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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
8章 「伊巻」という一族
136/232

136 業務放棄

 予定していた中では最も大きい戦いを終えた疾は、少しペースダウンを計る事にした。


(魔力回路も少し休ませないとな)


 冥府の医務官にも散々文句を言われたが、本来動けなくなるほどの魔力回路の不調は、長期間掛けて整えるべきものだ。魔力の流れを整える技術に優れている疾だが、夜間は機械に頼っているとはいえ、ここまでの不調で更に無茶を重ねるのは、文字通り寿命を縮める愚行だ。

 けれど、完全に活動を止めてもこちらの不調を悟られてしまいかねない。体調と相談しながら、疾はいたずらに魔術師連盟の末端組織や魔法士協会の枝葉施設を攻撃しつつ、魔力回路の整備を含めた体調管理に努めた。


 ……ちなみに、「魔法士協会ロリコン疑惑」については、有言実行で流してみたら思いの外勢いよく広がった。内心うっすらそう考えていた魔術関係者は案外多かったらしい。ざまをみろ。



 おおよそ普段の状態に戻ったかというタイミングで病院の診察予約日が訪れ、相変わらず笑顔の胡散臭い医師の診察を受けた。幸い無茶は尾を引かなかったらしく、引き続き魔力を整えるようにという指導だけ受けて終わった。


「はあ……」


 病院から自室に戻り、そのまま夕食の買い出しに出た疾は、吐き出した息が白く染まるのを見て、顔を上げた。


(もう今年も終わり、か……)


 気付けば季節は移り変わり、疾が紅晴に来てから1年半近く経っていた。やたらと濃い日々を送っているせいか、時間経過に実感が追いつかない。

 波瀬家の年越しは両親のささやかな拘りで、日本の風習に則ったものだ。クリスマスも正月も盛り上がる、というお祭り騒ぎぶりに妹と揃って首を傾げたものだが、疾は日本での12月というものを見て納得した。クリスマスの飾り付けと正月の飾り付けがスペースを分けて陳列されるというのはどうなんだ、目に眩しすぎる。


(あと、なんで恋人達の夜なんだ……?)


 日本に伝わるクリスマスの扱いも謎ばかりで、疾としては違和感が強くて祝う気にもならないのだが。……まぁたぶん、プレゼントも贈らずに放置したら母親が拗ねるのだろうという予想は付くので準備はしてある。時折楓よりも精神年齢が幼くなるのはどうにかならないのだろうか。天才のくせに。

 あれこれとどうでも良い事を考えながら、適当に食材を買い込み帰宅する。今晩は月のない夜、鬼狩りとしての見回りの日だ。早めに食事を済ませ、仮眠を取ったらまたパトロールに出なければならない。2ヶ月前はやたらと忙しかったが、それ以外のパトロールでは鬼に遭遇するのは多くて2回程度だ。協会の襲撃と比べたら暇なほどなので、最初に想定していたよりは負担が少なくて助かる。


 ……まあ負担が少ないのは、他にも理由があるのだが。




***




 その日の晩は、鬼に遭遇することもなく終わった。

 報告の為に鬼狩り局を訪れた疾は、何故かそのまま局長室へと案内された。普段は受付で簡単な報告書を記入すれば終わりなので、その差異に疾はこっそりと顔を顰める。


「来たわね」


 到着一番、相変わらず無駄に威圧的な局長、フレアが言い放った。疾は軽く目を細めて、冷笑を浮かべてみせる。


「何の用だ? 女狐」

「ひえっ」


 小さい悲鳴が聞こえてきたが、フレアも疾も綺麗に無視した。


「何の用かくらい、見て分かって頂戴。貴方達の問題行動が、いい加減目に余ったのよ」

「問題行動? これ以上無くマニュアル通りの仕事をこなしてると思うがな」


 化粧が崩れそうなほど顔を顰めたフレアに、しれっと言い返す。嘘はついていない。鬼狩りのマニュアル業務は全てこなしているし、出現した鬼は全て狩っている。応援すら呼んだことの無い疾の成績は、おそらく鬼狩りの中でもトップクラスだろう。……疾の、成績は。


「あら、よく言うわねえ、そんな嘘っぱち。良いの? 冥官様にも報告するわよ?」

「寧ろしてねえ事に驚くんだが? 業務放棄じゃねえかよ」

「は?」


 フレアの顔が怒りに染まるが、疾は別に何もおかしいことは言っていない。


「あんたここの局長だろうが。鬼狩りに関わる報告を、人鬼狩りに携わってるあの野郎に報告してねえってどうなんだ?」


 ましてや疾に関する情報をや、である。一応便宜上、鬼狩り局内における疾の身分は、冥官から預かっている人材となっているはずなのだが。

 実に真っ当な指摘だと思うのだが、フレアは疾を睨み付け、押し殺したような声で言った。


「……こんな問題児の問題行動、簡単に報告できるわけないでしょう。私の評価にも関わるわ」

「知るかアホ。てめえの評価なんてゴミ以下の代物のために情報伝達止めてんじゃねえよ、無能」


 そしてこんな物事の優先順位すら間違える馬鹿に、何故疾が時間を割いてやらなければならないのか。心底ばかばかしい。


 というか、本当に今回の件は、疾に一切の落ち度は無い。そもそも疾が悪いなら、これまで何度も顔を合わせている冥官が絶対に何か言ってくるはずだ。この馬鹿女が報告していない位の理由で、あの冥官が情報を掴んでいないわけがない。

 その上で動かない冥官を見れば、明らかに現状は疾のせいじゃないのである。


「……誰が無能よ、この性悪! 見て分かる大問題児を放置しているのは貴方でしょうが! 職務放棄よ!!」

「いや、ここまで放置してたのはてめえだろ。俺はそこに転がってる馬鹿の行動にまで責任求められる筋合いはねぇぞ」

「なんですって──」



「ねえ本当に何なの!? 人のこといきなり拉致しておいて、目の前で放置しながら喧嘩しないでもらえねーかな帰りたい!!」



「「…………」」


 話題の中心人物──もとい、縄でぐるぐる巻きに縛られた芋虫──もとい、一応同じ鬼狩りである瑠依の、完全に他人事めいた叫び声に、疾もフレアも、揃ってうんざりと息をつくことを止められなかった。


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