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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
6章 『鬼』と『冥府』
115/232

115 訓練

 扉をくぐり抜けた先は、白色の世界だった。


 疾がゆっくりと振り返ると、そこにあったはずの扉はない。僅かに目を細めて、疾は両手に銃を召喚した。無造作に右手を捻り、引き金を引く。


 銃声が、爆発音に塗りつぶされた。


 左手の袖から落とした魔道具が発動し、剣を振りかぶっていた冥官の動きを僅かに鈍らせる。それを逃さず、疾は二丁銃を同時に発砲した。

 魔力弾は無視した冥官は、異能の発砲は避けた。そのまま突きの構えになった冥官に、疾はにっと笑って地面を蹴る。


 地面に浮かび上がった拘束の魔法陣は、冥官が軽く手を振るだけで破壊されたが、同時に、ぽとりと魔道具が地面に落ちる。

 冥官の視線は疾から外れない。この程度の魔道具では障害になり得ないと判断したのか、宙空で無防備な疾に右手を差し出すように剣を突き込んでくる。


 他愛ない動作に見えて確実に疾の急所を捕らえた一撃は、しかし急激に重みを増したかのように剣筋が鈍った。


「お」


 冥官が声を漏らした。しかし、慌てることなく、全身のバネを使って飛び込んだ疾の拳を左手でいなした。

「っち」 


 瞬間的に展開した障壁と身体強化魔術も、冥官が一瞬放った神力の波動に消し飛ばされる。舌打ちを漏らして、疾はそのまま身体を低く沈ませた。

 容赦のない蹴りと擦れ違うようにしてスライドし、身体を回転させながら連続で発砲する。1つは魔法陣に魔力を供給したが、既に重力操作の魔道具から脱した剣があっさり切り落とした。


「っ!」


 息を詰めた疾が焦燥を覚えて地面を叩くのと、上空から神力の刃が雨あられと降ってくるのは同時だった。


「っ……ぐ、っ」


 咄嗟に編み上げた防御魔法陣は2,3の刃を防いで破れた。地面を転がりながら残りの刃を避けるも、1つが脇を掠めた。赤い血飛沫が舞う。

 歯を食いしばって痛みを堪え、疾は腕を掲げた。未だ神力の刃が降り注ぐ中、それらをものともせずに踏み込んできた冥官の刀を、素手で払いのける。


「おや」


 意外そうな冥官の声は無視して、疾は跳ね起きた。失血は今だけ忘れて、軌道の逸れた刀の握り手目掛けて手刀を叩き込む──直前で、狙っていた手が消えた。



 鈍い衝撃。



「──がっ、あ!?」



 視界が揺れた。そう実感した時には、疾の身体は地面に叩き付けられていた。



「っあ、ぐ」


 起き上がろうとして、平衡感覚が完全に失われているのを自覚する。その時ようやく、固いもの──おそらく刀の柄──でこめかみを痛打されて吹き飛ばされたのだと理解した。



「そこまで」



 喉元に、ひやりと冷たい刃の感触。詰みだ。



「……はー……」


 大きく吐きだした息に、悔しさと戦意を乗せて散らす。未だにぐらぐらと揺れる視界で、冥官を軽く睨み上げた。


「毎度思うが、何でそう唐突なんだ」

「奇襲でも奇襲じゃなくても、疾の対応は変わらないな」

「……」


 この、絶妙に会話のキャッチボールが成り立たない感じが、どうにもイラッとする。


「怪我、治さないのか?」

「後でな」


 脳が揺らされて立てもしない状態で、治癒魔術を自分にかけられるほど疾は器用じゃない。魔道具はあるが、ここ最近は使用頻度が激しいので、節約できる限りはしておきたいのだ。命に関わらない怪我であれば、ひとまず後回しである。


「……ここまでくると、悪癖だなあ」

「あ?」

「前回よりは冷静に動けているようで何よりだ」


 にこり、と微笑む冥官の顔も次第に見えるようになってきた。完全に無防備で食らった割に回復が早いから、まだまだ手加減されているのだろう。本当に、この人外の能力は尋常ではない。


「神力の扱いも少しは工夫が見えたな」

「まだ試せていない技能の方が多いがな」


 冥官から与えられた知識の中には、神力の応用方法も含まれている。が、実践に落とし込めるほど習熟は出来ていないのが現状だ。


「出来ることを最大限活用する方向は悪くない。割り切れたようで何よりだ」

「……」


 一言も二言も余計な冥官には嘆息で応じて、疾は怪我の確認に入る。1番深いのは脇の裂傷、あとは左腕の火傷だろうか。後者は何が原因だったか……と記憶を漁って、そういえば刀を素手で払いのけたと思い出す。


「神力の衝突はこうなるのか?」


 軽く左手を動かして尋ねると、冥官は肩をすくめる。


「彼我の力量が影響するが、それは実地で試すものじゃないぞ」

「咄嗟だったんでな」


 あの時は、半ば本能的に身体が反応していた。剣をいなすのに拳銃ではなく神力を纏った腕で払いのけると、こちらの力が強ければ相手の神力ごとごっそり削れるが、押し負けると怪我に繋がるという訳か。


(便利だな)


 疾の異能に押し勝てる神力の持ち主の方が少ないし、妖も同様だ。武器に頼らなくて良いのは、元々徒手空拳が得意である疾には有り難い。


「疾」

「何だ?」

「──疾の探求心と向上心は評価されるものだ。けどな、その際に自分の身体で実験するのは褒められたことじゃない。次に繋げる気でいるんだろうが、その怪我によって「次」を自ら手放す可能性は、常に忘れないように」

「分かってる」


 疾も当然、それくらいは弁えて実験しているつもりだ。この場にいるのは冥官のみで、怪我していようがいまいが、相手がその気になった瞬間に疾の命は終わる。あれこれ警戒して出し惜しみするよりも、全力でぶつかった方がメリットが大きい。


「その返事が、分かってないんだがなあ」

「いや? 分かってて言ってる」

「……それは、質が悪いな」

「そりゃどーも」


 自分の身を疎かにするなと言いたいのだろうが、既に疾は覚悟を決めてしまった。この世界で「楽しんで」生き抜く為には、ハイリスクハイリターンな無茶を繰り返す事になるのは見えきっていたのだから。

 安全な道を歩いているだけでは、自分はいつか殺される。だからこそ、敢えて危険な道を突き進み、結果を手にすることを選ぶ。


 その為に利用出来るものは、何でもする。例えそれが、味方と言えない存在でも。


「裏切ることはない、だろ?」


 にいっと唇を歪めて見せれば、冥官は苦笑して首を横に振った。


「困ったな、そういうつもりで告げたつもりはないんだが」

「少しも困ってない顔で言うな」


 言い返したところで、ようやく揺れも収まった事に気付く。ひとまず、脇の傷だけでもと治癒魔術をかけてみれば、あっさりと治った。


(ん?)


 疾の怪我は、治癒魔術では治りにくい。これは異能が発現した当初から父親が懸念していた事項であり、実際に疾が地味に悩まされていた問題でもある。 

 しかし、今の治癒魔術は随分と効きが良かった。何かが違っただろうか。ぱっと思い当たる要因がない。


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