114 後衛
商談が成立したところで、瑠依に視線を向ける。
「で? 武器はなんだ」
「へ?」
扱いが酷いだの何だのとステレオで喚き続け、全員に無視され続けていた瑠依が、唐突に話しかけられてきょとんとする。疾は血の巡りの悪さに眉を寄せた。
「二歳児じゃあるまいし、喚いてないで話くらいちゃんと聞け。本当に高校生かよ」
「なんか、とっても理不尽な気がするんだけど!」
「お前の鬼狩りとしての武器は何だ。神力使ってる以上、武器なり術なり使えるんだろ、一応」
この神力駄々漏らしな状態ではとても信じられないが、鬼狩りの研修では優秀という扱いであったからには、戦いにおける武器はしっかりしているのだろう。いかにも平和ボケした現代高校生然とした体格だから、おそらく術だろうと予測はしていたのだが。
「聞いて驚け、呪術だ!」
胸を張って何やら自慢げに宣う瑠依に、疾は軽く肩をすくめた。
「神力使って呪うのかよ」
のほほんとしたお馬鹿に、他者を呪うだけの負の感情と胆力があるとは、少々意外である。見かけによらないな、という感想は、しかし次の瞬間崩れ去った。
「失敬な! 呪うなんておっかないこと出来る訳ないだろ!?」
訳の分からない事を言い出した瑠依に、疾は胡乱げな眼差しを向けてしまう。
「……呪術っつったよな?」
「呪わないけど鬼は狩れちゃう呪術だ! 恐れ入ったか!」
「訳分からん言動には心底恐れ入る」
取り敢えず、この馬鹿の発言をいちいちまともに受け止めていたら、頭痛ばかりが悪化するということは理解した。後はもうなんかどうでも良い。
「で、その呪術もどきの出来損ないで、鬼が狩れると認識していいんだな」
「何か言われ方にトゲがない!? 俺なんかした!?」
「出会い頭から今に至るまで、迷惑かけられた覚えしかねえんだが」
「うっ……」
……これまでのやり取りを全て忘れ去っていたらしい。本当に、コイツ今後生きていけるのだろうか。
「鬼を単独で狩った経験は?」
「あるわけないだろ!」
「……何故威張るんだ」
「そもそも鬼狩りって、前衛後衛で役割分担するもんだぞ! 俺は安全地帯で高みの見物できる後衛だし!」
「これからも高みの見物出来ると思ってるのか、めでたいな」
「え」
ひとまず、後衛としての学習しかしていないらしい。予想はしていたが、それ以上にお荷物になりそうだ。疾は内心舌打ちした。
「後衛として出来ることは? ジャミング以外で」
「いや、ジャミングしてるつもり、これっぽっちもないんだけど」
「……ほお」
「待って何で拳鳴らすの帰りたくなる!」
「帰れなくしてやろうかと思ってな」
「何なのこの人バイオレンス!?」
疾とて、自分でも驚くほど手が早くなっている自覚はある。興味の無い他人に対して、攻撃的になるほど、疾も暇じゃない。わざわざ暴力に訴えなくても、交渉で乗り切る自信もある。まあ、手を出されれば当然の権利として正当防衛するし、最近は敢えて乱闘に誘い込むこともあるが。
なのにどうしたことか、瑠依と会話していると、自然と手足が出てしまうのである。自分にも自制の聞かない面があるのだなと、疾は新鮮な発見をした気分だ。
「で? 役割分担っつったら、てめえは何をする気でいるんだ」
「え? 結界張って、鬼から瘴気はぎ取るけど?」
「……それ、意味あるのか?」
「はい?」
きょとんとしているが、疾の方が面食らう。わざわざ瘴気をはぎ取らなくても、神力があれば一撃で片が付くだろうに──そこまで考えて、気付いた。
(普通はそこまでの神力は操れない、のか……俺が目を付けられるわけだ)
とはいえ、一撃で倒せる相手を呪術の完成を待って倒すのは、大層時間と労力の無駄な気がする。冥官がそんな意味のない無駄を費やさせるはずはないのだが、視線を向けた先ではほけほけ笑っているだけだ。……ああしていると平和な生き物に見えるのが、尚更気持ち悪い。
「俺、瘴気なんざはぎ取らなくても鬼くらい倒せるぞ」
「はい!? 何そのチート!?」
「チート……? そもそも人鬼も目の前で狩っただろうが」
「あれは確かに意味不明だったけども! え、じゃあ何、俺なんもしなくて良い感じ?」
「…………」
期待満面で見上げて来る阿呆面に、イラッとした疾は悪くないはずだ。
「よし、分かった」
「え、マジで──」
「俺は極力何もしない。結界があるなら守る必要もねえし、お前が何かやらかした時の事態収拾にだけ集中させてもらう。鬼はてめえで狩れ」
「無茶ぶり帰りたい!!!」
寧ろ無茶振りされているのは疾の方である。涙目で叫ぶ瑠依は無視して、疾は今度はフレアに目を向けた。
「で、鬼が出現した際の連絡手段っつうのは?」
「これよ」
乱雑に放り投げられたのは、腕輪型の魔道具だ。通信用の回路の他に、位置探知の回路まで組み込まれていたので、迷わず破壊する。
「っ!?」
「うえっ壊れた!?」
「おや」
瑠依とフレアが目を丸くする中、冥官はおかしげに少し笑う。異能を披露したのがそれほど愉快かと、疾は顔を顰めそうになるのをぐっと堪えた。
「俺は連絡手段を寄越せっつったんであって、管理するための首輪をつけてやると言った覚えはねえぞ?」
笑顔で凄めば、フレアがぐっと息を詰める。低く抑えた声で反論した。
「……鬼狩りは命に関わる職業でもあるから、所在確認によって安否を把握するのだって重要な任務なのよ」
「だったら、任務中だけ起動させられるスイッチが組み込まれるはずだ。常時座標認識するなんざ、どんな意図があるのか丸分かりだぜ?」
「……」
鼻で笑って、疾はポケットから通信用の魔道具を取りだし、放り投げる。暗号回線で逆探知防止機能付きのそれをフレアが受けとったのを確認して、付け加える。
「備品もまともに準備できないようだからな、売ってやるよ。経費で落とせると良いな?」
「……貴方って、本当に嫌な男ね」
「それはどーも、光栄だな」
「褒めてなくね!?」
瑠依がなにやら喚いているのを見下ろし、疾は尋ねた。
「で。連絡事項はこれで終わりか?」
「……そうね。これ以上貴方達と話をしていると胃に穴が開きそうだし、とっとと帰って頂戴」
「時間の無駄遣いしたのはどっちだろうな?」
嫌みを軽く流し、疾は瑠依を放って出口へと歩き出す。わざわざ帰りまで関わり合いになる必要性も感じない。あれだけ帰りたがっていたのだ、勝手に帰るだろう。
「え、ちょっと待って、結局どーなるの俺?」
「…………」
執務室の扉を開けて潜る瞬間、瑠依が阿呆丸出しの発言をしていたのは、聞かなかった事にした。




