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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
7章 『魔法士の天敵』
125/232

125 翻弄

「まあ……順調か?」

 机とベッドしかない殺風景な部屋で、ノート型の端末を操作していた疾はのんびりと呟く。


 散発的に魔法士協会が関わっている人体研究を行う研究所を襲撃し、その場にいる魔法士を片端から潰していくという問答無用のテロ行為だが、今の所は疾の圧勝である。

 前回は建物全体の破壊を主にして、疾個人の戦闘は最低限に抑えていたが、今回は寧ろ身一つで蹂躙することを優先していた。多岐にわたるこちらの手数を警戒させる為と──異能を用いて、彼らにトラウマを植え付ける為に。


 何度も何度も挑んでくるしつこい魔術師対策はかねがね考えていたが、今回の件に際して思い付きを試してみたのだ。──トラウマになれば二度と挑んでこないのでは、と。


 という訳で、今回は殊更相手の心を折る方向で攻め入ってみたのだが……プライドの高い連中ほど、折れる時はぼっきり行くようで、あっという間に疾は協会に弓引く無謀ものというだけでなく、仕掛けられると被害甚大な敵として認識されたようだ。


(さて、そろそろ上級以上の魔法士が出張ってきそうだな……)


 疾が今回ターゲットにしたのは、末端も末端の組織。魔法士中級が仕切る程度の施設ばかりを重点的に攻めた。魔術師でも上位の者なら攻め入る事は出来る程度の、脅威とはみなされない場で、その分心構えの薄い魔法士を順番にへし折っていった訳だが……末端が刈り取られれば組織にはそれなりに不具合が出てくる。そろそろ放っておけないと上が判断する時期だろう。


 だからこその備えを同時並行で行っていた疾は、のんびりとクローゼットを開けて上着を羽織り、台所へ向かった。


 備え付けの冷蔵庫から適当に取り出した品物を、適当に選んだペットボトルに詰め、業務用レンジに放り込んで操作する。視線を窓に向け、軽く指を振って魔術を展開した。レンジのスイッチを押し、そのまま身をかがめて音を立てないよう床を転がり移動する。


 硝子に皹が入るような音。


 魔術障壁を力尽くでぶち壊そうとする侵入者に薄く笑み、疾は足元に展開した魔法陣で姿を消しつつ結界を張る。


 ガラスが砕け散る音が、二度。


 障壁と部屋の窓がほぼ同時に破壊される。魔術の反動に軽く息を詰めながらも、疾は横目で台所を確認して笑みを深めた。


「──逃げたか?」


 低い声が惑うように揺れる。聞き覚えのない声の主に続き、靴音が近付いてくる。誰も居ないことに戸惑っていた足音が、レンジの駆動音に気付いて一度止まった。


「……ふん。襲撃に泡を食って逃げたってところだな」


 鼻で笑いながら、迂闊な魔法士が台所に足を踏み込んだところで──タイムアップ。


 粘性の高い液体を詰め込みレンジに放り込んでおいたペットボトルが、突沸の勢いのまま爆発する。丁度目の前に立っていた魔法士は、予期せぬ暴発に咄嗟に身構えはしたものの、もろにその爆発を浴びた。


「ぐぁっ!?」

「……っく」


 余りにもこちらの注文通りに引っかかった魔法士に、疾は堪えきれず吹き出す。


(いやマジで、ガキの頃の悪戯が役立つとは思わなかったぜ)


 かつて台所を台無しにした悪ふざけだが、魔法の知識ばかりを蓄積した魔法士にとって、科学は縁遠い代物。小学生時代の悪戯であってもモロに引っかかってしまうらしい。笑える。

 とはいえ悪戯に引っかかった方はとても笑える状況ではないだろう。沸点を超えた液体を真正面から浴びれば、火傷は避けられない。酷い状態になった顔に込み上げる笑いをなんとか押さえ込み、疾は魔術を解除して姿を現した。


「招かれざる客人にしちゃあ、なかなかパフォーマンス精神に満ちてるな」

「っ! 貴様……」

「つーか、姿隠しにも気付かねえって恥ずかしくないか? 魔術師の上位職ドノ」


 口端を片方だけ持ち上げて言ってやれば、分かりやすい挑発に魔法士は顔を歪めた。治癒魔法を使いながら相対する魔法士に、疾は心持ち顎を持ち上げて言い放つ。


「で? 人様の家に窓から侵入するとは、随分と柄の悪い客人だが。一体全体この俺に、何の用だ?」

「心当たりはないと?」

「ねえな」


 しれっと言ってのければ、魔法士が束の間沈黙した。胡乱げな目を向けてくる魔法士を言葉で翻弄しながら、準備していた魔法陣を徐々に展開していく。


「あれだけ無謀な喧嘩を仕掛けておいてか」

「無謀な喧嘩? はっ」


 鼻で笑って、疾はすいと左手を横に伸ばす。釣られて視線を流した魔法士に見せつけるようにして、部屋中に敷き詰めた魔法陣を輝かせた。


「無謀の単語を正しく理解してから出直してこいよ」


 魔道具、起動。

 転移で部屋の外へ脱出すると同時、魔法陣が起動し部屋中に炸裂する。


(さて、これでどーにかなるタマじゃ……ねえよな)


 空中に障壁を展開して佇む疾は、魔術を障壁で防ぎきった魔法士が飛び出してくるのを、笑みを浮かべて迎え撃つ。傷は治したらしいが、味噌汁も含めた諸々を浴びたローブはそのままで、地味に笑いを誘う姿になっている。


「よお、楽しい姿だな」

「ガキが……!」


 すっかりいきり立つ魔法士の目が、赤々とぎらついている。吐き捨てた勢いのままに放たれた魔法は、中級レベルながら込められた魔力は上級クラス。疾が即時展開できる障壁程度では、数秒防げれば良い方だ。

 まあ、数秒あればどうにでもなるが──魔力の浪費でしかない。


「はっ」


 軽く笑って、疾は足場にしていた障壁を解除した。重力に従い落下した疾の頭上を魔法が通過する。


「くそっ」

「追尾機能くらい付けろよ、アホ」


 悪態をついた魔法士に、未だ落下したままの疾が煽る。釣られたように連続で放たれた魔法は、疾の注文通り追尾機能付き。

 にんまりと笑って見せ、疾は障壁を展開。緩衝を付加した足場で落下の勢いを散らし、低く沈んだ体勢から膝をバネにして一気に踏み込んだ。身体強化を発動した疾の姿が、ぶれる。


「何ッ!?」


 魔法と擦れ違うようにして疾が飛び込む先は、魔法士の懐。驚愕の声を上げた時には、疾は既に魔法士を通り過ぎ、背後に回っていた──魔法が着弾する、その直前に。


 意図は明確、結果は自明。


「がぁあああ!!」

「ばぁか」


 自ら生みだした炎に包まれ悲鳴を上げる魔法士へ簡潔に言葉を贈り、疾は軽く指を鳴らした。下準備を整え、魔法士が魔法を打ち消すのを見守る。


「この……ガキが……!」

「そのガキ1人にさんざ翻弄されてる間抜けはてめえだろ?」


 障壁に足をかけて鼻で笑う疾に、魔法士は火傷もそのままに連続で魔法を放ってくる。やたらと魔力のこめられたそれらは、ただただ疾を傷付けることに特化した攻撃魔法。

 にぃと笑みを深め、疾は悠然と右手を掲げた。左手は別の魔法陣を描きつつ、掲げた掌の先に障壁を展開する。


「その程度で──!?」


 障壁を見て失笑した魔法士が、次の瞬間表情を凍り付かせた。


「さて、問題です」


 おどけた口調で言う疾は、障壁の手前で停止した魔法に準備しておいた魔法陣を潜らせ、心底楽しげな声で告げた。


「攻撃特化の火属性魔法を反転増幅させると、どうなるでしょう?」


 炎が、膨れあがる。

 魔法陣に飲み込まれ、その威力を何倍にも増幅された魔法が、大気を震わせた。


「一体、何を……っ」

「正解は」


 理解が追いつかず混乱する魔法士を尻目に、疾は銃を構え、締めくくる。


「──魔法の制御もままならない持ち主に牙を剥き、自滅しやがれ」


 発砲音。


 空間を燃やすようにして魔法士を飲み込んだ炎は、悲鳴すら轟音の中に飲み込んでいった。


「……ほんっと、単純で幸せだな」


 注文通りに自滅していった魔法士をそう評して、疾は完成させた転移魔術を発動した。



***



 似たり寄ったりな襲撃を、その日の気分次第で撃退方法を変えながら撃退すること、片手の指で数え切れなくなった頃。

 疾への襲撃は、ふつりとやんだ。


(単純すぎ)


 台湾の夜市をふらつきながら、疾は軽く欠伸を漏らす。


 アジア圏と、東洋人が比較的多く住む欧米を適当にピックアップして用意した仮住まいを、適当に情報漏洩させて魔法士をおびき寄せる。日本も数都府県に部屋を用意しておいたが、こちらは逆に警戒されたのか、海外でばかり襲撃されたが、まあどのみちやる事には変わりがない。

 段階を追って相手を罠に嵌め、何をしても攻撃が通じないと思わせるような反撃ばかりを繰り返す。最後は死を意識させる範囲攻撃に飲み込み、その隙に逃げ出す。

 自分で計画を立てておいてなんだが、ワンパターンすぎて少しは疑わないのだろうか。全員がおそらく生死の境を彷徨わないギリギリラインで回収されているだろう事を含め、疾の目的は「手を出したら心を折る」と恐れさせる一択なのだから、逆に命の危険を感じなくなりそうなものなのだが。


(まー別に、どーでもいーけど)


 目に入った焼き餃子を代金と引き替えに受けとりながら、疾はぼんやりとここ最近の動きを振り返る。魔法陣の構築速度を逆算して相手に仕掛けていく作戦は割と上手くいったが、それにしても相変わらず魔術の構築速度が上がらない。連続展開する魔法士達の方が、魔法単独の技量は上なのだから地味に情けない話である。

 魔力回路の整備に意識を向けて早1ヶ月。体内の魔力回路の掌握はかなり精度を上げてきているし魔道具も同様の技術で性能を上げているのだが、魔術だけは今ひとつなのはどういう原因なのか。


(壊す方はコツが掴めてきたんだがな……)


 襲撃でもそれなりに異能を使ってきたので、不本意ながら扱いが上達している自覚はある。魔法陣を認識した上で、どう力を作用させれば魔法陣を破壊できるのか。何となく力を注ぎ込んでいた以前よりも、確実に狙い定めて破壊できるようになっている。結果的に異能の浪費防止に繋がっているので良いのだが、魔術も同じ位の成長をしたいと思ってしまう疾である。


 餃子を食べ終え、牡蠣の入った卵焼きを買い求める。焼きたてのそれを食べながら、視線を滑らせて目的の人物を見つけ出す。


「よく食うな、若者」

「腹が減っては戦は出来ぬ。日本のことわざだな」


 疾の確保した席と背中合わせに座る男と軽口を叩き合う。台湾語は然程慣れていないが、一応会話としては通用するようだ。男が僅かに振り返る気配がした。


「日本人が外国語を覚えているのは珍しい」

「島国は閉鎖的で、会話する機会が少ないからな。慣れだこんなもん」

「慣れる機会が無いのに慣れてるお前が変だという意味だよ。まあいい、ご注文の品だ」


 ポケットに固いものが滑りこむ。箸を置き、時計を確認する振りをしながら反対の手でポケットの中のものを素早く確認した。案の定の結果に笑い出しそうになりながら、疾は目の前のコップに手を伸ばす。


「確かに受けとった」

「じゃ、もらうもんもらうぞ」

「もらうもの? 俺の命か?」


 一瞬の間。


「──勘は良いようだが、逃げる隙は与えないぞ」


 殺気が溢れるのと、疾を取り囲むように黒い煙が噴き上がるのは同時。悲鳴があちらこちらから散発し、やがて大きなうねりとなって混乱へと繋がっていく。


「のんびり飯を食う余裕が墓穴を掘ったな」

「てめえのか?」


 嘲笑を浮かべていた相手の動きが止まった。気配と魔力回路のみで追っていた姿を真っ直ぐ見据え、疾は指を鳴らす。

 煙が掻き消えた。周囲は人影ひとつなく、多く立ち並んでいた出店や周囲のテーブルは軒並み皿がひっくり返り、食べ物が散乱し、ひどい有様だ。


(あーあ、勿体ない)


 買い求めたものがどれも美味だったせいで少し思考にノイズが混ざる。が、直ぐに相手のひっくり返った声に焦点が合った。


「馬鹿な!? お前に渡したあれは──」

「闇属性が手ずから仕上げた呪詛まみれの魔道具、ってか?」


 ポケットから取り出した魔石を軽くお手玉する。回路のみを破壊した魔石は、闇属性の魔力がこれでもかと篭められている。殺せば回収出来ると思ったのだろうが、かなりの高級品を敵に明け渡したものだ。


「素敵な贈り物をありがとうよ」


 笑って告げる。これだけの活動を繰り返し、魔道具を多用するからには外部からの入手が不可欠だと読み取り、闇ルートで売りつけると見せかけて暗殺を謀るのは結構だが、情報収集がお粗末すぎる。こちとら10代、魔道具をばらまく勢いで使用出来るほどの資産などあるわけがなかろう。


(いやまあ……お袋のへそくり、ちょろまかしてるなら別だけども)


 一度うっかり見た母親個人の資産はだいぶ桁がおかしかったが、波瀬家は一般家庭レベルの小遣い制だし、1人暮らしの今も必要最低限の生活費しか受けとっていない──これもそろそろ断ろうかと思っている──疾には、何ら恩恵がないのだし。盗みを企てる気は端から無い、あらゆる意味で自滅行為でしかない。


 そんな疾の懐事情は置いておくとして。暗殺だというならせめて、もう少し地味な方法を取れば良いものを。明日のニューストップを飾りそうな大混乱ぶりはどう処理するのだろう。こちらのせいにでもする気か、はた迷惑な。


 ここ最近しでかしたアレコレを盛大に棚の上にぶん投げてつらつらと思考を遊ばせている疾だが、手元の魔石の魔力量にちょっと気分が高揚しているのは事実だろう。現在の手持ちの魔石全部ひっくるめたより更に多いとは驚かされる、どんな圧縮率だ。


「貴様、どうやって……!」

「敵に手札見せる馬鹿なんざいるかよ。つーわけで」


 にこりと笑って、疾はポケットから取り出す振りで銃を呼び出し、発砲。


「じゃな、間抜け」


 夜市が開催されていた地域全体に煙幕を張る。魔力のジャミング効果も編み込んだ「目隠し」は、指定範囲内の煙幕の密度が一定に固定される為、風で吹き飛ばそうにもすぐさま流れ込んでしまう優れものだ。纏めて吹き飛ばそうにもジャミングのせいで魔法構築が阻害されるという嫌がらせ機能付きのそれに魔法士が翻弄されている隙に、疾は身体強化魔術と遮音魔術を併用して素早く離脱し、魔術の効果範囲外で悠々と転移して姿を眩ませた。



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