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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
7章 『魔法士の天敵』
129/232

129 褒美

「おーい、起きたかー?」

「死ね」


 覗き込むようにして様子を伺ってくる冥官に、疾は目を覚ましざまに銃を発砲した。


「危ないじゃないか」


 当然ながら、片手で軽く払う程度でいなした冥官をぎっと睨み付け、疾は吐き捨てる。


「毎度毎度、訓練と称して命を危機に晒す気狂い野郎への八つ当たりだ」

「堂々と八つ当たりを公言するというのも、なかなか斬新だな」


 苦笑を浮かべて肩をすくめた冥官を見て、疾は苛立ちを溜息で押し出した。八つ当たりでもしていなければやっていられないが、それはそうとして結果の受け入れと状況把握はしておくべきだろう。視線を向けると、冥官がにこりと笑った。


「怪我は治療済み。異能も今回はほどほどで止まれたみたいだな。魔力はほぼ枯渇していたから、適当に回復を促す薬を飲ませてみたんだが、どうだ?」

「……問題ない」

「まあ、獄卒3体相手にした割には傷も浅かったし、上出来じゃないか」

「あっそ」


 ソファから上体を起こしながら吐き捨て、疾は深々と溜息をついた。


 結局あの後、2体の獄卒相手に連携を崩してなんとか隙をつこうとしていた疾は、更に現れた3体目に対応しきれずに崖から投げ落とされて訓練終了となった。熱気だけで人体を燃やし尽くせる溶岩の海に向けて落下しながら、結界の魔道具にあらん限りの魔力を注ぎ込んで全身熱傷で済んだのは、我ながら賞賛ものだと思う。……まあ、どのみち致命傷なのだが。


 前回と同様、執務室に運び込んで治療したらしい冥官は、疾の反応を見て首を傾げる。


「素直じゃないな。褒めているんだから、少しは嬉しそうな顔をすれば良いだろうに」

「死にかけた矢先に、殺しかけた張本人の言葉に浮かれるほどお人好しじゃねえ」


 睨み付けても笑顔のまま平然としている冥官相手にむきになっても時間と体力の無駄遣いだ。短い間に2回も人事不省レベルに消耗したばかりでもあるわけだし、と疾は苛立ちを呼気に混ぜて吐きだした。


「じゃあ、折角だからご褒美を上げよう」

「っ!」


 が、唐突な申し出を聞いた途端、疾は一気に意識を切り替えた。跳ね上がるようにして冥官から距離を取り、身構える。


「……本当に信頼がないというか、褒美と言っているのにその反応はどうなんだ?」

「前回何しでかしたか言ってみろ」


 瀕死の重傷から回復しきらないうちに、精神が崩壊しても何らおかしくない情報量を問答無用で流し込まれた所行を忘れるほど、疾はお人好しではない。据わった目で睨み付けるも、冥官は不思議そうに首を傾げただけだった。


「別に、疾なら問題ないと思ったから与えたんだけどな。実際、今も知識に飲まれている様子もないし」

「そういう問題じゃねえ」

「そうか? まあ良いじゃないか。優秀な部下を得られて、俺としては嬉しい限りだぞ」

「…………」


 頼むから意思疎通をとってほしい。人外相手に虚しくも切実な願いを抱きながら、疾はこめかみを押さえて溜息をつく。


「……で。あんた曰くの「褒美」ってなんだ。内容次第では拒否させてもらうぞ」

「拒否はしないと思うぞ」


 にこりと笑った冥官が、こつりと靴を鳴らした。

 途端、2人を取り巻く世界が白一色に塗りつぶされる。


「……おい。まさかと思うが、更に訓練するとか言い出す気か」

「いくら何でも、そろそろ回復の時間を取らないと無茶が過ぎるぞ?」


 苦笑を滲ませ──その反応は納得がいかない──、冥官は軽く右手を掲げた。


「この空間に繋げる権限を、一度だけ与えてやる」

「!」


 目を見開く疾に、冥官はにこりと笑う。


「悪くないだろう?」

「……っは」


 どういうつもりでこの褒美を与えたのかは分からない。どうせ、人智を越えたこの御仁の企みは疾の想像を軽く超えてくる。

 ただ、1つだけはっきりしているのは──この権限は、褒美としての価値がある。

 権限を持つ者以外、誰も出入り出来ない空間。切り札としては十二分に威力を発揮する。


「今後も俺が認めるだけの働きをしたら、権限が得られるかもしれないぞ」

「そりゃ期待しておこう」


 にっと笑う疾ににこりと笑い返し、冥官が掲げていた右手を疾に翳す。力の波が疾の身体を撫でる独特の感触を耐え、疾はもう一度笑った。


「一応確認するが。──いつでも、どこでも、一度は一度だぜ?」

「勿論だ」


 鷹揚に頷いた冥官は、ひらりと手を振る。


「だが、まずはきちんと休息を取れよ。自覚は無さそうだけど、かなり消耗しているから」

「自覚あるわボケ」


 悪態を返した疾は、ふっと落ちていく感覚にたたらを踏んだ。瞬き1つで、自室にいることを自覚する。


「……くくっ」


 込み上げる笑いを噛み殺し、疾はひとまず端末に手を伸ばした。規定の40時間ぎりぎり間に合ったことを確認しながら、疾は会心の笑みを浮かべる。



「──んじゃ、遠慮無く暴れてやるさ」



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