108 活動計画
疾が気の済むまで魔法士をボコボコにしていく様子を見た『魔女』は、盛大に顔を引き攣らせどん引きしていた。
(生温いんだよなあ、あいつ……)
おそらく『魔女』としてはかなり穏健派なのだろう。戦闘能力で名を馳せる魔女ではないのも一因かもしれないが、魔女に付きものの残酷さがあまり見られない。異世界で出逢った『魔女』などは、笑いながら敵の生皮を剥ぐような血生臭い連中ばかりだったのだが。
……まあ、そこまで血気盛んな性格の人間は、この世界ではそうそういないのかもしれない。疾も一応、戦いに身を置くまでは穏便に物事を進めていた。
とはいえ、土地神の封印を見るに、この街の統括は清濁併せ持った性格でなければやっていけないと思うのだが。まあ完全に他人事であり、彼女の甘さが原因でこの街が沈もうが、一足先に逃げ出す予定の疾にとってはどうでも良い。
それはそうと、問題は盛大に潰した魔法士の方である。
(タイミングとしては悪くない)
魔術師関連の組織にひとしきり喧嘩を売り、緒戦を済ませた矢先だ。あちら側も『下手に手出しすると尚更マズイ』と気付いたのか、襲撃も一段落付いている。ここらで新たに喧嘩を売ってきた協会に対し、一戦やらかすのはタイミングとしては悪くない。
情報もそこそこ集まっているし──また最近母親がハッキングしたようだ、組織関係図は大変重宝した──、魔道具もまだ余裕がある。勝算は十分に望めるが、懸念が1つ。
(……あの野郎が出てくるか、だな)
魔法士協会、総帥。疾の、因縁の相手。
あの人外が出てくると、話は別物だ。遊び半分の手出しでも、疾に致命的な攻撃を──利き目を潰しにくる危険性が高いのは、既に分かっている。最終的に奴を潰すのは決定事項だが、今、それを達成するだけの準備は、まだ整っていない。
そうなると、問題は2つ。この状況で総帥が動くか、そして──動いた時、どう出るか。
「どーすっかな……」
1人呟いて、疾は自室の天井を見上げた。ソファに身を預けながら、天井に魔法陣を組み上げていく。
(情報が少ないな……ただ俺が欲しいだけなら迷わず確保に動くだろうが……その可能性は余り高くない)
基本形である円形、そこに文字を書き込み、更にその外側に円を加える。流動的に込める魔力量を調整しながら、疾は思考に没頭していった。
(あれの性格が今ひとつ分からないのが難点か。娯楽気分で高みの見物を決め込むのか、自分で引っ掻き回してぶち壊すのか……。ああ、その間の可能性もあるか)
五重まで円を重ねたところで、隙間に多角形を刻んでいく。それぞれに更に文字を加えると、魔法陣は独りでに淡い光を発し始めた。
(それともあくまで組織の長として組織の敵を排除するのか……それはねえな。それなら、とっくに俺は死んでる)
既に魔法士協会への宣戦布告は済んでいるし、関連組織は破壊している。総帥として組織運営を最優先にするのならば、疾の身辺はもっと騒がしいだろう。
(あー……そう考えると、ちょっと情報を分散した方が良いか? この街だけで動いてるから、『魔女』がいても攻撃を仕掛けてきたっつう可能性があるな)
疾の魔力を増幅させる状態となった魔法陣に、余剰魔力を用いて更に図形を加えていく。全体のバランスも適宜確認しながら作り上げていく魔法陣が、とうとう強い光を発した。
(となると……、やっぱ動くべきだな。カモフラージュは派手なほど目を引く)
光がシャワーのように疾へと降り注ぐ。魔力の雨を更に制御しながら、疾はこれからの動きを再確認する。
(まず、最近の魔法士協会の動向を洗い直す。必要な魔道具はおおよそ揃うとして……懸念戦力は、敢えて出てくるものとして計算する)
闇属性使いの少年を思い出し、疾は口元に笑みを上せた。彼との戦いは、死線をギリギリでくぐり抜けた指折りの危機ではあったが、それと同時に「面白い」ものでもあった。また戦えるのならば、最大限準備を整え、楽しめるようにしなければ。
(後は、総帥の問題を──片付ける前に、こっちだよなあ)
疾が溜息をつくと、ほぼ同時。
──パァン!
甲高い音と共に、矢文が壁に突き刺さる。
「……修復まで請け負えよ、あの野郎」
悪態をつきながら、疾は身を起こした。視線を巡らせ、構築した魔法陣の影響を確認する。
(まあ……、最低限の防衛はクリア。情報阻止は出来た、んだろうな……)
今ひとつ自信が持てないのは、冥官が非常識なまでにずれているせいにしておきたい。専用の魔法陣を編み出したおかげで魔術の幅がかなり広がった疾でも、事前に十二分に準備をしたところで、自身の急所から狙いを外すだけで精一杯だというのだから、うんざりする。
母親じゃあるまいし、人間やめて冥府に仕えているような頭のおかしい人間の動向を楽しめるほど、疾はまだ余裕が無いのだ。
(で……また訓練か?)
このタイミングでの地獄で鬼ごっこはやや困る、と思いながら文を確認すると、鬼狩りの業務確認が必要だから、明日の放課後、指定の場所に、瑠依も連れて来いという内容だった。
「瑠依……あー、あいつか……」
彼と最後に会話を交わしてから大変濃い日々を送っていたため、普通に忘れかけていた。そういえばあの少年も研修を終えたばかり、疾と同じく今後の業務について任命があるはずだ。どうせなら2人纏めて、という事か。
(…………)
なんだか、嫌な予感がした。




