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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
14/232

14 現実

 予約していたアトラクションへ向かう途中。


「……?」

「アヤト?」


 不意に足を止めた疾に、アリスが怪訝そうに声をかける。疾は視線を前方に止めつつ、アリスに尋ねた。


「アトラクションって、この先……だよ、な」

「? ええ、ここを真っ直ぐよ」


 地図を確認するまでもなく、目的地は目の前だ。だからこそ何を言うのかと訝しげなアリスに、疾は迷いながらも、言う。


「ごめん、本当にごめん。けど……物凄く、嫌な予感がする。ちょっと、迂回していいか」


 今までで最も強く、本能が警告していた。ここから先に進むと考えただけで、足元から震えが広がっていくようだ。


「……何があるの?」

「分からない。けど……ここは、行かない方がいい」

「ん……分かった。じゃあこっちから行きましょう? 大丈夫、予約の時間までまだあるわ」


 アリスも、疾のただならぬ様子に、察してくれたらしい。疑うことなく、提案に応じた。ほっとして、疾も足を迂回路へと向ける。


(……なんだったんだ)


 最後に一瞬だけ気になって、肩越しに振り返った。そこには賑やかな営みがあるばかりで、疾が怯えるようなものはなにも見えない。


「アヤト、行きましょう」

「ああ」


 何にせよ、関わらない方がいい。そう思い、アリスの促しに応じて、疾は歩き出した。






 30分後。


「……どこ、ここ?」

「えーと……ここをこう曲がったんだから、こっちの筈、だけど」


 相も変わらず人混みの中で、首を傾げ合う2人がいた。


「迷った、のかしら」

「いや……」


 2人とも、地図読みは強い方だ。これまで園内を歩き回っていても、特に混乱することもなく、目印を見つけて方向を確認出来ていた。昼下がりの時間帯、ある程度園内にも慣れた2人が揃って迷子になるとは考えづらい。


「……おかしい、よな」

「そう、ね」


 疾もアリスも、表情が固い。これを即座に「異常」と認識出来る程度には、年の割には状況判断能力が長けていた。


「風景に変化が無いのも、不気味だわ」

「目印となるアトラクションも見つからない。これだけ歩いていて何もないなんて、ありえない」


 疾とアリスは顔を見合わせた。一瞬の逡巡をおいて、疾が告げる。


「アリス、今度埋め合わせする。今日はこれで切り上げよう。父さんに連絡する」

「……そうね」


 残念そうではあるものの、アリスもここで我が儘を言う気にはならなかったらしい。すこしほっとしつつ、疾は端末を取りだし父親に電話する。


『どうした』


 開口一番尋ねてきた父親に、端的に伝えた。


「居場所が分からなくなった。悪いけど、迎えに来て欲しい」

『分かった。そこを動くな』


 それだけ言って、電話は切れた。疾はほっと息をついて、アリスに伝える。


「動くなって。疲れてないか?」

「大丈夫よ。ありがとう」


 にこりと笑うアリスに笑い返し、疾は周囲に視線を向けた。まだ安全を確保出来たわけではないから、と警戒をするつもりで。


 そして。



「みーつけた」



「……っ」


 目が、合った。



 どこにでもいる、子供だった。褪せた金髪をきちんと切り揃えた、薄い緑の瞳の子供。年格好は、楓と同い年くらいだろう。ありふれた服を身に纏い、ちょこんと塀に腰掛けている。


 あまりにも「普通」な、子供に。



 疾は──総身鳥肌立った。



(ちょ、っと待て。なんで、こんな……っ)


 異常事態において、この「ありふれた」子供は、だからこそ奇妙だ。どうして子供がたった1人でここにいるのか。

 どうとでも説明の付きそうな違和感に、疾は強烈な不快感を覚えた。


 疾の反応に気付かなかったアリスが、少し心配そうな声を出す。


「あら、迷子かしら?」

「……ア、リス……っ」


 緊張を解いたアリスの手を、辛うじて掴む。視線をその子供から外せないまま、疾はアリスの手を強く握った。


「アヤ、ト?」

 アリスの驚いた様な声かけにも、疾は答えられなかった。


 ──恐怖。


 彼の体をがんじがらめに縛り上げるそれは、本能からの警告。


(なん、だ、こいつ……!?)


 言葉に出来ないまでも、疾は、その子供が、これまで彼に「違う」と評させたモノ達と同質で、けれど明らかに別格である事を悟っていた。

 だからこそ、彼は父親に言われた通りに、判断する。


「逃げるぞ」

「えっ?」

「はやく……っ」


 必死で手を引いて、竦む足を動かす。訳の分からない様子のまま、アリスが疾に従い走り出そうとして──


「あはは」


 ──何の前触れもなく、かくん、と倒れた。


「っ、アリス!?」


 倒れ込んできたアリスを咄嗟に支える。それは、無意識の行動だった。

 これまで積み上げてきた、疾自身の価値観と、常識。無意識に動けるほど、疾にとって身に付けたそれらは当たり前のもので、簡単な事だった。……簡単すぎて、止められない。


 ──アリスを捨ててでも、逃げる。

 理性では納得していたはずの父親の指示を、思い出すより先に、体が動いてしまった。


(……っ)


 受け止めてから、思い出して唇を噛む。

 ここで足を止めてはダメだ。まずは逃げて、父親と合流して、それからアリスを──


「ざーんねん。時間切れだよ」


 愉しそうな声を最後に、疾の意識は途切れた。

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