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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
6章 『鬼』と『冥府』
110/232

110 異能と変態

 その日の放課後。


(さて。どーすっかな……)


 カバン片手に校門を通り抜けた疾は、少し空を仰いで思考を巡らせる。

 ここ最近は組織破壊に全力を注いでいたため、身の回りの警戒は少々疎かだったかもしれない、という反省が疾の中にある。対策は準備中だが、冥官の無理難題によってはもう少し先になるかもしれない。


(情報攪乱を怠ったつもりはないんだけどな……)


 そこをどう突破されたのかも含め、目下の問題はどうにかすべきだろう。……どうせ、冥官の指示通り瑠依を連れて行こうにも、未だ説教中であるようだし。


「……」


 疾は視線を前方に固定したまま、意識を背後に集中させる。ここ数日、毎回のようにつけてくる気配が、今日は視線まではっきりと感じた。

 視線を浴びることも、ストーカー予備軍がフラフラと付いてくることも日常茶飯事過ぎて、異常事態に気付くのが遅かったのかもしれない。尾行に慣れているわけではないのだろう、気配が丸分かりであるのも油断した原因のひとつだ。


(厄介事持ち込まれる前に、対処すべきだろうな)


 学校の生徒を巻き込む気は無い。一般生徒が魔法士協会とのやり取りに利用されるような事態は避けたい、と疾は思っている。

 ……もっとも今後、瑠依という同業者(鬼狩り)に関しては、否応なしに巻き込まれる気もするが。まあ、最初に逃げ込んできたあちらの自業自得という事にしておく。


 とはいえ、このストーカー擬きな生徒については、ある一点を除けばただの一般人だ。下手に目を付けられて拷問、あるいは疾への脅迫材料とされる危険性は、早めに排除しておくべきだろう。そういう戦い方は面倒だ。

 1つだけ気になるのは、今日やたらと瑠依と親しげに話していたことくらいだが……流石にこの一般人に、鬼狩りの職務についてぺらぺらと喋っていない……と、思いたい。


 そこも対策を考えつつ、ひとまず現場を捕まえて、今後このような犯罪紛いをする気が起きないほど徹底的に心を折っておけば良いだろう──そう判断して、疾は行動開始を選択する。


 ……よもや、気にしていた点とは全く異なる方向で裏切られるとは、欠片も思わずに。







 これまでに何度か用いたスーパーへ向かう道のりを進むと、気配が一旦遠のいた。


(……ん?)


 気まぐれに変更するルートを、相手が念入りに把握していたのは、疾も確認済だ。この程度で撒かれる相手ではないと判断していたのだが、買いかぶりすぎだったか。

 あるいは──


(……待ち伏せかよ)


 人気の少ない十字路。曲がり角の向こうに気配を感じ取った疾は、内心舌打ちをする。どうやら相手も新たな行動に移ろうとするタイミングだったらしい。不意打ちの方が楽に追い詰められたのだが。

 とはいえ、ただの女子高校生と対面で負ける要素は流石に無いと判断し、疾は足を進めた。



「こんにちはっ波瀬君! 早速だけど筋肉触らせて──ふきゃっ!?」



(…………今、何言った?)


 角を曲がった瞬間、飛びかかってきたのを半ば条件反射で投げ飛ばした疾は、投げ飛ばした相手が早口でまくし立てかけた台詞を理解しかね、大変珍しい事に一瞬硬直した。


「っ、やっぱり……インナーアウターマッスルのバランス最高……!」


 しかも、投げ飛ばされたのによく分からないことを言いながら喜んでいた。それを理解した疾は、相変わらずの自分の引き運のなさと学習能力の低さに、ちょっと落ち込む。


(油断したと言えばそこまでだが……何でこうも意味の分からない計算外がほいほい発生するんだ……)


 情報不足は天敵。どんな雑魚相手でもしっかり下調べしてから行動しようと、かなり本気で頭に刻み込んでおく。


「あああああ常葉ぁああああ! おまっ、ついに我慢出来なくなったからって、よりにもよって波瀬に飛びかかるなよ帰りたい!!!」


 ……そして、コイツは後で八つ当たりかねてぶん殴ろうと、少し現実逃避気味に疾は心に決めた。ここ最近のトラブルの原因は、大体この馬鹿である。







 取り敢えず駆けつけた瑠依を一蹴りで地面に沈めた疾は、敢えて低い声を出した。


「で? 説明くらいは出来るんだろうな」

「……あの、その前に、何で俺が蹴っ飛ばされたかについては」

「今朝の言い分をまだ聞いてねえな」

「すみませんごめんなさい、素で寝惚けてました二度としません……!」


 トントンとつま先で地面を叩きながら尋ねてみれば、地面にへばりついたまま瑠依が必死で謝罪を口にした。……のだが。


「言い訳になってねえぞ」

「ごめんなさい! 疾があの席なのも忘れてたんですマジで他意はありません!」

「…………おまえ、本当の本当に馬鹿なんだな」


 本当に、予想の斜め下に突っ走る勢いで馬鹿である。クラスメイトの顔を覚えていない事を詰る前に、顔見知りの座席を素で忘れ、話しかける際に相手の顔すら確認しない、己の迂闊さを心配した方がいいと疾は思う。

 あと、今の状況は鬼狩りの業務範囲外だ。第三者もいるのに名前で呼ぶ辺り、本当に分かっていない。


「瑠依はねー、ただのお馬鹿さんじゃなくて、サボり魔なお馬鹿さんなんだよねー。頑張れば一応、ウチの高校を一般入試で、真ん中ちょい下くらいの順番で通過できるんだけどなー」


 結構な勢いで投げ飛ばしたにもかかわらず、けろっとした顔で起き上がって説明してきたのは、先程瑠依に常葉と呼ばれていた少女だ。


(頭から落ちたのにノーダメージね……そういう異能かよ)


 これまで一般人でいられたのが奇跡ではなかろうか。内心驚きつつ、目を細めて瑠依を見下ろした。


「それで?」

「うっ……えっと、すんませんごめんなさい」

「そっちは取り敢えず良い」

「……じゃあ蹴り飛ばすまでしなくても、いえごめんなさいもうしませんゆるしてください」


 なお、鬼相手に戦闘を行うはずの瑠依の方は、未だ地面に懐いたままである。今後が大変不安になる状況であった。


「説明しろ」

「あー、ですよねー……帰りたい……」


 少女に目を向けて促せば、がっくりと肩を落とした瑠依が死んだ目になる。おおよそ内容は予測できるので──理解はしたくない──、疾も若干心構えをしておいた。


「そこにいるのは崎原さきはら常葉ときは、幼馴染み的腐れ縁なんだけどな」

「私だって、瑠依みたいなおばかさん、腐れ縁を切れるなら切りたいなー」

「黙れ迷惑かかってるのこっちなんだってば帰りたい!」


 どっちもどっち、割れ鍋に綴じ蓋、という言葉が浮かんだが、面倒なので黙って続きを促す。


「えーと、その……常葉は、変態なんだ」

「それは分かる」

「具体的に言うと、筋肉をこよなく愛するとか高らかに放言してくれる変態なんだ」


 死んだ目で説明を重ねる瑠依に、疾は頭痛を堪えて促す。コイツの説明が要領を得ないのは前回でよく分かっている。


「で、それがどうしてここ数ヶ月のストーカー行為に繋がる?」

「数ヶ月! そんなにつけ回してたのか常葉!?」

「ふっふっふー、私と同士の力を甘く見ちゃだめだよん!」

(……同士)


 つまり、こんな変態が学校内に複数人いるらしい。


「というか普通の感性持った女子だったら、筋が浮いた前腕とか、綺麗に割れた腹筋に萌え萌えするもん! そんな同志達と筋肉素敵な男子達の情報を共有して何が悪いの!? 瑠依は私のおかげで好みな男子と良い感じになった女子の数を知らないから、そんな事言えるんだよ!!」

「一般女子に謝れってかうっそだろ、そんな裏事情知りたくなかった! 俺ら普通に世をはかなむレベルなんだけど!?」

「瑠依みたいな一般からほど遠い男子なんて、基準になりませんー! 現に良い感じなカップルは幸せそうだもん!」

「ホントもうヤダこの変態! というか、俺らのクラスでも、体育の時に悪寒がするとかクレーム来てるんだよマジで帰りたい!!」


 案の定説明中であることを忘れている馬鹿については、今後一切の期待を抱かない事にした。頭痛が悪化するのを感じながら、疾はこれまでの不毛なやり取りから纏めた情報を確認する。


「……つまり。似たような変態共の情報共有をもとに、人をつけ回してる犯罪者予備軍っつうことかよ」

「つけ回すだけで満足なんかしないもん! 思い存分観賞して、許しさえあればそのすんばらしい筋肉をなでなですりすりしたいし、その筋肉を使ったパワーを自分の身で体感したいと思ってるよ!」

「終わってるな」


 率直すぎる感想が口からこぼれ落ちた。ここ最近、煽り文句については無駄に磨きつつあるが、それらをもってしても一言に纏まってしまう。終わってる。


 この変態、これ以上無く異能との相性が良いっていうのが更に酷い。なんで変態的被虐趣味の持ち主に、よりにもよって「物理攻撃が一切通用しない」などというレアものの異能が発現したのか。責任者出てきて責任取れ、と詰め寄りたいレベルだ。


「というわけで、波瀬君! ワンモア、ぶん投げお願いします!!」


 そして何やら興奮状態の常葉をカバンで押しのけ──こんな変態触りたくもない──、疾は瑠依に目を向けた。


「で、説教は終わったのか」

「やなこと思い出させるなよ帰りたい!」

「瑠依は更にこの後お母さんとの二者面談だよねー」

「帰りたくなくなるからやめて!?」


 自業自得だと思うが、馬鹿の事情など心底どうでも良い。


「じゃあその前に、ちょっと来い」

「へ」


 首根っこをがっしと掴み、瑠依を軽く持ち上げる。間抜け面を晒す馬鹿をずりずりと引き摺りつつ、変態の少女に視線を向けた。


「説教回避したくて夜遊びするらしい、とでも伝えとけ。あと、二度と人をつけ回すな」


 8割鬱陶しさ1割居場所割れの危惧1割少女を巻き込む危険性を考慮した警告は、何を思ったか輝かんばかりの笑顔で取引にすり替えられてしまう。


「じゃあ、今度は思いっきり蹴っ飛ばして欲しいです!」

「…………。おい」

「超無理帰りたい」


 死んだような目で首を横に振る瑠依を見て、疾は一時撤退を選択した。この終わっている変態とはこれ以上関わりたくない。幼馴染みらしい瑠依に全てを押しつけるなり、他に力尽くであしらう手段を考えるなりしてどうにかしよう、と現状からかけ離れた厄介事をひとまず彼方へと放り捨て、疾は歩き出した。


「あっちょっと波瀬くーん! 約束だからねー!!」

「約束はしねえっての」


 ひとまず言質だけは取らせず、疾はその場を離れる。



「……あれ、これ、俺どこに連れて行かれるの?」

「…………」



 今更そんな事を言い出す、馬鹿を引き摺ったまま。



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