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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
6章 『鬼』と『冥府』
122/232

122 紹介

 区切りの30時間を6時間ほどオーバした結果、疾の予想に反して、心配が高じるとパニックになる母親ではなく、父親の方が面倒臭いことになっていた。


「だから、敵との交戦が長引いただけだって」

『朝までかかったのか? 人目はどうした』

「相手がご丁寧に人払いを張ってたからな。後半は魔道具でどうにか誤魔化したよ」

『…………』

「こういう事もあるし、俺としては、この30時間ってタイムリミット──」

『駄目だ』

「皆まで聞かずに即答かよ」


 とりつく島もない、とはまさにこの事か。思わず溜息をついてしまった疾は、続いた言葉に少し頬を引き攣らせる。


『ところで、先日医者から連絡が来た。伝言で、返書はまだか、と。……これで通じると言っていたが』

「あー、あれか。そろそろだって伝えてくれ」

『今日じゃないのか』

「今日は別件。まあ、数日内には用意する」


 務めて平静を保つ疾の掌が、じっとりと汗に滲む。魔法士相手の命をかけたやり取りよりも、隙を見せたら即座に致命傷になりそうな危機感すらあった。


(あの医者……)


 自業自得ではあるが、わざわざ父親経由での催促とはえげつない真似をする。これ以上後回しに──身体の不調を疎かにするならバラすぞと、金と医療に誠実なかの医師が仕掛けてくるとは思わなかった。


『彼は金さえ払えば、非常に優秀な医師だ』

「知ってる」

『誰からの返書だ?』

「医療機器関連の依頼書らしい。俺があちこちで依頼をこなしてるのを聞きつけて、郵便業務の真似事を頼まれた」

『……忘れていたのか?』

「いや、急ぎじゃないと聞いてたから、後回しになってた」

『程々にしてやれ』

「了解」


 ……本当に、少し気を抜いたらぼろが出そうだ。尋問紛いの追求を続けるのは、ひとえに疾の身体を心配してであるのは分かるのだが、そろそろ勘弁してもらいたい。


「じゃ、そろそろ切るな。魔力も結構減ってるし、軽く寝たい」

『学校は?』

「サボる」

『……程々にな』

「出席日数不足させるほど迂闊じゃない」


 その辺りはきっちり計算している。なるべく休日や長期休暇を活用して、魔術師相手に喧嘩を売り続けてきたのは、こういう予定外の事態に学校を休んでも困らない為なのだから。


『留年は余り心配していないが、学校生活も』

「あー……まあ、そうだな」


 ……正直あの問題児が湧きまくっている学校で、バカ騒ぎに巻き込まれる気はさらさらないのだが。親の気遣いはひとまず受け止めておく。


 曖昧に相槌を打ち、挨拶を交わして通話を切った疾は、ベッドに倒れ込む前にと机に歩み寄った。記憶を辿ってファイルを漁れば、預かったまま忘れ去っていた手紙が一通。


(別に、必ず行くとは言ってないんだけどな……)


 確かに勧められたし、魔力を整える機械は悪くなかったが、だからと言ってわざわざ県を跨いで通院するのも──と、前回転移魔法陣を利用して国を超えたことを棚に上げて言い訳をしていた疾は、宛名の部分を見ておやと首を傾げた。


(……)


 端末を取りだし、手早く検索する。一致する病院名の情報を一通り確認して、疾は思わずこめかみに手を当てた。


「……偶然だよな?」


 医師に住所をばらすような迂闊な真似はしていないし、いくら父親が心配していたとて医師に漏らすことはしないだろう。そう分かっていても、胡乱な声を出さずにはいられなかった。


 ──中西病院。


 医師が紹介状を書いた医師が勤務する病院は、この街のど真ん中──紅晴市の総合病院として、救急も集中治療もこなす、県を跨ぐどころか徒歩圏内に存在していた。



***



 取り敢えず、また忘れる前に。

 そう思った疾は、電話で紹介状を持っての診察希望を伝えた。ある程度大きな病院だからと遅くなるのを覚悟していたのだが、予想に反して「今日どうぞ」と返されてしまった。


(……いや、早すぎないか?)


 日本の医療事情に詳しいわけではないが、疾の知る限り紹介状持参必須の病院は、余程急ぎの患者でないかぎりは週単位、分野によっては月単位で待たされるものであるはずなのだが。


(自分がその「急ぎの患者」であるとは思えないんだがな)


 と、思い切り適当なことを考えながら、どうせ学校サボって時間余っているんだしと、これまた総合病院には珍しく、新患のくせに午後からの受診と相成った。

 幾つかの検査を受け、どこも似たり寄ったりな外来待合室で待つことしばし。事前に渡されていた番号がパネルに表示されるのを待って入った診察室は、どこも同じ──外見でありながら、一般的なそれとは逸脱していた。


(防音……だけじゃないな)


 ドアを閉めた途端に外の音が一切遮断された部屋。それだけでなく、魔術的な防護も込められた部屋の目的は、ひとえに情報漏洩防止。


 疾の知る限り、ここまで徹底された病院はそうそうない。それこそ、普段から特殊事情を抱えた患者を主体に受け入れていない限りは。

 そして、疾が待つ合間に調べた限り──


「初めまして。医師の中西です」

「……よろしくお願いします」


 ──この病院は、一般人と異能者の両方を受け入れている。


 それ故にどちら側のスタンスで応じて良いのか判断出来なかった疾に、中西と名乗った中年男性は微苦笑を浮かべた。


「どちらでも良いですよ。私も一応、関係者の端くれなので、最低限の常識は知っています」

「「四家」に対して不干渉を貫いている、と聞きましたが」

「そうですよ。ですが、魔術による外傷を診る以上、知識は必要です。勿論、君の診療を行う上でもね」

「……疾です」


 少し迷ったが、疾は結局魔術師として名乗ることにした。カルテ情報を思えば賭けではあるが、極力家族との繋がりを悟られるような情報は与えたくない。特に、「四家」に対して不干渉を維持しながらも異能者相手の医療行為を続けている相手には。

 医師は特に感情を見せず軽く頷いただけで、視線を画面に向けた。


「紹介状は拝読しました。医師の名前も覚えがありますね、過去に学会で話をした記憶があります。魔力制御装置で、身体のだるさは少し良くなりましたか?」

「はい」

「であれば、身体の不調はかなりの部分を魔力や異能の制御で良くなりそうですね」


 視線を時折疾に向けながらも、医師は画面に目を奪われたような様子でいる。何か気になる事でもあったのかと内心首を傾げていると、医師は不意に体ごと疾へと向き直った。


「身体の検査では殆ど問題ありません。が、少し疲労が溜まっているようですね」

「……そうかもしれません」


 魔術師相手にテロを連続で仕掛けた直後に、冥官に非常識が過ぎる任務追加と堕ち神の討伐などという無茶を仕掛けられたのだから、どうしても疲れは残る。体力はともかく、精神的に。


「疲労が溜まると魔力の制御も甘くなりがちなので、こまめに休養はとるようにしてください」

「分かりました」

「後は、幾つか薬を試してみるかですが……手紙では、余り薬は飲みたくないと書いてありますね?」

「……どうしても必要でない限りは、極力」


 未だに、薬を摂取する事への忌避感は消えない。自分で用意した魔法薬ならともかく、他人からもらった薬など飲みたくもない。


「そうですか。まあ薬も使いようなので、無理にとは言いません」


 軽く微笑む医師の対応は、ここまで非常に医師らしいといえる。患者に無条件に安心感を与えるような、貫禄と穏やかさを同居させた態度は、誰もが信頼するだろうという好印象。

 ──だが、疾は、その裏側に何かが隠されているような、奇妙な違和感を覚えていた。それと同時に、既視感も。


(なんだ……?)


 何故か根拠も無く、胡散臭いとまで感じてしまうこの直感を疑う気は無い。これまで疾を生き延びさせてきた相棒に近い先見の才には、無類の信頼を置いている。

 だが、会話から受ける印象との余りの相違と、それにも関わらずそれごと受け入れている様な自分の感性に、戸惑う。


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