133 一騎打ち
「害虫とはご挨拶だな、ちびっこいガキんちょが」
発言一番、場の空気がぴりりと痺れる。呆れたような眼差しを向けてくるノワールから決して目を離さないまま、疾は総帥へと顔を向けた。蔑むような笑みを浮かべてみせる。
「なーるほど? ノワールが延命に興味を示さねえわけだ。寿命弄った結果がこんな気持ち悪ぃイキモノに成り下がるなら、俺も願い下げだな」
「ふふ、弱い奴ほど喧しく吠えるとはよく言ったものだよねえ」
くすくすと薄気味悪く笑う総帥は、一歩前に出てにっこりと笑った。
「初めまして、無謀ものの襲撃者。僕が魔法士協会の総帥だ。精神が残ってるうちは覚えておいても良いよ」
「そうだな、各方面に伝えておいてやるよ。魔法士協会はご大層な看板掲げているが、実際は外見年齢二桁にも満たないガキを、絶対の長と崇めるロリコン集団だってな」
場に沈黙が落ちた。口元の笑みを残したまま、疾は軽く首を傾げて見せる。
「どうした? 常識的に考えたらそうなるぜ? ちっせえガキを御輿の上に担いで、我等は選ばれた存在でございなんて、普通は頭おかしいとしか思わねえよ」
「その程度の常識に縛られてるお前が、救いようのないおばかさんなんだよ。魔法と外見年齢に何の関係があるって言うのさ。ねえ、ノワール?」
「……そうですね」
溜息混じりにノワールが返す。若干荒んだ眼差しを疾に向けてきた辺り、「常識」にちょっぴり頷いてしまった部分があるらしい。
(──よし)
ひとまず、空気のぶち壊しによる時間稼ぎ作戦は成功した。時間がない為に、自力で解離を引き起こして精神の安定を図るという力業をかました疾は、現状の精神状態を一瞬だけ把握した。
(大丈夫そうだな)
記憶の分断も起きていないし、呼吸や鼓動も安定している。思考も、完全に普段通りとは行かないが、現状必要な分は整えられている。ならば、やるべき事はひとつ。
「ま、価値観の相違について摺り合わせる気はねえよ。偽善を掲げた侵略集団の長なんざ、理解したいとも思えないしな」
くつりと笑ったまま、疾は総帥を睥睨する。今、重要な事は、唯一つ。
宿敵と言えるこの人外と疾との、一騎打ちだ。
(……、いや、違うか)
自分の考えに訂正を入れて、疾は笑顔で総帥の挨拶に応えた。
「ま、つーわけで。初めまして、変態共の首領。こんな枝葉組織の襲撃に首つっこむとは、案外小心者なんだな」
斜に構えたまま軽い挑発を絡めると、総帥はくすりと笑みを漏らした。
「勝手に入り込んで騒いでいる羽虫なんて、不安になりはしないけど、鬱陶しいのには変わりがないだろ? 退屈紛れにからかって遊んで、最後には叩き潰すなんて、よくあることじゃないか」
(──なるほど、な)
もうお前で遊ぶのには飽きた、と。
大人しくしているのなら放置したが、目に付いたからには潰す、と。
(この期に及んで、ほざくじゃねえか)
言外に「用済み」と告げてくる総帥に、疾の笑みは自然深まった。
「ああ、見た事あるな。簡単に叩き潰せると思ったらひらひら避けられて、ムキになって力込めすぎて手を痛めるってやつ。集中力の管理も出来ずに周りに意識を散らして、本来の目的を忘れ果てる馬鹿っていう自己紹介どーも」
疾がにっこり笑ったまま毒を吐いてみせると、背後で控えてたノワールが僅かに表情を動かした。心当たりがあるらしい。人間にはよくある事なので、気にしなくてもいいと思う。
「ふうん? ひらひら逃げ回って、最後には殺されるしかない羽虫だっていう自覚はあるんだ。なら、逃げ場のない密室に迷い込んだ時点で命運は決した、っていうのも理解出来るよね?」
総帥が、おぞましいほどの悪意を、無邪気な笑顔で疾に投げつける。
ここから先、おまえの行く末は決まっていると──。
「……くっ、ははっ」
堪えきれずに、疾は吹き出した。軽く肩を揺すりながら、総帥の言葉を繰り返す。
「──『逃げ場のない密室に迷い込んだ時点で命運は決した』、って。くくくっ」
「何かおかしい? 事実だろ」
「ふ……くくっ、まあちょっと待て」
笑いで言葉も出ないという態度で片手を持ち上げた。しばらく気分の乗るままに笑いの波に任せた疾に対し、何とも言えない空気が漂い始める。
(──それで良い)
ここで決して忘れてはならないのは、今この瞬間にも右目を失うかもしれない疾自身の危険ではない。総帥を分析し、理解することですらない。
忘れてはならないのは──この場にもう1人、いることだ。
「……ふう、待たせたな。あんまり馬鹿げた発言でつい」
好きなだけ笑って──ついでに時間を稼いで──気が済んだ疾は、漸く笑いを収めて、ひらひらと手を振ってみせる。姿を見せてからこちら、張り付けたような笑顔のまま動かない総帥が、軽く首を傾げた。
「ふうん。まあ、おまえの笑いのツボなんてどーでもいいし。気が済んだならもう良いよね」
最後通牒のようなその言葉。それに対し、疾が浮かべたのは、嘲笑。
「ああ、そうだな。寿命を弄らなきゃならないレベルまで長生きしてる奴が、「命運」なんて中二病ワードを平然と口にするなんておもしろ事態、笑うのには悪くねえが、何度もその場に居合わせると、流石にいたたまれないしな」
空気がひび割れる音がした。疾は構わず、にこやかに口撃を仕掛け続ける。
「地味に気になってたんだよなあ、魔法士協会のセンスのなさ。俺を攻撃してくる魔法士共な、挙って自ら名乗りを上げてたんだが、どいつもこいつも痛々しい中二病を拗らせてやがるだろ? あれ協会全体に蔓延ってんのな、驚いたぜ」
更に場の空気に亀裂が入る感覚。あと一押しか、と、敢えて分かるように疾が視線を投げ掛けると、「自ら名乗りを上げた痛々しい中二病を拗らせた」第一号が、既に眉間に刻んでいた皺を深くした。あと一押しどころか、半押し程度のようだ。
ので、
「──位が上がるごとにこっ恥ずかしい名前になっていくとか、まさに重症ってやつじゃねえか。なるほど、てめえが名付けてたんだな。そこの「漆黒の支配者」然り、幹部ともなると年季が入ってるなあと思ってたよ」
全身全霊で蹴っ飛ばしてみた。
「……お前な」
低い声が、地を這うように疾に向けられる。据わりきった目で睨み付けてくるノワールに、疾は満面の笑みで応じた。僅かに視線がぶれた総帥から目を離さず、ノワールへ朗らかに告げる。
「悪ぃな、ノワール。前は、お前が単独で中二病拗らせてるんだとばかり思い込んでいたが、魔法士協会のトップから末端まで蔓延った不治の伝染病と化してたわけだ。流石の俺も予想外だったな。ま、安心しろ」
ちらり、と総帥に目を向けて。瑕疵無く作り上げた綺麗な笑みのまま、疾は一手、打ち込んだ。
「お前の国のことわざだろ? 類は友を呼ぶ、実に適切じゃねえか。お仲間同士仲良く、ろくでもない組織で悪趣味の共有をすればいいさ。心理的には全力で遠のきながら生温く見守ってやるぜ?」
──これ以上踏み込むのなら、足元の危険性についてお気に入りに伝えるぞ、と仄めかす。
「……本当に、お前の口の悪さは、心底煩わしいな」
顔を顰めて睨み付けてくるノワールが魔力を練り始めた。が、現在の疾にとって、そんな事はどうだって良い。
(さあ、どうする?)
にい、と唇を歪めて、総帥を見据える。事前準備とこの場で得た情報だけで作り上げた台本だが、気まぐれにふらりと首をつっこんだ程度で挽回出来るような、温い手は打っていない。




