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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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12 デート


 週末。約束通りデートの待ち合わせ場所まで辿り着いた疾は、微妙な気分で佇んでいた。


(……視線が痛い)


 それはもう、ざっくざっくと刺さる勢いで向けられる視線の数々に、既に辟易した気分だった。

 ただでさえ、事前に両親から釘を刺されているせいで、浮かれきれない気分だというのに。動物園の檻にでも入れられたような状況が、更に疾の気分を沈めていた。


(アリス、早く来てくれ)


 せめて相手がいれば会話で気を紛らわせるのだが、1人待っているだけだと、とことん視線が煩わしい。


「はあ……」


 ついに、賑やかな場に相応しくない溜息を漏らしてしまったその時、待ちかねた声が聞こえた。


「アヤト! お待たせ!」


 嬉しそうに弾んだ声に顔を上げれば、精一杯めかし込んできたのだろう、華やかな衣服を身に纏ったアリスが、嬉しそうに手を振って駆け寄ってくるところだった。


「アリス」


 疾が片手をあげて挨拶すると、アリスはその手をぎゅっと掴んでぶんぶんと振る。


「改めて、こんな素敵なデートをありがとう!」

「ちょ、っと落ち着けって」

「嫌よ! 楽しみだったんだもの! ここでどれだけはしゃいだって問題ないでしょ!」

「……確かに」


 勢いよく反論されて、疾も頷くしかない。何せ周囲にはコスプレした家族連れがきゃっきゃと声を上げて笑っていたり、カップルが距離ゼロでべたべたしていたりと、どこもかしこも「浮かれている」としか言いようのない状態なのだ。ここにアリスが加わったところで、背景の1つでしかないだろう。


「それとも何? アヤトは楽しみじゃなかったの?」

「いや、そういう意味じゃないって」


 拗ねたような顔をしてみせるアリスに、慌てて疾は否定する。楽しみじゃなかったわけではない。もろもろの事情が積み重なって、乗り遅れてしまっただけだ。


「何となく、緊張しただけだ」

「ふうん……珍しいわね」


 不思議そうな顔をするアリスに笑って誤魔化し、疾は未だ掴まれたままの手を軽く引く。


「じゃ、行こうか」

「うん!」


 心底嬉しそうな笑顔で頷いたアリスに、疾もようやく笑顔を向けた。






 映画の世界を再現したエリアと、純粋にキャラクターの世界を描き出したエリアに分かれている園内を、地図を見ながら回る順番を相談する。

 アリスがジェットコースターの類に乗りたくないと主張したので、比較的ゆっくりと動く乗り物を中心に選び、そのうちの人気あるコーナーの予約をまず取っておこうという段取りとなった。

 歩きながら、早くもポップコーンを購入したアリスが疾に尋ねる。


「アヤトはジェットコースター乗りたい?」

「いや、別に……妹は死ぬ程好きだから、付き合うこともあるけど」


 楓の絶叫フリークぶりは、波瀬家の中でも頭1つ抜けている。通常は母親がニコニコと付き合うが、それでも音を上げた時は疾が付き添いに指名されるので、乗る機会は比較的ある方だろう。苦手ではないが、別に好んで乗りたいと思うわけでもなかった。


「あと、なんというか……移動遊園地の絶叫系に何度か乗って、軽くトラウマ」

「だってあれは人間の乗る物じゃないもん!」

「だな……」


 これもまた楓が好きなのだが、公園などに期間限定で展開される移動遊園地は、移動可能なだけあってなのかただの国民性なのか、どうにも安全性を疑ってしまう代物ばかり。妹に付き合って乗った疾は、生きた心地がしないそれらに、軽く恐怖心を植え付けられていた。


「まあ、その点を言えば、ここにあるものなんて、安全この上ないんだろうけどな」

「うう、でも怖いのよ……」

「怖いなら無理に乗らなくても良いだろ。楽しめなきゃ意味がない」


 肩を落とすアリスに、疾は肩をすくめてそう告げた。絶叫系は楓のような心底楽しめる人間が乗りに行けば十分幸せになれるもの、という認識だ。


 ……なお、父親は余り乗りたがらないので、苦手なんだろうなと薄々察している。


「ふふっ、そうね」

「ん? どうした」

「アヤトがそうして、きちんと考えて言葉を伝えてくれるのが、凄く嬉しいの」


 唐突な言葉に、疾が目を丸くする。にこりと笑って、アリスは疾の腕に抱きついた。


「クラスメイトは何でもぽんぽん言い合えて気楽よ。でもね、だからこそ互いに傷付け合ってしまうことも多い。その点、アヤトは傷付けないよう言葉を選んでくれるでしょう? それが凄く大人だなって、私憧れるの」

「アリス……?」

「格好いいんだもの、アヤト。私はアヤトの彼女である事が誇らしいし、恥じない自分でいたいと思うわ。たまには、アヤトの我が儘も聞いてみたいけど」


 そう言って腕に頬擦りするアリスに、疾は何とも言えない顔で笑った。


「そっか」

「そうよ」


 頬を掠めるようなキスを、アリスが疾に落とす。真っ直ぐに向けられる愛情に、疾が少しだけ顔を背けた。


「あー……調子狂う」

「ふふ、アヤト可愛い」

「いや可愛いってな……」


 そんな、端から見れば存分にいちゃつくカップルと化して、2人歩いていた。

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