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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
5章 『疾』
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105 破壊工作

『もう1つ、疾が勘違いしていそうなことを教えておくわ』

『何だ?』

『普通の人はね、感情と理屈を切り離して考えられないのよ』

『……は?』

『だからね。感情的になると、直ぐに思考は単純化するわ』



***



「さーて、と」


 双眼鏡を覗き込み、疾は口の中で呟いた。


 日本に帰った疾がまず行ったのは、ネットを利用しての情報操作だった。とある組織の情報をあからさまに探り、その一方で別の組織の機密情報をハッキングした痕跡だけを残す。また、ある組織のデータを流出させ、別の組織が下手人のように見せかける。

 ──たったそれだけで、魔術師関連の組織はこぞって小競り合いを始めた。


(チョロすぎ)


 混乱に便乗して欲しい情報をさくさく集めた疾は、敢えてそれらの紛争に裏があると臭わせた。そうして釣り上げた一部の魔術師達に、疾の存在を見え隠れさせる。証拠は絶対に残さぬまま、怪しまれるようにうろうろして見せた。


 すると、その動きに反応した組織が、2つ。


 1つは、魔術師連盟。この世界最大の魔術師集団だ。当然のように後ろ暗いことも手を出しているが、それでもまだ比較的良心的な部類。少なくとも、人体実験をおおっぴらにするほど阿呆ではない。

 もう1つは、魔導騎士団。こちらは魔術師連盟とは正反対に、いっそ清々しいほど隠し立てせずに魔術による人体強化や人体実験を行い、非人道を地で行く組織だ。

 前者は紛争の鎮静化と真相把握のため、後者はこの騒ぎに乗じて疾を実験動物として捕まえるため。こそこそと探り始めたのを確認した疾は、一気に準備を進めた。


 そして、今に至る。双眼鏡を改めて覗き込んだ疾は、余りに上手くいきすぎた状況に笑いを堪えるだけで必死だった。


(アホだ、アホがいる。ちょっとでも腹を探られたら痛いところがありますよと喧伝してる連中も、この騒ぎに紛れたら犯罪を犯してもばれねえと確信してる連中も、アホだろマジで)


 はっきり言って、疾がやらかしたことと言えば、個人情報にすら抵触しない魔術データのほんの一部を流出させただけだ。一般人が見たところで魔術との関連性を欠片も見出せず、魔術師が見ても欠伸を漏らすような基礎知識。毒にも薬にもならないそれらがデータバンクからこぼれ落ちただけで慌てるのは、大元に知られてはマズイ情報があるから。それが一般人への情報秘匿のためだというのならばまだ救いはあるが、この慌てようは明らかにそんな綺麗事ではない。

 つまり、この紛争と疾への報復行為は、見事な自白でしかない。


(都合良過ぎる)


 今回疾が狙ったのは、魔導騎士団の分団。人体実験に特化した、魔術の闇をこれでもかと煮詰めた組織を幾つかピックアップした。彼らはこの騒ぎに便乗し、疾を騒動の現況逮捕という名目で、実態は実験素体として、捕縛しようと動いていた。そこに、探りに対するカモフラージュと釘差しを兼ねて、魔術師連盟の中でも焦臭い小組織をひとつふたつ加えておいた。

 現状で彼らがどの程度、疾の情報を探れるのか試金石とさせてもらったのだが……結果は「日本のどこかにいる」のみ。お粗末な情報網だなとも思うが、まだ彼らも本気を出していないということだろう。何だかんだ言って、彼らから見た疾は、情報操作の能力を持ち過剰防衛が過ぎる要注意人物でしかない──「まだ」。


(ま、それも今日までだな)


 双眼鏡の先で標的が忙しなく動いているのを確認しつつ、疾は唇の両端を持ち上げた。


 これから疾が行うのは、文字通りの破壊活動。組織を根元から破壊し、灰燼に帰す。これまでのように過剰防衛などという言い訳すら許さない、疾自らが行う攻撃だ。

 今まで作り上げてきた非常識な依頼遂行者という肩書きは、周囲に警戒と同時に信頼も与えていた。「非常識だが依頼は果たす、フリーの異能者」というそれは、個人で動く為に最適化させた認識だ。

 だけど、もうそれだけでは満足しない。狂人扱い、ではまだ足りない。


 ──総帥を、魔法士協会を潰す理由は、絶対に明かせないのだ。


 疾個人の私怨はばれても良い。どうせこの異能は何処に行っても付け狙われるし、それに対して徹底的に叩き潰す覚悟はとうに決めた。

 けれど、もう1つ。


 ──疾が「疾」で居続けるために失えない、「家族」という居場所を守る為。この理由だけは、勘付かれるわけにはいかない。


 総帥はともかく、周囲にそれを悟られれば、その瞬間疾は最大の弱点を抱えることになる。盾に中途半端に意識を割けば、矛は鈍る。

 疾の父親が築き上げた防衛態勢で対処しきれない敵が、家族に牙を剥かないように。それらの牙を、全て、疾個人に向ける必要がある。

 本来であれば攻守共に整える筈の力を、攻撃に特化させることで、強固な要塞すら破壊する砲撃とする。一歩間違えれば丸ごと瓦解するだろうそのシナリオを、疾は既に王手まで描き上げている。あとは、1つ1つ駒を進めていくだけだ。


 そのための、最初の布石。


 疾が、非常識な異能者が、ただの個人的な感情で魔法士協会と敵対しても納得されてしまうほどの──狂言を、鵜呑みにさせるための一手だ。


(日頃の行いは大切だ、ってか?)


 自分で自分の発言を嘲笑いながら、疾はポケットからひとつ、魔石を取り出す。

 日頃の信頼がどんなに容易く脆く崩れ去るか、疾はその身で体験した。けれど、人が人を判断する時、基盤となるのはやはり、日頃得ている情報だ。

 その基盤にどのような情報を付加させれば、どういう答えへと繋がっていくのか。どんな印象が、相手の思考を納得させるのか。計算尽くで、気まぐれな暴虐を生み出せる。

 ……冥府に関わった身で考えることでもないが、本当に、碌な死に方はしそうにないなとは思う。まあ、どうせ将来ろくな目に遭いそうにないのだから、深く考えるだけ無駄だろう。全てを見通すだけの「目」を作り出せる疾だが、生産性のないことに要らないエネルギーを費やす気も無い。


(さて、どーすっかな)


 魔石に刻んだ魔法陣──空間圧縮の魔術を操作し、どこぞの魔法士幹部がやっていたように虚空からひとつの魔道具を取り出しながら、疾はどうでも良い思考をつらつらと連ねていく。

 ライフル型の魔道具は、今回の為だけに試作した武器だ。使い捨てするのは、敵方にこちらの手札が無数にあると錯覚させるための小細工でもある。二丁銃もそれなりに使い勝手は良いが、戦略的には案外幅が狭い。

 さくさくとライフルを組み立てつつ、疾の思考は今回の一手を今後に繋げるための、大層どうでも良く重要な問題に焦点を当てた。


(この破壊工作を、何と呼ぶか……報復? 自己防衛? どーも弱気だな)


 言葉選びというのは遊びでしかない、と疾は思っている。端的に情報を伝えるための手段と捉えるならば、この思考は最高に無駄極まりない。

 だが、どうせ人生など、無駄の連続が積み上がってダラダラと流れていくのだ。だったら疾も、無駄や茶番を楽しんでいこう。

 折角選ぶなら、より効果的に言葉を操らねば勿体ない。


(攻撃は端的、正義は流石に虚言が過ぎるし……苛立ち紛れ、はただの子供だな)


 脳内辞書のページを繰りつつ、ライフルのスコープを覗き込んで獲物に狙いを定めた。全体の動き、魔術防壁の強度、引き金を引いた結果の調整。刻んだ魔術を細かく微調整しながら、疾は思考を遊ばせる。


(もっとこう、何を考えてるのか分からねえ感じだな。テロリストは今更だが、そもそも宗教思想なんかこれっぽっちもねえし……理解不能だけど危機感持って、かつ必死こいてないで楽しんでいる印象……となると、あれだ)


 引き金に指をかけ、疾は結論を口に出して形にする。



「──趣味」



 高層ビルのワンフロアが、火の海と化した。


 フロア内の引火しやすい薬品庫を遠距離で発火させ、事前に設置していた魔術で風を引き起こして一気に広める。室内のスプリンクラーが一斉に作動したのをスコープ越しに確認して、疾は左手を伸ばし、スイッチを押した。


 爆発音。


 火災発生源であるフロアの上下階で、事前に設置しておいた爆弾を爆発させる。窓ガラスが派手に吹き飛び、周囲の機材に引火して小爆発が何度も繰り返された。吹き上がる炎がスプリンクラーにより消化されるにつれ、煙が室内に充満し、人々の視界を奪っていく。

 中からも外からも視界不良という状況にも構わず、疾は再び引き金に指をかけ、発砲する。一度、二度、三度と引き金を引く度に、銃口を向けた先の機材が、金庫が、書棚が弾け飛び、誘爆された魔術が屋内で暴走する。


「さてと」


 ひとしきり混乱を引き起こした疾は、その様子をスコープ越しに覗き込んで確認した後、身を起こした。笑みを浮かべつつ、斜め後ろに3歩、後退する。


 耳障りな音と共にライフルが弾け飛んだ。少し間を置いて、遠くから反響音が耳に届く。


(西に10メートル、下方3メートル──あそこか)


 攻撃の起点を特定した時には、疾は足元に展開した魔法陣に銃弾で魔力を供給し終えていた。魔法陣が輝き起動すると同時に、躊躇無く屋上の淵から仰向けに飛び降りる。


 ライフルを攻撃した魔術の使い手の居場所に大きなクレーターが出来ると同時、数瞬前まで疾がいた屋上に魔術が幾重にも炸裂し──置き土産の魔道具が誘爆を引き起こした。

 トドメを刺すべく着陸した魔術師達が慌てふためく様子に笑みを零し、疾はビルに向けて発砲した。窓ガラスが割れ、疾の身体が磁石のように吸い寄せられる。


「っ、と」


 やや強引な魔術の併用で部屋に飛び込んだ疾は、受け身だけで衝撃を殺して立ち上がる。視線を上に向け、挑発の声をかけた。


「どこ狙ってんだ、ノロマ」


 四方八方囲むように、疾のいるフロアの窓が破られた。雪崩れ込むローブ姿の魔術師達に、疾は笑みを深める。


「これはこれは。たった1人相手に、随分と丁重な歓迎だな?」


 悠然と。この程度の人数など敵にもならないと言わんばかりに、疾は斜に構えて言葉を紡いだ。


「──ここ最近、魔術師組織を荒らしていたのは貴様だな」


 問いかけの形を取りながらも断定の響きを持つそれに、疾は小馬鹿にするように笑ってみせる。


「何がおかしい!」

「何が? はっ」


 鼻で笑って。疾は手に持つ銃をわざとらしく肩に乗せる。軽く弾ませる仕草に、周囲は分かりやすく殺気立った。


「自業自得だろ? 疑心暗鬼を募らせて、互いが互いを敵視して自滅を繰り返しただけじゃねえか。端から見てると滑稽でしかなかったぜ」

「貴様が蒔いた種だろう!」

「大事に大事に水やりして花咲かせたのはてめえらだろ? たかだか情報が少し流出しただけで瓦解するような、杜撰な組織運営で回してた馬鹿共が吠えんなよ」

「何を……!」


 言葉を交わせば交わすほど、いきり立つ連中に失笑を禁じ得ない。これしきの暴言で平静を失うようなヤツが、よくもまあ人体実験などというたいそれた真似をしようとしたものだ。


(ああいや、馬鹿だからんなもんに手ぇ出すのか。後先考えてねえってか)


 考え直してもう1度失笑を漏らし、疾はぐるりと連中の顔を見回す。ゆっくりと、見せつけるように口を開いた。


「ま、別に良いさ。小細工程度で自滅する雑魚集団に、俺の時間をそう長々と割いてやる価値なんざねえし。そのままさっさと壊滅しやがれ」


 そう言って、にい、と笑って見せる。場の空気が分かりやすく、怒りという色一色に染め上げられた。


「この状況でまだ抜かすか……それとも、彼我の差が理解出来ない愚か者か?」

「馬鹿に馬鹿と言われるとは、なかなか斬新な経験だ」


 あしらってみせれば、全員が怒りを宿したまま、杖を構える。魔力が不穏に場を揺らした。


「分不相応な発言を後悔するが良い──もっとも、後悔すら出来ないかもしれないがな!」


 そう吐き捨てた魔術師の言葉を皮切りに、各々が魔法陣を疾に向けて展開する。


(さて。ここまではシナリオ通り)


 内心呟いて、疾は内心で嘲笑う。小馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま、疾はゆっくりと銃を腰だめに構えた。


(あとはこの茶番を、どこまで効果的に演出できるか──)


 魔術の才も、術の才も、異能の才すら無い。

 一般に埋もれて終わるはずの疾という一個人が、魔法士協会という巨大組織すら脅かす怪物に成りすます為の第一歩。

 虚を実に、実を虚に。

 手品師のように、道化のように、茶番を、奇跡へと欺き演じる。

 賭けるもの(bet)は、己の命。


(──せいぜい、楽しませてもらうぜ)


 戦いが、始まった。


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