109 非日常と日常
疾が魔法士協会に喧嘩を売った事実は、思いの外早く広がっている。
(娯楽扱いか……マジで世の中、暇な奴らが多いのな)
若造の粋がりとみなされると思っていたのだが、疾の破壊活動と、敵対の切欠となった複数の魔法士を自害に追いやった事件は、疾が予測していたよりも強く印象を与えたらしい。
とはいえ、現状では「魔法士協会に単身喧嘩売った馬鹿がいるらしい」「少しは協会も苦労しろ、ざまあみやがれ」「そのうち消えるだろうけど、関係無い魔術組織まで被害に遭ってて迷惑」くらいの認識のようだが。疾としても、協会単独の脅威として認識されるつもりはないので好都合である。
ネットに魔力リンクも応用して集めた情報を確認した疾は、画面の前で軽く伸びをして、時間を確認した。起きてまず行う情報取得も一段落したことだし、と身支度を開始する。
今日は学校帰りにそのまま冥官の呼び出しがある為、下手な組織破壊活動の時よりも、余程入念に魔道具各種を携える必要がある。……現状、どんな場面よりも冥官と相対した時が命の危険を感じるのはどうなんだ。一応あれは上司になるのだが。
身支度を調えながらも、少しでも時間を活用すべく、脳内で必要な物を逐一ピックアップしていく。
(体術の訓練はそろそろしたい)
相手の行動を誘導して迎え撃つ戦略を採るにしても、自分の技能を磨けばその分手札が増える。常に余裕を持って対処すれば、こちらの限界を見誤らせ、自爆を誘う事も出来るだろう。母親以外の良い相手を探したいところである。
(この面も、なんか役に立ってるけどな)
顔を洗った拍子に鏡に映った自身が目に入り、軽く顔を顰めた。やたらめったら目立つ上に厄介なものを引き寄せる容姿だが、それ故に作り物めいていて、顔だけの雑魚だと油断させる効果があるらしい。あと、本気で戦っている最中ですら、ふとした拍子に目が合うと相手が動揺するので、隙を付きやすいという利点もあった。
(……それもそれでどうかと思うが)
顔の造作が整っている自覚はあるが、まさか自分の顔に見惚れるわけもなく。他人の容姿に惹き付けられた経験もないため、疾には彼らの心情が今ひとつ理解出来ない。妹からは「性格以外で無理矢理難癖付けるなら、芸術方面は若干微妙」という評価をされているし、そのせいかもしれないが。
適当に作った朝食を腹に収め、皿を洗う。制服を軽く整える際に、先日『魔女』から買い上げた魔術書が目に入った。
魔法陣が完成した現状、魔術各種も一から見直し中だ。魔力効率を上げられれば、異能との併用で消耗が大きくとも戦える。昨夜の成果からしてまあまあではあるが、もっと改善の余地があると疾は睨んでいる。
(後は魔道具の作成……魔石の確保、もう少し何とかなんねえかな……)
魔道具は攻撃の要にもなる為、仕掛けるまでに大量に用意していたが、あっという間に消耗していく。戦略上仕方の無いこととはいえ、魔石がそこそこ値が張る上に手に入りにくいのがネックだ。
(ここから先、1人で破壊することに拘る必要もねえか……雇うなり、利用するなり、便乗するなりして、負担を減らすのもアリだな)
非常識が押し通ってきた今ならば、協力態勢において非常識な行動を取っても、そういう奴として認識されるだろう。結果さえ出せば、手段を問わない依頼が回ってくるだろうし。
(ただそこまで手を伸ばすと、時間がな……学校って面倒臭い)
ただ授業を聞き流すという退屈極まりない時間を全て、対魔法士協会の為の時間に費やせれば良いのだが。まあ、こればかりは両親との約束だ。大学卒業までは必ず道を外れるな、というのは……親心だろうから、有り難く受けとっておく。
カバンを手に家を出る。気まぐれに登校路を選んで足を進めつつ、今後について思考を巡らせる。少し気になる事がある為、ここ数日選ぶ道をランダムにしているが、そろそろ対処した方がいいかもしれない。
非常識なテロリスト活動と、平穏な高校生生活。対極に位置する2つを両立するのは、疾にとっては、片手間の作業でしかないが──
「やっべ宿題忘れてた! なあなあちょっとノート写させてくんね!?」
──片手間どころか、見事に混同させてやらかす馬鹿と学校が同じなのは、やっぱり勘弁してほしい。疾は、ごく自然にそう思った。
(この、馬鹿……)
鬼狩りとなってしまった日のやり取り以降、瑠依とは会話を交わしていない。これまでは特段関わりも持たず、それぞれの生活を継続していたので、流石に分かっていると思ったのだが。
(そういやこいつ馬鹿だったな……馬鹿の度合いが馬鹿すぎて読めねえ)
これまで疾の周囲に明確な「馬鹿」がいなかったため、当たり前の事を当たり前にこなせないお馬鹿の言動は計算精度が狂いがちである。母親が言っていた「基準がずれている」とはこういう下には下がいると理解出来ていない部分か、などと思いながら、疾は当然のように瑠依の登校一番のみっともない発言を無視した。
「あ。え、っと……」
そして寝ぐせであちこち髪がはねた頭もそのままの瑠依は、しんとなった教室の様子と疾の様子から、ようやく自分がしでかしたことの不味さに気付いたらしい。わたわたと意味も無く周囲を見回している姿に、疾は内心溜息をつく。そこはせめて黙って引き下がれ。
助け船を出す義理も無いが、そこにずっと突っ立っていると邪魔だな、と思った矢先に、膠着する空気が動いた。
「……もー。るーい、恥ずかしいから波瀬君に迷惑かけないでよー。いくら瑠依が毎日宿題写すのいい加減にしろって、他のクラスメイトに拒否られるからってー」
女子生徒が詰ると、瑠依がほっとしたように顔をそちらに向けた。
「うっせ! オフトゥンが俺を誘惑してくるんだからしゃーないだろ!?」
「しょーがなくありませんー。拓君も彰君も、お布団の中でちゃんと宿題は済ませてたでしょー? また補習になるよう」
「あーあー聞こえない!」
「聞こえなくても良いけど、宿題忘れは責任持って叱られてねー」
「普段迷惑かけてるんだからこれくらい助けろ、幼馴染み!」
「だが断る!」
(……うるせえ)
馬鹿丸出しの会話は、移動してから行ってくれないだろうか。大声でやり取りされるのも鬱陶しければ、女子生徒の方がちらちらと疾を見てくるのもうざったい。予鈴後でなければ、教室を離れて人気の無い所で読書を続けるのだが、それも適わないのだ。
「瑠依の宿題忘れは、忘れじゃなくてサボりでしょー。助けてやる義理無し! って、各クラス通達済だもんねー☆」
「各クラス!? 待て常葉、おま、いつの間にそこまでコミュニティ広げた!? やめて洒落にならない! いっつもクレームは俺に来る上に、拓も彰もいないからストッパーにならないじゃん帰りたい!!」
「瑠依に止められるようなことなんて、してなーいもーん♪」
……本当に、喧しい。いっそ帰ってしまおうかと疾が本気で思い始めたその時、やっと本鈴が鳴り、担任が入ってきた。
「……伊巻。全部聞こえてきたぞ」
「げっ!?」
「ふっふっふ、お母さんにも全部ばらしちゃえー!」
「やめて帰れない!?」
「安心しろ。伊巻は放課後俺とじっくり話をするから、否応なしに帰れないぞ」
「帰りたい!!」
馬鹿に付ける薬はないとはこういう事か、と思いつつ、疾は密かに溜息をついた。




