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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
7章 『魔法士の天敵』
130/232

130 始動

 たっぷり1ヶ月の準備期間をおいて、疾は攻めの一手に出た。


『こちらグループA! 奴は入口の警備を蹴散らして侵入しています!』

『グループBだ! おい、こっちでも下級魔法士蹴散らしてるぞ! どういう事だ!?』

『グループCだ、聞こえるか!? 幻術に惑わされるな、奴は3階の研究棟に──げふうっ!?』


 魔術で交信していた魔法士の1人を、背後から強襲する。崩れ落ちた魔法士を足で蹴り転がし、疾は手にした魔道具に声を吹き込んだ。


『こちらグループC! 奴の襲撃だ! 現在交戦中、応援求む!』

『グループE、Gからも襲撃連絡が来ている! 本物の区別くらい、きちんと付けろ!』



「みーつけた」



 にい、と笑って呟く。交信を逆探知して座標を探り当てた疾は、それが最上階の執務室と割り出した瞬間、ポケットに手をつっこんでスイッチを押した。

 爆発音と地響きで周囲の家具が大きく揺れ、倒れる。数歩移動してそれらを避けた疾は、視線を上に向け、小さく呟いた。


「まだまだ頑張れよ? 退場には早すぎるぜ」


 今回の責任者は適度に追い詰めて、思考停止状態に追い込む予定だ。1級魔法士をとるだけあって、それなりには胆力が付いているらしい。こちらの攪乱作戦にも比較的付いてきていたので、もう少し引っ掻き回すまで頑張ってもらいたいところである。


(まー付いてこれるギリギリのライン攻めてるけど)


 母親からの情報を元に編み上げた作戦を着実にこなしながら、順繰りに階段を下りていった疾は、断続的に最上階の執務室に予め仕掛けておいた爆弾を起爆させつつ、地階に辿り着いた。

 途端、むせ返るような血臭が満ちる。


「……っ」


 思わず顔を歪めて鼻と口を覆った。一呼吸の後、起動した障壁で臭いを遮断して腕を下ろす。軽く奥歯を噛み締めてから、疾は進み出した。


「……」


 靴音を響かせないように進み、時折奪った連絡用の魔道具で魔法士達の情報を錯綜させながら、疾はこめかみを伝う冷や汗に舌打ちする。


「早ぇよ、馬鹿が」


 自分に悪態を吐き捨てながら、疾は乱暴に目の前の扉を蹴破った。途端に鳴り響いたサイレンを魔力弾で破壊し、疾は一度閉じた目を無理矢理開いて中に向ける。


「……っ」


 吐き気と震えが同時に襲い来るのを、力尽くでねじ伏せる。奥歯を噛み締めた際に勢い余って口の中まで噛み切ったらしく、血の味が広がった。

 限界まで息を吸い込み、吐き出す。慣れた動作を用いて、力尽くで意識を切り替える。そうして視線を巡らせた疾は、それでも苦みに似たものを口元に浮かべずにいられなかった。


(分かってる、んだけどな)


 医者達が口酸っぱくして無茶が過ぎるという理由がこれだ。そうと分かって引かない自分の愚かしさくらい理解しているが、それはそれとして、目の前に広がる光景は、通常の感性を持っていれば動揺せずにはいられないだろう。


 ──人体実験施設。


 いやに見覚えのある器具の数々からは努めて目を逸らし、疾は檻の中に倒れる人々を見回す。魔道具で拘束された彼らは、人体の各部位が不自然に欠損し、あるいは付け加えられて、嗚咽混じりの呻きを漏らしていた。

 悪趣味というのも生温い、被害者達の有様を目の当たりにして、疾は一度視線を上階へと向けた。これまで襲撃してきた研究所よりも一段上のセキュリティレベルを構築しているここは、流石に断続的な爆弾と情報攪乱だけでは潰れないようだ。徐々に指揮系統の混乱が落ち着き、疾の居場所と正体を確実に暴き出す為の魔法が準備されているのを、肌で感じる。

 つまり、悠長に感傷に耽る時間など、ない。


「…………ったく」


 疾は苦笑いを浮かべて、予め用意していたそれを部屋の中心に放り投げた。素早く部屋から離脱した疾は、駆け足で廊下を進んでいく。要所要所に魔道具を放り込みつつ、背後から閃光が広がるのを影の動きで確認して肩をすくめる。


「高く付くな、この趣味」


 身も蓋も無い台詞で自分の馬鹿な行動を評価しながら、ついでにたった今丸投げした相手の反応を想像しながら、疾は地階を踏破し、一転して上階へと駆け上がっていった。





「よ。忙しそうだな、1級魔法士さん」

「貴様……ッ!?」


 最上階に辿り着いた疾は、認識阻害の魔道具を活用しながら駆け回る魔法士達をすり抜け、総指揮を執る魔法士に声を掛けた。途端、周囲を飛び交っていた通信魔術がぴたりと止む。


「便利で良いよなあ」


 くつくつと笑いながら、疾は魔道具をオフにする。途端、焼け付くような敵意が浴びせられた。今にも拘束魔術が疾目掛けて解き放たれそうだ。


「通信機がなくても味方との意思疎通が出来る魔術……いや、魔法か。流石は魔力にものを言わせて奇跡を引き起こす力業軍団だな。雑極まりない魔術構築を魔力でごり押すその図太さは、いっそ大したモンだ」


 敢えて軽々しく響くよう、ぱちぱちと手を叩いてみせる。顔を歪めて不快を顕わにする連中に見せつけるようにポケットに手を突っ込み、通信妨害用の魔道具を取り出す。


 空を切る音が響いた。


「おっと」


 風属性の魔術をひらりと避けた。相手も予測済みだったのだろう、疾が避ける位置まで計算して放たれたそれは、狙い過たず疾が握る魔道具を破壊した。

 魔石に残っていた魔力が暴発し、疾の左腕を吹き飛ばす──前に、疾は予め待機させていた魔術で魔力を相殺する。


「お見事お見事。魔力回路の敷き詰められた魔力の塊を魔法で吹っ飛ばすなんて、野蛮なもんだ。てめえら全員、協会なんて名乗ってないで、マフィアらしく「ファミリー」とか名乗った方がマシなんじゃねえの」

「貴様──」


 安い挑発にいとも容易く殺気立つ連中を見回し、疾はにっこりと笑って見せた。張り詰めに張り詰めた緊張の糸を、一言で断ち切る。


「ま、そんなんだからてめえら、分館担当(・・・・)なんだよなあ?」


「なっ!?」

「貴様何故それを……!?」

「ははっ!」


 あっさりと引っかかった馬鹿共に、堪えきれず失笑を零す。魔道具を破壊したからと完全に油断しきっている連中に向けて、高々と魔石を投げつけた。


「情報提供、感謝するぜ」


 閃光と騒音が屋内を掻き回す。混乱に乗じて駆けだした疾だが、数歩進んだ時点で危機感を覚え、横っ飛びに回避した。

 咄嗟に物理障壁を張る事に成功したらしい総指揮が放ってきた魔法が、先程まで疾がいた場所を床ごと大きく破損する。魔法で連携を立て直したらしく、目と耳を潰された魔法士達が、魔法の残滓目掛けて一斉に魔法を放つ。


「ばぁか」


 楽しげに呟いた疾は、魔法の着弾に合わせて右手の引き金を引いた。

 浮かび上がった魔法陣が、盛大にぶちまけられた魔法の残滓でしかない魔力で発動する。


 床が、消えた。


 ごっそりと、周囲半径50メートルに及ぶ巨大な落とし穴に、おまけとばかりに上空から空気の槌を叩き落とす。悲鳴を上げる間もなく落ちていった魔法士達に思わず笑い声を漏らしながら、疾は障壁を蹴って執務室の机へと飛び乗った。


「やっぱここだよな」


 独りごちながら、疾は机に刻まれた陣を観察する。指定された座標を──この研究所の本部の場所を割り出し、自分で編み上げた転移魔術で移動した。



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