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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
5章 『疾』
103/232

103 天才

 その後。

 母親たっての希望で、父親一人が先に場を離れた。


「ここから先、俺が教えることは殆どない。だが互いに情報共有や研鑽し合うことは出来る。いつでも連絡しろ」


 そう、一人の魔術師として認める言葉を残されたことを喜ぶ間もなく、疾は微笑む母親と静かに対峙していた。


(……これは)


 背筋を、ひやりとした汗が伝う。笑みを、眼差しを見てすぐに悟る。


「疾」

「……何だよ」


 ──この人は、今、自分の母親ではない。


「なんだか、こうして話すのは久しぶりかしら」

「……そうだな」

「今は会話にクッションを置く必要は無いわ。時間の無駄です」

「……」


 ──そして自分も、今、この人の息子ではない。


 スイッチが切り替わるように、疾の口調が変化する。


「何か確認したいことでもあるのか」

「貴方が、お父さんの前では問いかけに答えたくないからよ」

「答える言葉がなかった」

「それは貴方の中に答えがないの」

「答えはあるが、言葉にする価値がないんだ」


 感情の切り離された言葉が、羅列される。無感情な眼差しと、無感情な微笑みが、交錯する。

 こうした会話は、彼らの間で時折行われる。徒人とは解離した──かけ離れた思考回路を、母から引き継いだ疾の為に。


「お父さんの課題は簡単にこなせるのに」

「課題と探求は別物だ」

「本当にそう思う?」

「与えられたものと求めるもの、違いは存在する」

「どちらも与えられたものでしょうに」

「……」


 つくづく、思い知らされる。


(才人の、基準か……)


 誰に何と言われようと、疾にとっての「天才」は、目の前にいるこの女性だ。

 自分は、そうではない。限りなく近づけても、辿り着くことは出来ない。

 どこまでも、疾は、凡人だ。


「──違うわ」

「……、いきなり思考を読むな」

「ほとんどの人間の思考なんて、読み取れてしかるべきよ」

「……」


 何の迷いも無く言いきられた言葉に、疾は息を詰める。

 けれど、続く言葉に驚いた。


「読み取れないのは、心だわ」

「感情の方が、構造が単純な分、読みやすいはずだが」

「違う。単純なものは、どこまでも止まらない。だから、どこまで行くのか読めない。構造なんて、形を保てる範囲でしか構築できないでしょう?」

「……?」


 何かを示す言葉に、引っかかりを覚えた。疾が視線を向けた先、女性が小さく首を傾げる。綺麗な、作られた仕草だ。


「ねえ、疾。違うのよ」


 話題を引き戻し、疾に微笑みかける女性は、ただただ連ねる。


「貴方は、私達は、違うの。見えているものが、思考が、流れている時間が違う。──この世界は、貴方が思う以上に盲目で、貴方が思う以上にゆっくりとしか、動かないの」

「……」

「異能の有無など関係無く、見えている景色が、違うのよ」


 だから、と。女性は続けた。


「だからね、疾。そんなゆっくりとした時間の中、どれだけ意味もなく渦巻く感情が、どんな風に暴走すると思う?」

「どういう──」

「人はね、時間が在ればあるほど、余計な事を考えるの」

「……」

「私達も、例外ではないわ。だって、暇でしょう?」


 ──暇。

 この女性は、そう言ったか。

 魔術師に追われ、魔法士と敵対し、鬼狩りとしての能力を求められる疾の現状を、暇と。


「俺は……」


 時間が足りない、と思っていた。

 欲しい力を手に入れるための、戦う準備をするための時間が、足りないと。


「だから、焦っていたの?」


 くすり、と女性が笑う。


「謙虚なものね」

「っ、何を」


 他人事の様に、と食ってかかりそうになった疾は──



「えい」

「…………」



 ──……唐突に人差し指を伸ばして眉間を押さえてきたいい年の女性に、いっぺんで気勢を削がれた。


「……何してんだ、お袋」

「え? なんだか、疾が怖い顔をしているから」

「…………」


 深く溜息をついた疾に構わず、母親は続けて頬をつまんできた。


「おい」

「うーん……疾は真面目ね」

「対外的な評価は、その真逆なんだがな」

「あら、そんな筈はないわ」

「どういう……というか、いい加減手離せ」


 緊張感の名残すらなく、疾は会話の間も頬を弄り続けていた手をぺいっと引き剥がした。やや不満げに手を引っ込めた母親は、軽く首を傾げる。結い上げてもなお腰まで伸びる髪が、さらりと靡いた。


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