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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
7章 『魔法士の天敵』
124/232

124 攪乱

 胡散臭い上に大層な横紙破りをしでかしてくれた医師だったが、診断は確からしい。

 提供された機械をベッドに設置しておくだけで、疾の体調不良は格段に減った。


「魔力の流れ……ねえ」


 魔術書を読み漁りながら、疾は軽く顔を顰める。魔力回路に対する感覚が常人より鋭い疾は、それを利用して通常より遥かに運用効率の良い魔道具を作成している。魔力の流れが整然としているほど魔道具の魔力回路は耐久性を増す。人間もまた同じであると、そういうことらしい。

 理解は出来るが、それだけで常時身に纏わり付いていた倦怠感が殆ど丸ごと流れ落ちるとは、流石に予想外だった。…………ということは、やっぱりあれも一因なわけで。


 うんざりと溜息をついてから、疾は魔術書をぱたんと閉じる。視線を魔力調整機器に投げ掛け、軽く肩をすくめた。

 医師には仕組みを調べないようにと制されたが、魔道具を知り、来日する前に大学レベルの知識を網羅させられている疾には、仕組みを理解する為のベースとなる知識は十分にある。勿論、この世界では再現不可能な部品を使っているし、この世界の法則次第では制限される可能性もあるが、方々に眠っている素材をかき集められる依頼屋という立場を利用すれば、個人での制作も期待出来る。……依頼費用を貯め込んで無属性魔石を確保するよりは、まだ手の及ぶ範囲だろう。


(……魔石、か)


 ふと耳元のピアスに触れる。この魔道具に用いられている琥珀もまた、魔石だ。魔道具用に父親が調整し、魔力回路を組み込まれたピアスの予備は、ない。疾自身に作る腕はあるし実際に同じ仕様のものを作成したのに、何故か効果を発揮しないのだ。

 仕方なく、考えつく限りの破損防止策は取っているが、機を見て問題点を解決しなければと思っている。


「ま、今じゃねえが」


 独りごちて、椅子から立ち上がった。足元の魔法陣を踏みしめ、中央に足を進めた。

 ゆっくりと息を吸い、吐き出す。意識を魔術から自身の内側に落とし込み、呼吸を整えていく。目を閉じたままゆっくりと顔を起こした疾は、口元に笑みを上せた。


「さて、と」


 魔法陣が眩いばかりの光を発する。瞼の裏を焼く光の中、疾は呼吸を意識したまま、言葉を発する。



「第二ラウンドといこうか、魔法士協会の野郎ども」



 おもむろに瞼が持ち上げられた先、琥珀の瞳が鈍く輝いた。




***




 耳に痛い程の轟音を立てて、ローブ姿の男が吹っ飛ぶ。


「この!」

「捕らえろ!」

「殺せ!」


 口々に叩き付けられる敵意を浴びながら、疾は指揮系統の混乱を声に出して嘲笑った。


「ははっ!」


 銃を発砲。魔力が供給された対侵入者トラップが発動し、疾を捕らえようと足を踏み出した魔法士を拘束した。倒れ込んだ身体に足を取られ、更に数名地面に転がる。


「くそっ」

「はっ、間抜け!」


 高らかに言い放ち、地面を蹴った。研究用だろう、薬品の瓶が乗った机を一度足場にし、靴裏に仕込んだ魔法陣で机を一瞬だけ重力から切り離し蹴り飛ばす。


「あぶばぁっ!?」

「おい! 硝酸じゃないか!!」


 もろに薬液を被ったらしい悲鳴を背に、疾は笑いを噛み殺して銃を発砲した。背後で構築されかかっていた魔法陣を視認すらせず銃弾で破壊すると、銃を一度ポケットに滑り込ませる。

 乱暴に蹴りあけた扉の先、構えていた魔法士は壁を天井を蹴って立体的に翻弄し、フレンドリーファイアを恐れて動けない馬鹿達の頭上を飛び越えた。振り返るより先、魔法陣に魔力を供給し、水流に飲み込んだ。


 階段に繋がる扉から飛び出し、手すりを蹴る。螺旋階段の手すりを飛び移るようにして下っていき、高度を計算して地面へと飛び降りた。逃げるついでに設置した爆弾を起動させ、疾の後を追っていた魔法士達を階段ごと墜落させる。

 下で待ち受けていた魔法士達が、味方の墜落に狼狽の声を上げた。疾を狙う魔法の照準がずれる。爆発系統の魔道具をこれでもかと降り注ぎ、慌てふためいて対応している隙に張られた結界をも足場にして駆け抜ける。


「このっ!」

「囲め!」


 ビルに挟まれ十字になった通路の分かれ道で、前後左右からローブ姿の魔法士達が飛び出てくる。既に待機状態の魔法を放とうとする彼らを一瞥して、疾は手を大きく横に振るった。

 カンッと乾いた音を立てて、金属物が地面に落ちる。その場にいる者達の視線が、つられて下がる。


「……くくっ」


 忍び笑いを漏らした疾は、思い切り足を踏み込んだ。足音に顔を上げ、先頭の魔法士が目を見開いたが──遅い。


「がっ!?」

「な、あぐっ!」

「ぐあっ!」


 悲鳴が幾重にも重なる。顎を打ち上げ、こめかみを痛打し、崩れ落ちた身体を魔法の壁にして技後硬直後の魔法士を投げ飛ばす。前方の包囲を正面から突破する疾を背後から挟撃せんと足を踏み出した魔法士達は、次の瞬間硬直した。


 同じく「それ」を目にしたのであろう、瞠目する魔法士に疾は笑みを浮かべて見せ──ポケットから引き出した魔力銃を早撃ちする。


 彼らの足元に浮かび上がった魔法陣に魔力が供給され、炎が渦となって彼らに襲いかかる。


「なっ──」

「消火を──」

「いや、逃げろ!」


 1人は気付いたらしいが、既に敷いておいた罠は発動していた。

 一度は注目しながらも、疾の特攻に存在を忘れていただろう魔道具が発動し、爆風と共に鉄片を撒き散らす。それら全て炎の渦に飲み込まれ、熱された鉄片が四方八方に弾け飛ぶ。


 悲鳴が幾重にも重なる。足音から三方向全ての追っ手を巻き込めたと判断した疾は、続いて棒立ちになった目の前の魔法士を思い切り蹴り上げる。


「がっ!?」


 仰け反って崩れ落ちる身体を胸ぐらを掴んで止め、その場で一回転した。取り囲んでいた魔法士達を巻き込みながら纏めて吹っ飛ばし、空間がぽっかりと空く。


「貴様……、誰を相手にしているのか分かっていないのか!」

「雑魚っつうのは、どいつもこいつも追い詰められると同じ台詞を吐くのな」


 嘲笑を浮かべてやると、彼らの奥で意味も無く指示を二転三転させていたその魔法士は、疾を憎々しげに睨んだ。


「ガキが……魔法士協会を敵に回したこと、生涯後悔するが良い」

「ぷっ……く、はははっ!」


 決め台詞のつもりなのか、恫喝するような声音でそんな事を言い出したから、疾はついその場で吹き出してしまった。腹を抱えるようにして笑い転げながら、指先で服裏に仕込んだ仕掛けを操作する。


「何がおかしい!」

「ははっ……これが笑わずにいられるかよ?」


 身を起こし、疾はゆるりと右手を持ち上げた。指先を向けて挑発的な笑みを口元に上せ、相手の睥睨を受け止める。左手はだらりと脱力する振りをして、袖口から引き出したピアノ線をたぐり寄せる。


「お前、自分の台詞をもう1回反芻してみろ? 「生涯」後悔するっつうことは、今この場で俺を殺しきる自信がねえってことだろ? 敵を前にして勝てません宣言とは、殊勝な魔法士もいたもんだなあ?」


 指に絡め取ったピアノ線を一瞬の魔力放出で切り取り、腰のベルトに素早く通す。先程操作しておいた機具と連結させながら、疾はわざとらしくひらつかせた右手と笑みで挑発を続ける。


「ま、その謙虚さは買いだがな。よもやよもや、魔術師の上位職でございと高らかに歌い上げてる連中が、有象無象よろしくたった1人に翻弄されて戦闘不能なんざ、魔術師連盟の連中が聞いたら大喜びだろうし? 今から準備しておけよ、「自分達は選ばれた才能の持ち主なんかじゃありませんでした」って謝罪の言葉と下げる頭をな」

「……口が過ぎたな、ガキ」


 足音と、声。爆風から免れたらしい魔法士達が、傷を治癒魔法で癒しながらゆっくりと近付いてくる。

 同時に、魔法陣が足元に浮かび上がる。拘束用の魔法陣と読み取った疾は、左手をポケットにつっこんで斜に構えて見せた。余裕の表れと取ったらしい魔法士が、憎々しげに睨みながらも粘ついた笑いを浮かべる。


「得意げに減らず口を叩いている間に、お前を捕らえる為の準備が整った。精々、敵対する相手を間違えた愚かさを我が身で思い知るが良い」

「へえ? どうやって?」


 ポケットの中の魔石に即席の魔法陣を刻みながら、疾が小馬鹿にするように唱える。と同時に、右手をフィンガースナップの形にして高く掲げて見せた。


「ふん。ブラフは見飽きた──」

「例えば。こんな風にか?」


 パチン。


 高らかに音が響いた時には、全ての仕込みが同時に効果を発揮する。


 地面を蹴った疾の身体が、宙高く放り投げられた。泡を食ったように発動しかけた拘束魔法は、先程の爆発で浴びた鉄片に仕込んであった魔法陣によって前方に吹っ飛んだ魔法士達の動きを封じる。


「なっ──」


 高々と放り出された疾を見上げて魔法を放とうとした魔法士の額にぶつかるようにして、即席の魔道具が発動する。空気密度を変化させる魔術が暴走し、衝撃波が魔法士達の身体を通り抜けていく。

 仕上げにと疾がポケットから引き出した銃で打ち込んだ魔力弾が雷となり、全員を感電させた。


「っと」


 ピアノ線を介してビルの屋上に引っかけた金具で自身を放り投げた疾は、浮遊魔術を発動した。地面に這いつくばる魔法士を足蹴にして着地する。呻き声が席巻する場で、1人楽しげに笑い声を響かせる。


「くくっ。無様だなあ?」

「きさ、ま……」

「てめえには、これだけの頭数を揃えても俺1人捕まえられなかったという汚点が残るわけだ。上層部どもがてめえをどう評価するか、見物だなあ?」


 全体の指揮をしていた魔法士の顔色が変わる。くつくつと笑いながら、疾はその男に歩み寄る。転がり呻く魔法士達を踏みつけながら近寄り、魔法士の顔を覗き込んだ。


「どうした? 今更、飼い主に切り捨てられる可能性を思い付いたのか? 遅すぎるだろ? てめえもこれまで散々部下のせいにして保身に走ったようだが、流石に総指揮が戦闘不能とあっちゃ、誤魔化せないよなあ」

「……」


 顔を青醒めさせ、落ち着き無く目を彷徨かせる魔法士を、がっと踏みつける。周囲の魔法士達が疾を睨み付けているのを確認してから、疾は敢えて大袈裟に声を張って見せた。


「まあ、安心しろよ? てめえはもう、何も心配しなくて良いぜ?」


 なにせ、と。

 極上の笑みを浮かべ、疾はこれまで殆ど使わなかったもう1つの武器──異能を、発動する。



「──てめえはもう、魔法士じゃなくなるからさ」



 バキン、と。

 その男の持つ魔法の才能を、砕いて壊した。



 ──その姿を目撃させられた魔法士達は、美しき襲撃者に、心の底から恐怖を刻みつけられた。



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