131 再会
幸いと言うべきか当然と言うべきか、転移先でいきなり攻撃されることはなかった。仮にも分館の担当者が、本館へ移動し報告を行うための転移陣だ。安全性はそれなりに保証されるはず、という疾の予想は間違っていなかったようだ。
それにしても、セキュリティ対策として、場所の座標ではなく、連動する魔法陣を基盤にした転移のみでの出入り許可、となると。かの担当者は、座標管理の観点において、本館の面々に欠片も信頼されていないということにならないだろうか。
(……ああうん、まあそうだよな。机に魔法陣刻みっぱなしで隠蔽もされてないって時点で、無理だな)
1人納得した疾は、周囲の観察を終えて歩き出した。かなりの量の魔術トラップが仕掛けてあるが、殆どがポイント通過時に反応するタイプだ。気を付けて避ければ発動しない。
敢えて破壊しないのは、それらがほぼ無差別なトラップだったから。どうせなら残しておいて、攪乱の足場に有効活用したいところである。
(ま、本館でド派手な襲撃しかけるほど、流石に馬鹿じゃねえみたいだが)
視線をあちらこちらに向けて魔法回路を確認しながら、疾は内心呟いた。分館も警備レベルはそこそこ高かったが、本館は別格だ。下っ端魔法士であれば、中に入ったら最後生きて出られないだろう程の無差別殺戮トラップが、あちらこちらに仕掛けられている。……味方すら殺しかねない仕掛けをセキュリティ扱いとは、つくづく頭のおかしい集団である。
(けど、まあ──)
扉に目を向けた疾の口元に、笑みが上る。銃を取り出して身構えつつ、扉を蹴り開けた。
(──そうは言っても運営するのは人間、システムはどこも大差ない、ってな)
部屋中に広がるモニターパネルとキーボード、床には無数の魔法陣。一目で制御室と分かるその室内には、無数の白衣の男達が立ち働いている。
男達──いや、違う。
「……ほんっと、ここの連中ってのは実にご大層なものを生み出しやがる」
皮肉たっぷりにそう吐き捨てて、疾は近くにいた男型のソレに触れ、異能を流し込んだ。
ゴトリ──と。
ものも言わずに横倒れになり動かなくなるソレを蹴り転がし、疾は自然、笑っていた。
魔法人形。
無数の魔法陣を刻み込み、命令通りに動く人形。刻まれた魔法陣の内容以外は受け付けないという難点はあるが、周囲の魔力を吸い取るようにして延々と発動し続ける点で余りある恩恵があるだろう。眠らぬ自動人形は、まさに監視業務にはうってつけだ。
が。
「相手が悪かったな」
これならまだ、自動追尾式の重火器類の方が脅威だ。本来であれば無敵の警備隊であるはずの人形が、次々と地へと伏した。
魔法人形という、用途が明確かつ、量産された魔法陣の塊。それらの破壊は、疾にとっては同じ作業の繰り返しでしかない。全ての魔法人形が破壊されるまで、1分とかからなかった。
「さて──と」
魔法陣を踏まないように気を付けながら、疾はモニターパネルに走る魔法式を読み取る。それらの仕組みとパターンを頭に叩き込んだ疾は、にやりと笑みを浮かべた。
「良い保険だ」
素早くコンソールに魔力干渉し、幾つかの命令を書き込む。最近母親が見つけ出したハッキングの応用技は遺憾なく効果を発揮し、既存の制御システムに始めから存在していたかのように、疾が付け加えた命令が組み込まれた。
それを確認してから、疾は管制室を離れる。あとはいくらかの資料を破棄したら作戦完了だ。分館から本館への魔法による通信は、魔道具によるジャミングで封鎖してある。連絡手段を立たれた分館の異変を把握するのにどの程度時間がかかるのか、先程から数えているのだが、屋内の気配が殺気立っていないところを見ると、どうやらまだらしい。
(と、なると。黙って資料破棄するだけじゃ意味ねえな)
こちとら破壊活動が目的だ、スパイのように目的達成だけで離脱しては「趣味:テロ活動」の名が廃る。いくらか引っ掻き回して帰るか、と決断した疾は、迷わず行動に出た。
幾つかの仕掛けを施しながら奥へ奥へと潜り込んでいった疾は、やがて辿り着いた資料室らしき部屋に滑り込んだ。
「……趣味悪」
幾つかの資料に目を通した疾は、思わず呟いて顔を顰める。当たり前のように人体実験記録を添えたそれらの魔術資料は、魔術の中でも禁忌分類されてしかるべきものばかりが記されていた。当たり前のように世界規模で汚染を引き起こしかねない魔術を扱うな。
どれもこれも似たり寄ったりの碌でもない魔術ばかりである事を確認した疾は、はあっと溜息をついて腕を組んだ。さてここからどう動くかと考え──まあ悩む必要も無いかと思い直す。
(ある意味、良いタイミングとも言えるしな)
というわけで、割と率直な破壊方法を呟いてみる。
「よし、まとめて燃やすか」
「心情は理解するが、コソ泥紛いのテロリストに同意するわけにもいかないな」
抑揚が極限まで排除された声に、うっそりと唇に笑みを上せて振り返る。
(さて──)
「コソ泥とは人聞きの悪ぃな。こちとら正当防衛のついでに、偶然目に付いた禁忌魔術の破壊をする善意の行動者だってのによ」
「単独で魔法士協会の正規登録研究所に侵入し、あまつさえその最奥に位置する禁忌資料庫に潜り込んでいる時点で、「善意」や「正当防衛」という表現は適さないな」
「そうか? 文化侵略を「魔法知識の保護」って表現して、各地からサンプル集めて倫理ガン無視の実験を繰り返す組織を参考にすれば、禁忌の破棄は十二分に善意と言えるぜ?」
「……口の減らない奴だな」
ややうんざりとした響きに笑みを深める少年に、疾は笑みを深めて言い返してやった。
「そりゃどーも。魔法士幹部スブラン・ノワール殿に褒められるとは、光栄だ」
「褒めた覚えはない」
冥官とのやりとりで再認識した歩く非常識が、吐き捨てて疾を睨み付けた。
(──お楽しみの、始まりだ)
高揚のままに笑みを貼り付け、疾は再び、若き魔法士幹部と対峙する。