139 情報屋
「ちなみに、そこの馬鹿を尾行してた際に、アンタが馬鹿を引き摺っていくのを見てたらしい。六道もばっちり目撃されてたぜ」
物凄い顔で常葉を見下ろしていたフレアが、疾の追加説明に勢いよく振り返った。
「……じょう、だん、でしょう?」
ド素人に尾行されていたのにも気付かなかったフレアが、愕然としている。事実は事実だと、鼻で笑ってやった。
「こんなつまらない冗談の為に戻ってくるほど、俺は暇じゃねえ」
「だってありえないわよ! 人払いは当然仕掛けたし、道を作るときには細心の注意を払って術者達すら近づけない結界を張ったのよ!? ただの異能者がどうにか出来るものじゃないわ!」
「愛の力だよ!」
「変態力の間違いじゃね?」
「そんなものでどうにかなるものじゃないわよ!!!」
振り絞るようなフレアの叫びがやかましい。うんざりと溜息をつきつつ、疾はまあ確かに、と内心頷いた。
実際、疾も常葉の気配のなさに騙されている。六道から出る際にはきちんと誰もいない事を確認してから出るようにしていたにも関わらず、張り込みしていた常葉を見抜けなかった。
何より頭が痛いのが、これが異能ではないことだろう。文字通り手に負えない。
「つーわけで、その変態についてはそこの馬鹿に聞け。俺はこの一件に関しては本気でただの被害者だ」
「被害者……?」
「ハイ、それに関しては一切反論はないですごめんなさい……。というか俺、なんでこんな変態と幼馴染みなんだろう、帰りたい」
物凄く胡乱な目で疾を睨み付けてきたフレアが、虚ろな謝罪を口にした瑠依に視線を向ける。
「瑠依、説明なさい」
「へーい……」
げんなりした顔の瑠依が、相も変わらず要領の悪い説明をする。眉間に皺を寄せて聞いていたフレアは、瑠依の説明が終わるなり、こめかみを指先で叩きながらまとめ上げた。
「……体格の良い人間を追い回す性癖の持ち主で、その性癖を隠しもせず知人達を巻き込み、街中の一大情報ネットワークを築き上げているって……どうなってるの、その子」
「ふっふっふ、愛の力です!」
「黙れ変態!?」
「おまけに、瑠依の影響を存分に受けた異能持ちでもあるしな」
「……。本当に、タチ悪いわね」
しみじみとした口調でフレアが言う。それに関しては全面的に同意である疾は、何やらぎゃーぎゃーと言い合っている瑠依と常葉を無言で眺めた。
(本当に、どーすんだこれ)
内心呟く。疾の目には、常葉が抱える力に瑠依の神力が干渉し、さらにこの鬼狩り局に流れる力まで絡み合い、大変ややこしい状態になっていくのがはっきりと見えた。
ただでさえ、疾の投げや蹴りに痛み一つ感じないという、一般人を遥かに逸脱した異能を持っている常葉が、今後どこまで枠を外れていくのやら。疾をしても想像に難い。
ちらりとフレアを見る。流石に鬼狩り局長として、そのくらいは予測できるらしく、大変複雑な顔色になっていた。疾も責任者の立場だったら普通に頭痛を覚えるだろう、ほんの少しは同情してやらんこともない。
などと考えながら疾は視線を瑠依に移す。
「おい、馬鹿」
「ねえもしかしてそれ、俺のこと?」
「この場に他にいるとでも? 変態と女狐ならいるが」
「……それ、定着するわけ?」
今更過ぎる事を低い声で呟くフレアは無視して、疾はさっさと話を進める。
「基本的に、そいつはてめえが責任持って管理しろ」
「え、超無理」
「無理だろうが無理じゃなかろうが、その変態が問題を起こした場合、てめえが全責任を負え」
「嘘でしょ帰りたい!?」
「えー? 私、瑠依なんかに責任取ってもらうほどお馬鹿さんじゃないってばー。寧ろ、なんか危ない感じがするとこあるなーってちゃんと避けたり、友達にも注意したりしてるもーん」
(……何?)
「……何ですって?」
不覚にも、内心の呟きがフレアと被ってしまった。眉を寄せた疾を余所に、フレアが常葉に詰め寄る。
「今の、どういう事?」
「えっと、なんかやたらと喧嘩が多かったり、気味の悪い噂が増えたり、そういうところって立て続けに不幸な事故が増えるでしょー? だから、そういう情報が集まってきたら、みんなに注意報出して、近寄らないようにねーってお伝えしてますよ?」
フレアの剣幕にもたじろぎもせず、ニコニコ笑顔で答える常葉の解答に、フレアが疾を振り返った。肩をすくめて返す。
フレアはひくっと頬を引き攣らせ、けれど疾には何も言わずに常葉に向き直った。
「……。ちなみに、先月はどの辺りだったかしら?」
「えっとー、東の駅の……この辺ですね」
言いながら常葉が取り出した端末で示された位置は、寸分違わず、先月疾が鬼を狩った地点だ。報告書にはきちんと目を通していたらしく、フレアが真顔で疾を振り返る。
「ねえ。この子を雇うというのはどうかしら」
「能力面だけで言えば、少なくともその馬鹿よりは訳に立つんじゃねえの。俺は組まないが」
端的に疾の見解を告げると、フレアは物凄く真剣な顔でじっくりと常葉を長め……がっくりと肩を落とした。
「……ダメだわ。素質がない」
「だろうな」
疾から見てもそうだろうとは思っていたが、鬼狩り局長から見ても神力との適応性はないらしい。実に勿体ない。
「でも、情報屋としての価値はあるんじゃないかしら?」
「それなりにはな。俺は関わる気ねえけど」
フレアが半眼で疾を睨み付けた。
「……さっきから、どうしてそんなに他人事顔なのかしら」
「逆に聞くが、てめえが俺の立場で、そこの変態と積極的に関わりあいになりたいと思うのか? 真性の変態だぞ」
「…………そうね。ちょっぴり同情するわ」
酢でも飲み込んだような顔でフレアが頷く。どう考えても変態志向のストーカーと縁を持ちたい理由なんざありはしない。闇に葬る理由なら十分にあるが。
しばらくこめかみをマッサージしていたフレアが、ふうと息をついて顔を上げる。
「……はあ。仕方ないわね。瑠依」
「えっ、ヤダ帰りたい」
「まだ何も言っていないわ。それで、局長命令だけど」
「今から言うんじゃん帰りたい!!」
戯言を抜かし続ける馬鹿を綺麗に無視して、フレアは大上段から瑠依を見下ろして命じた。
「貴方はそっちの子から、今みたいな人の寄りつかない危険地帯の情報が入り次第、鬼狩りとして巡回をなさい。勿論、月1回の定例巡回もちゃんとすること。分かった?」
「うっそだろ、仕事増えた!?」
「貴方そもそも仕事していないじゃないの。それから、疾に依頼して貴方のことは例えベッドの中からだろうと引きずり出してもらうから、覚悟しておきなさいね」
「帰りたいぃいい……」
同じ事しか繰り返さない馬鹿が、ナメクジみたいな動きで床に溶け落ちた。そのみっともなさに溜息をついて、疾はくるりと背中を向ける。
「話は着いたし、俺は帰る。じゃーな」
「分かったわ。これ以上厄介事は持ち帰らないで頂戴ね」
「そっちの馬鹿に言えよ」
どう考えても今回の厄介事は全て瑠依が元凶である。視線を投げ掛けた先を釣られて見たフレアが、深々と溜息をついた。
「…………そうね」
哀愁すら漂う相槌に失笑で返し、疾は今度こそ冥府を後にした。




