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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
7章 『魔法士の天敵』
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『最近テロのニュース見る度、世間様に頭下げそうになるんだけど』

「捕まりたきゃ好きにしろよ」


 開口一番のやり取りに、楓は深々と溜息をついた。その様を頬杖付いて眺めながら、疾は内心ぼやく。


(だから、なんで接触が続くんだか……)


 楓の言う通り、自分がしでかしていることが法外であることも、一つ計算違いが起これば罪のない一般人を大量殺戮を引き起こす策を繰り返していることも、疾は十二分に自覚している。極めつけにその結果引き起こしているのが、世界を跨ぐ異能集団との単身敵対行為だというのだから、我ながら無茶苦茶なことをしているという自覚ももちろんある。

 その為、敵対行為を本格化させた時点で、家族との接触は断つ気でいた。父親との魔法戦闘訓練は何度か行ったが、そちらも今は中断している。家に帰る気もないし、課されている1日1度の定期連絡以外は極力繋がりを薄めておく気でいた……の、だが。


『何が悲しくて馬鹿兄さんのために逮捕の上、犯人自白の為に人相悪いおっさん達の尋問を受けるってのさ、私は無関係!』

「身内ってだけで関係者扱いされるのが世の常だな」

『……何故私は兄さんの妹として産まれたのでしょーか』

「両親に聞け」


 何故と言いたいのはこっちだ、という言葉を胸の内に押し込んで、疾はしょうもない雑談に応じていた。


「で、何の用だ。雑談だけならそろそろ切るぞ」

『いやぶっちゃけ雑談だけなんだけどさ』

「切るぞ」

『その雑談がてらで父さん母さんからの伝言が混ざります』

「伝言だけ言え」

『雑談混じりで伝えろって言われたんですー』

(やっぱりか……)


 大方の予想通り、両親の差し金らしい。現状の危うい立場を理解していないわけではないだろうに、彼らはどうにも自分との繋がりに強い拘りを持っている気がする。


『というか、あれは確実に「最近息子に舐められてる気がするからちょっと親の面子を取り戻したい」的な奴だと思うんだけど。兄さん何したし』

「別に舐めちゃないけどな」


 反論しつつも、疾はその意味を正確に理解した。ここ最近の距離の取りようと訓練を自己中断しているところ、後ついでに通院がひどくあいた事から、過信を疑われているのだろう。


(……大体、あの野郎のせいじゃねえか)


 ただでさえ魔法士協会と敵対している上に、理を超えた人外に人外基準の訓練や任務を課された結果、現時点での疾の時間配分的に「親に頼る」を削りたくなるのは道理だと思うのだが、まあその辺りも含めて低く見られていると伝わったわけだ。実際のところ、冥官という超越者のせいで疾の感覚も大概狂ってきているのは自覚している。


『ふーん、まあいいや。ところで兄さん、妹から相談が一つ』

「だから伝言先に言えよ……」

『言ったら切るじゃん。兄さんがいなくなってからのバカンス中のエスコート役、最近利害の一致で好条件イケメンがこなしてるんだけどさ』

「はあ」

『その男が割と救いがたい変態なんだけど、あれどーすればいいの』


 その台詞にとある少女が過ぎった疾を、誰が責められるだろうか。


「縁切れよ」

『うーん……いや、エスコートとしては便利なんだって。そつなくこなすし距離感間違えないから適度な嫉妬で済んでるし、変な勘違いしないで割り切ってるし』

「都合は良いのな」

『そう、滅茶苦茶都合が良い』


 さらっとそういう事を言える時点で自分の妹だなと疾は思うわけだが、口にしたところで誰も幸せにならないので黙っておく。どうでもいいというのが大きいが。


『けど、こう……やばいほど変態なんだよ』

「具体的には聞かせなくて良いぞ」

『毎日下着の色聞いてくる』

「服剥いてその辺の路地裏捨てとけ」


 割とガチの変態だった。


『しかも人の服装とか体格とか歩き方で、結構な精度で当てにかかるんだよね』

「なんで縁切ってないんだよ」


 確かにやばいほど変態だった。素朴な疾の疑問に、楓は困ったように首を傾げる。


『……やっぱそうなるかー』

「寧ろそうならないお前も変態かと疑い中」

『ひどい侮辱! 流石に毎回推測に走ろうとした瞬間に強制的に黙らせてるわよ!』


 顔中引き攣らせて反論する楓に、疾はやや引きかけていた身を起こし、改めて頬杖を付いた。


「で? 縁を切らない理由は?」

『なんか最近、どこの美形も碌でもないやつしかいなくて、もう誰でも同じなんじゃないかと思えてきた』

「お前面食いだっけ」

『そう見える?』

「美形以外をエスコート相手に選ぶ気がないみたいだからな」

『元々のエスコート役が兄さんなのが悪いんですー。下手な男選ぶとそれだけで笑いネタにされるんだってば。そもそも、地味女が地味男と組んでると舐められるし。社交界なんて舐められたら負けじゃん』

「へえ」


 意外な気分で疾は楓を見やる。疾がいる間は「日本人の童顔を活かしてにこにこ笑ってお子様演じろ作戦」で全て切り抜けていた妹が、ここまで積極的に社交界を泳いでいるとは予想外だ。


『何その顔。兄さんが全部中途半端なままポイ捨てした人間関係とかコネとかをなんとか繋ぎ合わせて発展させてる妹に、もうちょい感謝の気持ちはないのか、はくじょうものー』

「別にそっちのコネとかもうどーでも良いしな……ま、父さんの役には立ってるだろ」

『……はくじょうものー』

「今更」


 僅かに拗ねたような表情を滲ませたのは本心だろう。どうやら妹なりに疾へ気を使っていたらしい。らしくもないことをするとは……と思考を巡らせて、さっさと結論を出す。


「言っとくけど、その辺の困った美形連中とやらをどうにかしてやる計画は今も今後も全くないからな。対価としてもつりあわん」

『くっ、兄の情が感じられない……!』

「寧ろ、なんで俺が変態の相手をすると思った」


 容姿のせいで変態が湧きやすかった為、フランスにいた頃から疾の対応は一貫している。その手のあしらいは公権力に丸投げにするか、さりげなく拒絶し痺れを切らした相手が力に訴えた際に力で潰すかの二択だ。自分を狙った相手でもそうなのに、何故妹の周りに湧いた変態の相手をしてやるなどという希望的観測をしたのか。


『はいはい、兄さんにその辺を期待した私が馬鹿でしたよーだ』

「実際その通りだと思うぞ」

『ぐさっと……あ、父さんが「魔術回路の基盤部分を意識しろ」ってさ。魔術オタクたちめ』

「俺程度のレベルで魔術「オタク」にはならないから。必要十分しか触れてないしな」


 魔術の才能がない分だけ理論に頼ってはいるが、好きこのんで魔術を新たに作りだそうとか、そういう方面の興味関心は薄い。魔力があり余ってるのに魔法陣を新規構築して低コスト馬鹿火力の魔術を量産しているどこぞの魔法士幹部のような人外を「魔術オタク」と呼ぶのだと、今なら自信を持って断言出来る疾である。


『父さんは?』

「あのレベルまで行けばオタク扱いでいいんだろうけど……どっちかというと鬼才だよな」


 魔力が少なくて十分な魔術運用ができないからと言って、他者を発狂させる魔術理論を構築してしまった父親は、ノワールとはまた別の世界の人間だと思う。


『それって……マッドサイエンティスト的な……』

「ああ、しっくりくるなそれ」


 楓の表現に納得して疾が頷くと、楓は自分で言っておいて遠くを見る目になった。


『身内が非常識だらけ……』

「……何を今更」


 本当に今更である。母親が非常識の権化であるせいで薄まっているだけで、父親も相当なものであるのは、日本から来て数年の自分たちが社交界で下に見られていない時点で明らかだ。疾も今現在、いろいろやらかしている。


『いやそう言うけど、兄さんだって私の立場なら愚痴くらい言いたくなるから! 平凡を額に入れて飾ったみたいな私が身内なのが自分で不思議になっちゃうの切ないから!』

「……そうか」


 少なくとも、楓も非凡な面はいくらかある。自覚していないだけだ。


(異能持ちを平凡とは言わないからな、諦めろ)


「で、親父の伝言だけど、ほかに何か言ってなかったか」

『あ、そう聞かれたら「魔術は使いわけろ、異能にも反映できる」って言ってってさ』

「……なるほどな」


 鬼才は伊達じゃないと、疾は薄く笑みを浮かべた。自分のぶつかっている壁くらいお見通しだったらしい。これはかなりありがたい助言だ。


『何言ってるかわたしにはさっぱりだけど、伝わったからよし。ていうかその顔めっちゃ悪そー』

「良い人やってるわけじゃないからな」

『かつての王子様がもはや跡形もない……』

「お望みなら今すぐそっちで応対してやるけど?」


 にこりと笑ってやると、楓が大変微妙な表情で視線を逸らした。


『……やっぱり良いや。中身知ってると世の中信じられない気持ちになってくる』

「世の中なんて信じるもんじゃないと思うけど」

『お陰様で私の中の最残念美形は兄さんよ!!!』

「変態より残念とは、ひどい言われようだな」


 少なくとも変質者よりは害がないだろうに。疾が被害を出しているのはごく一部だ。


『敵にならなきゃ安心……も出来ないテロリストは割とタチが悪いと思うんです』

「そりゃどーも」

『今のはお礼言うところじゃないから! あ、母さんが「ちょっと最近お手軽クラッキングに成功したからしばらく情報管理は安心して良い、ついでに道作っておいたから通り方送っておく」だって。お礼は練り切りが良いって言ってたけど、知ってる?』

「……知ってる。甘味」

『お、私も一口もらおうっと』


 雑談の合間にぶっこむ情報ではないと疾は思うのだが、楓はもはや全て無関係扱い(スルー)で行く気らしい。


(まあそれで済むなら、それが一番だけどな)


 疾とて、楓が巻き込まれるのは本意ではないので、都合がいいと言えば良いのだが。万一の時にきちんと逃げきれるのか、少し不安はある。


(まあそこは「任せろ」、ってことなんだろうが)


 だからこそ今回、このような形で伝言を残したのだろう。が、疾もこの会話に長々と応じたのは目的があってのことだ。


『それで? 兄さんは学校で王子様モードからの敵は先制攻撃でぶっつぶせモードからの、次は何モードなの? 俺に関わったら死ぬぞ的中二病モード?』

「何だそれ……まあ実際下手すりゃ死ぬと思うけど。あんま変わってないぞ、敵対は最低源にしてるから専守防衛モードか?」

『うわお、これほど物騒な専守防衛があっていいのかな』


 揶揄交じりに楓が言ったその時、がたんと大きな音を立て、通信に利用していた端末が揺れた。


『あれ? なんか画面ブレた? 回線悪い?』


 瞬きをして問いかけてくる楓には答えず、疾はおもむろに笑みを浮かべて顔を上げた。


『……あの、なんかすっごくやな予感がするので、離脱したいのですが』

「あと1分待ったほうが得策だな」

『当たり前のように巻き込まないでくれるかな!?』

「とりあえず声出すな。通信だけ残しとけ」

『……』


 わあわあと騒がしい声がピタリとやむ。無駄口を一切叩かずに応じる反応の良さに、疾は少し認識を改めた。


(ただ守られているわけじゃない、か)


 そういう気性ではないとは分かっていたが、だからといって戦闘には手出ししない、分を弁えたスタンスが好ましい。

 小さく笑みを零した疾は軽く息を吸い込んで、床に手の平を叩きつけた。


「──さて。余計な真似しやがる馬鹿は、どこのどいつだ?」


 常になく意思を込めて威嚇すると、相手の空気が揺れる。舐め切られていたのだろうが、伊達に修羅場は潜っていない。


「人さまのプライベートに足を踏みいれようなんて無粋な輩は──」


 高らかに響かせる、フィンガースナップ。


「──ロクな目に合わねえよ?」


 バチン、と弾ける音がして。


「……ぐ、がぁあああああ!?」

「はん」


 悲鳴を鼻で笑い、疾は立ち上がった。通信を残したまま向こう側の画像を非表示にしておく。


(ま、予想の範疇だ)


 そろそろ、こちらの弱みを探ってくるのは見え透いている。敢えて長話に応じて、特別な存在なのではと思わせるのも計算内。楓が雑談を持ち込んできたのは両親の気遣いだろうが、生憎と疾はそれに甘んじる気はない。


(そっちこそ、舐めるな)


 一人前と言いながら、庇護対象として見てくれる情は、ありがたくもあるけれど。もう、それに甘んじていられる段階ではない。「親」が背負えるレベルを超えて、疾はやらかしている。ここからはもう本当に、疾個人の戦いでしかないのだ。


(参戦したければ、すれば良い。けど、横取りは認めない)


 自分で定めた敵を、両親にすら譲らぬ傲慢すらも己の武器だ。

 故に。ここから先生じる結果は、全て疾一人の責任。


「さあて、と」


 軽く拳を鳴らして、疾はベランダでのたうちまわるローブ姿の男を振り返った。


「ホイホイと罠にはまりにきたおバカさんは、どの程度俺の遊び相手になれるんだろうな?」


 最初に身辺を探ってきた哀れな羊は、羊らしく生贄としてしっかり恐怖を植え付けさせていただこう。

 依頼における自身の不利益とはまた違う、明確な敵対認定の基準を、奴らに示そう。あからさまに地雷とすることで、それこそが疾の戦う理由であると、わからなくするために。


 にっこりと笑みを浮かべて、疾は銃を構えた。


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