134 言質
僅かに目を細めた総帥は、疾の言葉を反芻するかのようにしばし黙り込むと、ふいにくすくすと笑い出した。
「ふふっ。なるほどねえ。そういうこと? あはは、くっだらない」
「そうだな、くっだらねえよ」
笑いながら切り捨てようとする総帥の言葉を遮るようにして、疾は返す。肯定の言葉に総帥が、ノワールが意識を向けてしまったその間隙に、疾は密かに後ろ手に回した左手で、最後のスイッチを押しながら、更に一手打ち込む。
「──言葉に縛り付けられて、回りくどくもセンスのない虚勢しか示せないような、気味悪い人外がてめえだ。そんな輩の暇潰し如きに、この俺が釣り合うと思うなよ」
お前如きが、疾を玩具と呼ぶな、と。
大上段から、見下して見せた。
「……ふふっ」
それに対して零れた笑みに比して、漂う魔力は酷く濁っている。
「そっか。おまえ、僕の力も見誤ってるのかな?」
「さあ? 少なくとも、てめえらもいるこの部屋を、「逃げ場のない密室」なんて抜かす、神秘への理解不足著しい間抜け、とは思ってるぜ?」
言外に、父よりも魔術への造詣が浅いと、嘲笑い。
「──つーわけで、てめえらにはこの程度のイタズラで十分だな」
そこで、稼いだ時間が実を結ぶ。
『総帥! ノワール殿!』
魔法による緊急信号が、魔力の揺らぎを伝って場に響く。途端につまらなそうな顔をした総帥が、ノワールにくいと顎をしゃくった。溜息をついたノワールが軽く頷き、通信に応じる。
「取り込み中だ、後にしろ」
『で、ですが! B-1棟に隔離されていた、特AからS級の魔物が、一斉に檻を破壊し暴れています!』
「……何?」
途端、険しくなったノワールの声。総帥はつまらなさそうだったが、続く通信でほんの僅か、表情が揺らぐ。
『セキュリティシステムが全て破壊されており、魔法人形も何故か機能を停止しています。更に、システムと別個に敷いていたトラップは誤作動を起こし、不定期に起動して魔物と交戦中の魔法士達が負傷しています!』
ノワールが横目で疾を睨む。無言で笑みを深めて見せた矢先、更に通信が続く。
『ノワール殿! 大変です! A-0棟で封印されていた特S級の魔物が、A棟ごと消し飛ばしました!』
「……あそこにいたのは、確か……魔王級の突然変異」
ノワールが思わずと言った調子で零すと、総帥の意識が、──逸れた。
「密室どころか、ドアも窓も開きっぱなしだな」
疾の声に2人が振り返った時には、切り札は発動し終えていた。
「!?」
「んー?」
ノワールが目を見開く。今回も逃亡防止の魔術を展開していたのは疾も気付いていた。破壊する隙に転移魔術を妨害するつもりでいたのだろう。
だから、疾も考えていた。同じ手を使っても逃亡を防止できないと刻みつける為の、パフォーマンスを。
(ま、こんなボーナスが転がり込んでくるとは、こっちも予想外だっだが)
それがあればこそ、今回ここまで深入り出来たのだ。お陰で予定外のものまで釣り上げたが、深入り故に可能だった事前の仕掛けが効いている。
(幸運混じりだってのは忘れちゃなんねぇが……いいパフォーマンスにはなったな)
疾は内心呟いて笑みを深め、軽く地面を蹴った。後方に展開した「道」に足をかけ、笑って見せた。
「じゃ、頑張れよ。下手すりゃ世界の危機だもんなあ、精々死ぬ気で押さえ込めよ」
「お前……一体……」
ノワールが眉を寄せて呟く。正体不明の転移手段に動揺したのか、待機させていた拘束魔術の起動が遅れている。
「さあ? ま、一つ言えるとすれば」
笑みを深め。視線を一瞬だけ総帥に投げ掛けて、疾は続けた。
「こんな小細工で動揺するようじゃ、俺を捕縛しようなんざ10年早ぇよ。──せめて、少しはこっちが楽しめる舞台整えてから出直せ」
こんなつまらない場で、切り札を切るような退屈な結末はお前も望まないだろう、と。
毒をもって、人外を誘う。
「……あはは」
無邪気な笑みが、総帥の顔に広がった。
「面白いね。──舞台くらい、自分でどうにかしたら? おまえ1人の為に、僕たちがそこまで手を掛けてやるわけ、ないだろ?」
「あっそ。んじゃ、これからも楽しませてもらうぜ?」
自分に今出来る、最高級の笑みを浮かべて。
「じゃーな」
足に力を込めて、疾は「道」を通り──視界が白一色に塗りつぶされた。




