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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
8章 「伊巻」という一族
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143 あべこべな新人

 そうこうしているうちに、一行は三叉路に突き当たった。


「案外、瘴気は淀んでねえな……?」


 意外そうに首を傾げるツェーン。釣られて疾が視線を向けたタイミングで、瑠依が明るい声を出す。


「ってことは俺らの出番ないな!」

「…………。そうだなー」


 乾いた声で同意を示すツェーンの心情は察して余りある、が。


「節穴」

「あ?」

「ひっ」


 ツェーンが一瞬にしていきり立つ。その獰猛さは、体格に相応しいというべきか、これまでの理性的な態度との落差に驚くべきか。余りにも猛々しい、今にも飛びかかって喉笛に噛み付きそうな獣の気配だ。手加減なしに叩き付けられる猛々しさに、少しは意外に思ったものの、それだけだ。


「ツェーンが節穴とは、随分と大きく出たものだねえ。僕も同じく、この一帯には異常無いようにみえるけど」

「節穴がもう2つ追加だな」


 興味津々と言わんばかりのファルを一言で切って落とし、疾は三叉路の真ん中の道を進む。5歩ほど進んだところで、右手にある街路樹に掌を押しつけた。

 ぞわり、と瘴気が溢れ出す。


「うえっ!?」

「っ、おい引け、危ねえぞ!」


 蛙が潰されたような声を出したのは瑠依か。そして苛立ち混じりに叫んだツェーンの警告も無視して、疾は異能を操る。

 パキン、と。本当にあっけない手応えで、そこに潜むモノは砕け散った。

 右手を引っ込める。僅かな残滓を、両手を払って振り落とす。この程度の瘴気は、三叉路といえど勝手に浄化されるだろう。

 改めて目を向けた街路樹のうろ。そこに置いてあったのは、赤いペンでイニシャルが書かれた男物のハンカチ。


(……まじない、か)


 呪いというには余りに弱い、しかしこの三叉路で放置すればいずれ大きな呪詛へと育っただろうそれ。破壊した感触から判断する限り、呪術師の仕業では無さそうだ。


「今の……もしかして、「おまじない」か?」

「おそらく」

「あー……三叉路に元からある瘴気に混ざってたつうわけか。よく見えたな、んなもん」


 ツェーンの問いかけに素っ気なく応じると、納得したようにツェーンが頷く。それほど珍しいケースではないらしい。弱すぎる気配と元々の淀みやすい場が見分けが付かなかったと。その点は、疾の目が良すぎるというのは冥官からも指摘されているので、そんなものか、という感想だ。


「おまじない??」


 ……呪術を専門に扱う張本人が、こうも「なんだそれは」という疑問を衒いもせずに尋ねているのは、どうかと思うが。


「嘘だろ……」

「ここまでとはね……」


 ツェーンとファルが揃ってどん引きしている。気持ちは大変よく分かる。


「瑠依」

「んぇ?」

「つくづく残念な脳みその持ち主だな」

「はい!?」


 愕然と目を剥く瑠依だが、傍らの2人が大変微妙な顔でフォローもしないという事実に気付いた方がいい。


「お前の術は何だ」

「え、呪術」

「まじない、って漢字で書けるか?」

「書けるわ! ってか前もこのやり取りしたよな!?」


 がおう、と吠える瑠依の大言に、疾は腕を組んで冷笑を浮かべてみせる。


「そうか。呪術と呪いが同じ漢字を含む、という共通項をもってしてもその関連性に気付けない、どうしようもない大馬鹿野郎だとまでは認識してなくてな。悪かった」

「人を全力で貶しながら謝罪するのやめてもらえない!?」

「今回のは、学生の間で流行するような「おまじない」が、偶然に場と条件を揃えて発動しかけていたんだよ。さて、瑠依。てめえの扱う術が、意図を持ってこの現象を引き起こす為に存在するという理解どころか知識すら欠如し、かつその危険性も把握出来てない事がどれ程問題か、分かってんのか?」

「……っ」


 虚を突かれたように瑠依が目を丸くする。そのまま眉間に皺を寄せて考えること数秒、吹っ切れたように右手を持ち上げた。


「ごめん、いっぺんに言われてもよくわかんね」

「…………。そうか。お前には難しい話だったなあ、悪かった」

「なあ、だからなんで全力でけなせるの謝罪しながら!?」

「分かりやすく言うと、この手の「呪い」について、もっとお勉強しないとダメだぞ、という事だ。分かったか?」

「今度は子供扱いでバカにしてくる!? もうやだ帰りたい!!」


 今現在、心底帰りたい気分なのは、寧ろ傍らでこのやり取りを聞いている鬼狩り2人だろうな、と横目でその青醒めた顔を見ながら疾は思う。

 ついでだし、これの最たる問題点を目の当たりにしてもらう事にする。 


「さて、瑠依。呪術具出せ」

「へ?」

「この手の「おまじない」って、流行するから「おまじない」なんだよ」


 ぽかんとしている瑠依が背負っているリュックサックを見ながら、疾は笑みを浮かべて軽く凄んだ。


「──つべこべ言わずに呪術具出せ。今すぐだ」

「ひっ!? 何なの急に!」

「瑠依」


 この期に及んで怯えるばかりで動こうとしない馬鹿に、疾は笑みを深める。


「痛い目に遭いたくなければ、早くしろ」

「はいっ!!」


 軽く拳を鳴らしながら促せば、わたわたとリュックサックからペンケースを取り出した。そのまま消しゴムと鉛筆を手に取って、そろりと疾を見上げる。


「……あのう、それで、何をしろと?」

「全部浄化しろ」

「え、何を……っ!?」


 くい、と背後を親指で示す。ひょい、と疾の身体を避けるように首を伸ばした瑠依が、ひゅっと息を飲み込んだ。


「なっ……はあっ!?」

「これはこれは……」


 驚愕している2人は、どうやらこの紅晴という街の特異性を把握していなかったらしい。本当に、この合同任務の意義を疑う。

 道に沿って一定間隔で植えられた街路樹。その全てに、ハンカチは隠されていた。そして、疾が1つの呪いを破壊した結果、バランスを崩したそれらが、一気に瘴気を吐きだし始めている。


「何だ、これ!? ただの学生の遊びがここまでの脅威になるっつー例、聞いた事も見たこともねえぞ!?」

「良くあるぞ、この街」

「はあっ!?」


 ツェーンが驚愕に喚いているが、事実だ。まあ、だからこそ疾でも異世界渡航を繰り返せるのだが。


 そして。この街の怖さは、たった今、疾の目の前で呪術を組み上げた瑠依が、ある意味では最大限体現している。


「ああもう帰りたい! 起動!!」


 やけくそ気味に叫びながら、瑠依が呪術を発動する。赤黒い血文字が呪術具から溢れ出し、瑠依の意志に従い蠢きだした。

 巻き込まれないようさっさと距離を取りながら、疾は相変わらず訳の分からない万能性を発揮する呪術が、各街路樹のまじないの核を破壊し、吐きだしていた瘴気を根こそぎ浄化するのを眺めていた。


「な……これは……?」


 ファルが唖然と声を漏らし、ツェーンが驚いた様に目を見張る。そして2人とも、時間差はあるものの、ゆっくりと呪術から瑠依、疾へと視線を滑らせた。無言で唇の片端を持ち上げてやると、2人揃って顔を強張らせる。


 無知、無学、無気力。しかし、操る術の威力は一級品。


 その危険性を理解出来る程度には優秀らしい2人の鬼狩りが、瑠依に向ける目を変えた。


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