102 魔術師たる
「……」
しばらく疾の様子を眺めていた母親が、小さく首を傾げる。
「それで? 確認したいこと、って、何かしら」
「……?」
少し驚いたように、父親が母親を見下ろした。視線に気づいて、母親が不思議そうに首を傾げる。
「だって、疾、これが本当に確認したいことなら、わざわざ手間を掛けて端末にまとめたりはしないでしょう。限られた時間で情報共有するための下準備としか考えられないわ。これだけだったら、暗号化して送れば確認できるじゃない」
「……」
「……」
相変わらず自分を基準として語る母親に、男二人は無言で顔を見合わせた。
「……まあ、合ってるけど」
疾としても、これだけのために両親を呼び出したりはしない。とにかく忙しいこの2人に、親子喧嘩じみたやりとりのために時間を取るなど──両親がいちゃつく時間を奪うなど、そんな蛮行を犯すほど馬鹿でも無謀でもない。
一つ息をついて意識を切り替えた疾は、父親にまっすぐ目を向けた。
「前に言ったな、親父。俺はまだ魔術師と名乗るなと」
「……ああ」
「これでも?」
部屋が、常人には見えない光で溢れた。
魔力が四方八方に走り、文字を図形を描いていく。複雑で奇妙な、それでいて整然とした複雑な回路を構築しながら、疾を中心に円形に花開く、それ。
「……!」
父親が息をのむのを見て、疾はようやく、少し笑みを浮かべられた。
「魔術とは世界に干渉する理。魔法陣は世界に干渉するための情報媒体。普遍性、結果の同一性を優先した、「個性」の存在しないそれが魔術書に記される。──じゃあ、どうして魔術師は「探求者」であり魔術の研究を、神秘の追及を行うものとされるのか」
誰もが扱える知識を生み出す傍らで、徹底した個人主義を貫く理由は。
「それが、魔法陣をただ発動するだけの「魔術を扱うもの」と「魔術師」との違い。──魔法陣と自らとの相性を見極め、より自在に操れるよう魔法陣に「加筆」する。そこまで出来て初めて、魔術を探求するものとして認められる。さらに」
そこで言葉を切り、疾は魔法陣に魔力を流す。淡く輝いていた魔法陣の光が増し、そして──魔力が、脈動した。
魔力が少ないはずの疾の魔力回路から、溢れるように魔力がにじみ出す。
「加筆における共通点は、本人の魔力回路との相性に帰結する。だから、あるはずなんだ。それぞれが「個」を確立するための、唯一の魔法陣が。これは、本人の魔力を大幅に増幅し、より少ない魔力で大きな魔術を操れるよう活性化する力がある」
にっこりと笑って、疾は言葉を結んだ。
「この魔法陣を基礎として、あらゆる魔術を操ること。それが、魔術師の魔術師たるゆえんだ。採点どうぞ、親父」
「……、」
目を奪われたとばかりに疾に視線が釘付けになっていた父親が、ゆっくりと息を吐き出した。そして、めったに見せない、会心の笑みを浮かべる。
「──満点だ。よく、たどり着いたな」
「誰かさんが出し惜しみしなければ、あと半年は早く気づいた気がするけどな」
照れ隠し半分にそう言って、疾は魔法陣を消した。魔力の余韻がかき消える中、そっと息を吐き出す。
仮説自体は、前からあった。魔力が少ないせいで魔法陣の加筆をしなければ魔術を扱えない疾は、加筆の手間を減らすために共通点をかき集めていた。そこに法則性があるような印象を受けた疾は、一つ一つ試し続けていたのだが──時折、奇妙に魔力が揺れるのに気づいた。
そこからは、より魔力の流れに合う揺らぎを求めて作図していくだけの作業ではあったのだが……その意味に気づいたのは、今回術について学んだからだった。
「ようは、世界に働きかける土台だよな」
「そうだ。場に左右されない、個を世界に認めさせる鍵。後はそこに魔力線に合わせて働きかければ、魔術は発動する」
「見つけ出すまでがひたすらトライアンドエラーなのが、ちょっと面倒くさかった」
「それは、どうしようもないさ」
肩をすくめた疾に、父親が少し苦笑する。穏やかな空気が流れる中、いつでもどこでもマイペースな母親がおっとりと口を開いた。
「アルゴリズムを組んで走らせれば、あっという間に終わりそうな気もするけれど」
「……それだと、魔力との呼応が分からないんじゃないか?」
「あら、それもそうね」
「……」
相変わらず、思考回路がちょっと斜め上を突っ走る人だと、父息子は視線だけで頷き合うのだった。




