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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
5章 『疾』
106/232

106 先手必勝

「おいおい、笑わせるじゃねえか」

「ぐ……っ」

「うぅ……っ」


 呻き声に未だ悔しげな色が残っているのを聞いて、疾はにこりと笑んでみせた。背中を踏みつけていた足に力を入れる。


「数の暴力で彼我の差とやらを見せつけるつもりだったんだろ? だってのに、随分愉快な様を見せてるじゃねえか」

「この、卑怯者……っ」

「一対多でワンサイドゲームっつう絵面を描いた張本人から卑怯者扱いされるとは斬新だな。ま、卑怯な真似をしてもなお床に這いつくばってる負け犬の遠吠えなんぞ、痛くも痒くもねえが」


 小馬鹿にするように笑って、疾は飛んできた水球を目もくれずに異能で打ち消した。戦闘中に何度も行われた、「魔術が銃弾一発で打ち消される」という現象に、魔術師たちは顔を歪める。


「くそっ……」

「どうした? こんなちゃっちい魔術しか扱えないてめえに嫌気でも差したか?」

「っ……」


 段々と泣きそうな顔になってきた。事実を突きつけられた程度でなんとも繊細なものだ、と疾は呆れた。


「つーか、お前らいくらなんでも恥ずかしくねえの? 魔力量はそれなりにあるっつうのに、使えるのは中級魔術まで、それも魔法具の補助と詠唱必須。魔力変換効率が悪すぎて威力もちゃちい。銃でも使った方が早いだろ」


 ついでに本音8割追い打ち2割で言ってやれば、更に泣きそうな雰囲気だ。……現代社会で魔術師が脅威になるには、最低限重火器と同等の火力と利便性が必須だと思うのだが。


「嬉しそうに火の玉飛ばして自分は特別でございって、厨二病じゃあるまいし。たかが技術に何を特別感出してんだ、お前ら」


 詠唱は魔力の具現化を補助するため、イメージを強化しやすいようにくみ上げた言葉の羅列だ。術や魔法ならばともかく、完全マニュアルシステムたる魔術において美辞麗句は全くもって意味がない。だというのに彼らの詠唱は、はっきり言って無駄に厨二病を極めた感があって、大変痛々しい。


「いい年した大人が嬉しげに寒々しい台詞吐くなよ、聞いてるだけで恥ずかしくなってくる」

「うる……さい!」


 やけ気味に叫んだ魔術師から、魔力が吹き上がる。描きあげられた魔法陣は、おそらく疾が彼らを煽っている間に組み上げたのだろう。中級魔術としてもそこそこの威力を持つ攻撃魔術に、疾は肩をすくめた。


「やれやれ、本当に恥ずかしい奴」


 解析した魔法陣の核を、異能で破壊する。そのまま魔術師の腕に魔力弾を撃ち込めば、耳障りな悲鳴を喚き散らされ、疾は顔を顰めた。


「そんなもんちまちま編んでる間に、てめえら何回殺せるのかっつう時間がかかってるぞ。試験じゃあるまいし、お行儀よく受け止めてやる義理なんざねえわ」


 疾の言葉に、ようやく現状への危機感を抱いたらしい。顔を強張らせた魔術師たちを見て、そろそろ仕上げに入る頃合いと判断する。


「さて。出張ってきた番犬ども、そろそろ諦めが付いたか?」


 言いながら、疾は銃の引き金を引く。無造作な仕草に見せかけて、正確な計算の元に撃ち抜いたのは、近くで地に伏していた魔術師の握る通信用魔道具。


「次は飼い主に助けてと泣きつくのかよ。とんだ番犬もいたもんだな」

「っ、この」


 揶揄する言葉に気色ばんだ魔術師達は、しかし次の瞬間凍り付く。

 フロアを覆い尽くす巨大魔法陣に、青醒めた顔を引き攣らせる魔術師達に、にこりと微笑みかけた。


「さて。魔力は底を尽き、身を守る魔道具は何もない」


 指を鳴らして、捕捉していた魔道具全てを破壊してみせる。ますます血の気を失う魔術師達を悠然と見下しながら、疾は銃を構えた。


「ま、精々知恵を絞って生き残って見せろよ? ここまで来て犬死にじゃ、つまんねえし?」


 軽く跳躍して、窓枠に足をかける。懇願するような眼差しに、これ見よがしに作り上げた笑みを振り撒いた。


「──じゃあな、雑魚共」


 窓を蹴って飛び降りると同時、フロアの魔法陣が強く輝く。床も天井もなく崩れ落ちていく中、悲鳴を上げながら瓦礫に呑み込まれていく魔術師達を一瞬だけ視認して、疾は手持ちの転移魔術を刻んだ魔法陣を起動させた。

 足場を踏みしめてバランスを取った疾は、片手で庇を作って眼下に視線を向けた。先程ワンフロア丸ごと崩し落とした魔術師達は、予め下の階に用意しておいた緩衝魔術、転移魔術の連続展開で足元の──最初に攻撃を仕掛けた──ビルに落としてある。火事だ爆発だと未だ混乱が残るフロアにプライドをへし折られた魔力枯渇の魔術師が降ってきたとあれば、さぞ慌てふためいているに違いない。

 軽く指を振って、通信魔術を起動する。半透明のスクリーンが浮かび上がり、怒号飛び交うビルのワンフロアが映し出された。怪我人も放りっぱなしで右往左往する様子に、自然と笑い声が漏れた。


「くくっ。無様だなあ?」


 画面の向こうで、動きが止まる。声の方向を振り返った人々が阿呆面を晒した。……この状況で他者の造形に意識が逸れている辺り、こいつら実は生存本能がどうにかなっているのではないかと思う。


「初めまして、魔導騎士団の諸君」


 にいと笑って、疾はひとつの魔道具を取り出した。視線がそちらに集まるのを視認しながら、足元に魔法陣を編み上げていく。


「襲撃に心当たりのある奴もない奴もいるだろう。自業自得の組織にかける言葉なんざありはしねえが……今てめえらが無様を晒す切欠である俺から、ささやかなプレゼントだ」


 魔道具をスクリーン目掛けて放り投げた。予め組み込んであった物体転移の魔術が発動し、魔道具が彼らの足元にぽとりと落ちる。彼らの視線が落ち、疾から逸れた。


「精々」


 足元の魔法陣に魔力を供給する。淡く輝く魔法陣に更に魔力を流し込みながら、疾は笑みを深める。


「人体実験なんざ悪趣味なもんに手出しした自分と」


 魔法陣が強く輝いた。その頃には発動しない魔道具から意識を外し、疾の、頭上の魔術の気配に身構える魔術師がちらほら現れているが──遅い。


「この俺を、その材料にしようなんざ思い付いた阿呆共を呪いながら──」


 魔道具を遠隔操作で発動。閃光と爆音に視覚聴覚を奪われた彼らに、聞こえないと分かっていながら言葉を結んだ。



「──組織もろとも、崩れ落ちろ」



 ビルが、真っ二つに折れた。


 柱ごと綺麗に折れて地面へと滑り落ちていく上層階と、黒煙を噴き上げて燃え上がる下層階。どちらであろうと、機材も資材も、人材すらも灰燼に帰す問答無用の破壊行為。

 反動で空中に放り出された疾は、最後の一手として銃の引き金を引き、魔術を発動させた。一瞬だけ空を見上げ、不敵に笑って見せる。


「緒戦なもんで地味で悪ぃが、及第点にゃなるだろ?」


 その場で組み上げられたあらゆる魔術を無差別にジャミングする魔力波が四方八方に発される直前で、疾はその場を離脱した。



***




「……ふー」


 マンションの一室に無事帰還した疾は、息を吐いてベッドに腰掛けた。


「ま、こんなもんか」


 余りにも上手くいきすぎたが、最初はこんなものだろう。今後は警戒されるため、もう少しシナリオから外れる事も増えてくるはずだ。


「とはいえ、……お袋の言う通り、単純すぎるだろ」


 これまで疾が同格以上の相手と戦う場合、幾つもの可能性を計算しながら、都度相手の動きを見て対応していた。だがその結果、知覚してからでは間に合わない攻撃に対してはどうしても後手に回ってしまい、少なからず怪我を負っていた。

 それらをより早く対処する方法についてばかり、意識が向いていたが……そんなもの、普通に考えて一朝一夕にどうにかなるものではない。

 焦りに気付いた疾は、割り切って選択肢を絞った。

 言動で、視線で、状況を、相手の感情を操る。そうして視野を狭くし、目の前にひとつしか選択肢がないように思い込ませる。最終的に敵が自分で選んだと思った時には、疾の反撃体勢が整っているという寸法だ。


 ……プライドの高い相手ならこれが一番有効だろうとひたすら煽りまくってみたのだが、予想以上に効果抜群だった。イラッとさせるだけでここまで思考が単純化するとは、やってみた疾ですら驚いた。

 一応他の手法も用意していたのだが、魔術師は総じてプライドも高いし、今後も要らなさそうである。魔法士幹部ですら割とあっさり騙されていたし、しばらくは「性格の悪さ」というカードだけで戦えそうだ。


(面白えしな)


 自覚はしていたが、言葉ひとつで相手が翻弄される様に楽しさを覚える辺り、大分性格が捻くれているとは思う。今更でもあるが。


 とはいえ、課題はまだ残っている。


 常時相手の動きと感情の揺らぎを誘導し続ける必要があるこの戦法は、普通に考えれば正気の沙汰じゃない。そこまで人間は機械のようになれない。

 だが、疾はそれを可能にする方法を編み出していた。


 身体強化魔術の応用。


 本来可能とされる以上の運動パフォーマンスへ引き上げるこの魔術は、戦闘に使用するにあたり運動だけでなく知覚──動体視力などを引き上げる手法が多用される。早く移動しても敵を見失わないよう編み出された技だが、この難易度が高く、結果身体強化の実戦導入を諦める魔術師は少なくない。

 しかし、そのハードルをあっさりと飛び越えた疾は、そこにもうひとつの可能性を見出した。──「知覚」という神経を強化できる以上、「思考」、つまり脳神経も強化できるのではないか、と。

 聞くものが聞けば血相を変えそうな荒業は、結果だけならば成功している。現に今回、一対多で戦っている間ずっと、疾はそれを使いこなして見せた。

 擬似的に、母親とほぼ同等の思考力を操る──それでも精度や速度でまだ敵わないというのだからやってられないが──魔術を駆使して、100人を超える魔術師を手玉に取ってみせたわけだが、勿論なんのリスクもなく出来るわけが無い。


「あー……やっぱ、疲れる」


 疾はぼやくように呟き、ベッドにだらりと倒れ込む。ゆっくりと目を閉じた。

 戦闘に一度用いただけで、まともに身体を動かせないほどの精神的疲労に苛まれてしまう。それほどに、尋常でない反動が出る魔術だった。


(もうちょっと……使用時間を絞って……魔力量の調整もして……負荷、減らさねえと……)


 うとうとと意識を浮き沈みさせながら、疾は小さく笑みを浮かべた。


(ま……慣れもあるだろ……戦いは最初の一撃が肝心……だし……)


 まずは、楽しみながら敵をひとつ潰せたことを喜んで、休養に努めた。


(……これから、だからな)


 まずは、初陣の成功を喜んで。疾はまどろんだ。



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