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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
8章 「伊巻」という一族
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137 寝坊

 これっぽっちも状況を読めない叫び声を上げた瑠依に、フレアがそれはそれは冷たい眼差しを向けた。


「瑠依。貴方達が鬼狩りに任命されて、早数ヶ月が経つわけだけども。瑠依の職務記録がさっぱりないのはどういう事なのかしら?」


 冷ややかな声で問いかけられ、びくっとした瑠依は思い切り視線を泳がせた。


「えーと、そのー……」

「疾の記録はあるのよ。10月には人鬼も狩っているわね。まあそこは契約通り免除としても、よ。普段の鬼狩り業務についてはきちんとなさい、と命令してあったはずでしょう。何をしていたの?」 


 当然と言えば当然の追求に、瑠依は答えられない。引き攣った顔でだんまりを図る瑠依から視線を外し、フレアは今度は疾を睨み付けてきた。


「疾もよ。最初の顔合わせで決定したわよね、貴方とこの子で組むって。何故単独行動で仕事をこなしているの?」


 職務怠慢と言わんばかりのフレアに、疾は肩をすくめた。まるでこちらが勝手に1人で鬼を狩ったと言わんばかりだが、事実は異なる。

 一応疾だって、冥官からの命令でもあるこのお馬鹿との仕事は一応こなす気でいたのである。にも関わらずこの状況であるのは、大変単純な理由で。


「来ないから」

「は?」

「待ち合わせ場所は決めてあるが、待っても来ないから。一応見回り中に出て来たら分かるようにしておいたが、一度もひっかかったことはねえな」


 任命から今日に至るまで、一度も任務に出てくることすらしなかったのだ、この馬鹿は。


「……ちょっと、待って頂戴」


 フレアが額を押さえて片手を上げる。余りのことに怒りも一周回ったらしく、先程までの剣幕がどこかへ消え去っていた。


「……つまり? 疾が勝手に単独行動をした結果、瑠依が仕事をこなさなかったのではなく。そもそも瑠依が仕事を放棄していたというわけ?」

「そういうわけだ」


 勝手に疾の独断専行扱いされていたらしい。そうしたい気持ちはやまやまだが、疾とて冥官に直接命じられていた仕事をサボれるとは端から思っていないし、実際サボってもいない。


「……話は分かったわ。それにしたって、貴方も来ないからと放置するのは問題ではなくて?」

「俺が命じられたのは任務中にソレと連携を取ることであって、ソレがきちんと仕事をするよう見張るお守りじゃねえ」


 かといって、命じられていない仕事までこなすわけがない。無報酬でそんな馬鹿げたことをするほど、疾は暇ではない。


「……。そうねえ。私もそこまでは、命じてなかったわね」

「だろ」


 というか、命じる必要性を感じなかっただけだろう。よもや、首輪を嵌められているにも関わらず、平然とサボりを敢行する大馬鹿野郎がいるとは、鬼狩り局長としても予想外だったと。


(まあ、俺もだけど)


 初回は体調不良も考えたが、翌日普通に学校に顔を出していたあたりでほぼ確信し、2回目も来なかった時点で確定されたわけだが、疾だってその結論にどん引きしたものである。


「つーか、今日はよく出てきたな」

「ふらふらコンビニに出歩くところをとっ捕まえたのよ」

「ああ、それでこんな格好」


 学校規定の上下ジャージとはセンスの欠片もないと思っていたが、部屋着扱いだったらしい。そして、だから呪術具も持っていないと、そういうわけか。

 ここに来た経緯は誘拐めいているが、理由を聞けば100人が100人瑠依が悪いと断言するだろう。この状況でなお、「やばい……帰りたい……」とか呟いているから尚更である。


(それにしても……本当に厄介だな……)


 青醒めた瑠依の右手の甲に視線を向けながら、疾は改めて「伊巻」の厄介さを理解した。

 通常、このようなサボりは鬼狩りにおいて発生しない。そう出来ないように、鬼狩りは全員、局長によって術式を刻まれるのだ。疾も冥官に刻まれた首輪がある限り、意図して任務を放棄することは出来ない。

 念の為もう1度確認してみたものの、フレアが刻んだ瑠依の術式は正しく機能している。本来であれば、瑠依がこうして何ヶ月も任務をサボるなど、出来る筈が無いのだ。

 が。


(……「世界の不具合」、ね)


 こうしている間にも、瑠依の様子は変わらない。本来であれば任務違反に対して苦痛を与える術式は瑠依に作用していない。機能しているのに作用していない、そんな不条理がまかり通ってしまっている。


「……なあ、女狐」

「なによ」


 毒気の抜かれたような相槌をうつフレアに、疾は大層素朴な疑問を投げつけた。


「なんでこんなの雇ってんだ」

「不本意だけれど、全く持って同じ事を考えていたわ」

「その程度の判断力はあるようで安心した」


 こんな厄介事しか生まない一族、何故雇うのか。馬鹿度合いはともかく、こんな不具合を何ら代償を支払う様子も無くしでかすような奴ら、疾だったら絶対に絶対に雇わない。


「で、理由は?」

「…………昔からの契約だそうよ」

「あほくさ……とも言えねえのか。つくづく厄介だな」


 何かしらの因縁があるらしい。気の毒に。……今現在気の毒な目に遭っているのが疾でもあることは、この際目を背けておく。


「で、どうすんだ。俺もこんな茶番に長々付き合う気ねえぞ」


 気を取り直して疾がフレアを促すと、フレアも我に返ったように瞬いた後、深呼吸した。


「……そうね。本題に戻りましょう。瑠依?」

「ひっ!?」


 ……本当に、ここでフレアの笑顔を見て怯えるくらいなら、何故こいつはサボるのだろうか。全くもって、その行動原理が理解できない。


「理由を、聞かせてもらおうかしら。病気? 怪我? 何か正当な理由があるなら、今後の扱いについて少しだけ慈悲を見せてあげるわよ」

「少しだけ!?」

「こいつ任務翌日、普通に学校出てたぞ」

「あら、情状酌量の余地なしかしら」

「ひっ!?」


 思い切り顔を青醒めさせた瑠依に、疾は溜息をついた。怯えるくらいなら仕事しろ。


「それで?」

「えーと、あのー、そのー……怒らない?」


 ここでその台詞が出てくる事に、疾は一周回ってうっかり感心してしまった。


「瑠依」


 にこり、とフレアが笑顔を作った。全く笑っていない瞳が、瑠依を見下すように睥睨する。


「今現在怒り心頭の私が、これ以上理性を忘れないうちに、さっさと潔く全てを吐き出すことをお勧めするわ。さもないと──人間としての尊厳失わせるわよ」



「いやああああ帰りたい! じゃないごめんなさい、ぶっちゃけると起きられずに寝過ごしましたごめんなさい!」



「「…………」」


 あんまりにもあんまりな理由に、疾もフレアも揃って言葉を失った。 


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