に隠し持っていた術具を取り上げる。
「っ、返せ!」
「どこで手に入れたんだか知らんが、こんな道具まで使ってあの体たらくとは嘆かわしいな」
術具を軽くお手玉しつつ解析を済ませた疾は、睨み付けるファルをせせら笑った。
相手の意識を強制するのは、技量も勿論だが適正がものを言う。例えば、意識干渉を得意とする闇属性であれば、ある程度使いこなせば複数人を操ることに苦は無いが、適正が全く無いと言われる火属性が行うと一人相手でも事実上不可能とされる。その点、適正なしで強制的に鬼狩りを縛れるフレアは、中身はともあれ実力は相応にあるのだ。それでも人格ごと丸ごと操れるかというと、おそらく首を横に振る。
調教師という適正を持ち、更に何故か所有しているアーティファクト級の魔術具まで併用して、辛うじて従順なツェーンを「やや反抗的」レベルにしているファルを、さて優秀と言うべきかどうか。そこの判断はまあ、どこを基準に置くかで変わってきそうではある。ある、が。
この程度で疾を操れると思っているのだったら、笑うしかない。そして──心底、不愉快だ。
がんっと乱暴にファルの肩を蹴り飛ばす。細い体は簡単に吹き飛び、壁に打ち付けられた。
「立てよ」
「……」
無言で睨み付けるファルに、上から見下す笑みで応じる。
「どうした? 俺を所有物にしたければ、術に抵抗出来ないほど弱らせるしかねえだろ? やってみろよ、やれるものならな」
挑発してやれば、ファルは歪んだ笑みを浮かべて、蹌踉めきながらも立ち上がった。
「ふ、ふふ……僕相手にそんな余裕を与えたこと、後悔すると良いよ」
「負け犬っつうのはどいつも同じ事言うよな」
笑い飛ばし、疾は拳を鳴らした。




