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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
5章 『疾』
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101 干渉の理

 ──術とは、世界に満ちる力を操るすべである。

 突き詰めれば世界の再編成にも繋がる技能ではあるが、世界への深い理解が必須である以上、人間として制約を受ける。存在する、あるいは存在しない万物全てを理解出来る人間など、この世にいる筈が無いのだから。

 だが、裏を返せば世界を理解するほどに精度が上がる術というのは、年月を経るごとに磨き上がっていく。

 だからこそ日本の術者たちは、旧い知識を連綿と引き継ぎ、新たな「理解」を得ようとする。その作業は、言い換えれば術を介して世界を理解する作業でもある。

 この点においては、術者と魔術師のあり方は非常に似通っている。魔術もまた、魔法陣を介して世界に介入する仕組みであり、世界に存在する「神秘」を探求する作業だ。


 では、術と魔術はどうして別物と扱われるのか。


 術と魔術を分けるのは、一般には「力の質」と言われている。術を操るのは霊力、魔術を操るのは魔力と線引きがなされ、互いに不可侵のものとされている。

 その理由は性質の違い、となっている。

 例えば、単純に火をおこすだけであれば魔術の方が威力が高い。しかし、対魔物においての威力は術の方が遙かに高い。

 言ってしまえば、魔術は対人対物、術は対魔に特化している。そしてその二つは概念上矛盾するからこそ、相容れないものとして遠ざけられている。

 うかつに手を伸ばせば発狂し、あるいはどちらもを信じられずに術者、魔術師としての力を失うことになるからだ。


 だが。


 もし、世界に存在する「情報」と、世界を構築する「概念」を、どちらも矛盾なく受け入れ、理解できたとすれば。魔術師が術を扱うことも、術者が魔術を扱うことも不可能ではない。

 しかし、それでも本来の領分を超えて使いこなすことは、極めて困難だ。


 なぜならば。魔術と術の、最も大きな違いは──その、構築システムに存在する。




***




 目が覚めた時には、疾は自室のベッドの上だった。


 「……。あの、野郎」


 ぐしゃりとシーツを握りしめ、疾は吐き捨てる。

 乱暴に上掛けをはぎ取り、上体を起こす。抵抗無く起き上がる身体に舌打ちを漏らし、勢いよく立ち上がった疾は、携帯端末を掴み取り、必要以上に力を込めて操作した。


『今日は随分と連絡が早いな。何かあったか?』

「確認したいことが出来た」

『……。今日は仕事が立て込んでいる。待てるか?』

「良い。その間に整理しておく」

『分かった』


 通話が切られた。口調からこちらの心情を慮ったらしい父親の簡素なやりとりに、疾は再び舌打ちをする。苛立ちを吐き出すように、深呼吸を1つ。


「……さて」


 低い低い声で呟き、疾は魔術書を置いてある本棚へと足を向けた。






 4時間後。

 両親が揃って出迎えた先で、疾は両親に向けて端末を投げつけた。

 物を粗雑に扱う様に父親が眉を顰めて窘めるより先、母親が端末をキャッチしながらのんびりと首を傾げた。


「あら。疾ってば、随分ご機嫌斜めなのね?」

「「…………」」


 見事に気勢を削がれ、父息子は揃って溜息を漏らす。その場で腰を落として胡座をかくと、2人に促した。


「日本に行ってから学んだ範囲で纏めた考察だ。間違ってたら指摘してほしい」


 両親は顔を見合わせ、しかし何も言わずに疾の要求に応えた。


 疾がこれまで学んできたのは、純然たる魔術だ。父親による独自の解釈が組み込まれまくった異端の代物ではあるが、それでも魔術……対物理に特化した、世界の「情報」に干渉することで奇跡を起こす技術についての知識だった。

 そして、魔法士協会と敵対するに当たって学んだ知識では、彼らがそんな異端の知識に対応すべく、魔法と魔術を区別した──運用方法での区別である。


 それは、つまり。


「……ここまで早く事実に辿り着くとは、思わなかった」


 やがて端末から顔を上げた父親が、静かに息を吐き出して言った。その言葉に、疾は顔をしかめる。


「やっぱり、わざと黙っていたのかよ」

「術の適性はないと判断していた」

「その結果、知識を誤って運用していたとしてもか」


 これまで父親に対して、ここまで食ってかかったことは疾の記憶でもほとんどない。それでも、これほど重要な情報を伏せられていたことに苛立ちを隠せなかった。


「魔術は魔法陣を介して、世界の情報を引き出す。魔法は魔力を放出し、使い手の想像に従い性質を帯びる。けれど魔術師の想像はあくまでも魔法陣とその結果に依存しているからこそ、魔法もまた魔術に分類される」


 そこで一つ区切り、疾は吐き出すように続けた。


「……術は、霊力を世界に投射し、世界に現象を引き起こさせる。ご立派なことを言っちゃいるが──原理は魔法と、変わりがない」

「完全には一致しない。そこが問題だった」

「ああ、そうかよ」


 ──魔術と術の構築システムの最大の違い。それは、一から十まで使い手が結果を操るか、一から十まで世界を結果に委ねるか、その違いにあった。

 いわばマニュアル作業かオートマ作業かの違いだが、そこには共通点と相違点が多く横たわっている。


「魔法陣には世界に干渉するために必要なすべての情報が書き込まれる。だからこそ、誰もが同じ結果を引き出せる普遍性を──情報の共有を優先した」

「対して術は術者の腕次第、あるいは知識次第。一つの儀式に込められた意味の理解度で引き起こされる現象は左右され、さらに世界との「共感」が大きく影響する。連中がやたらと修行したがるのがこれか」

「一つの目的としてな。術者の世界では、世界という漠然とした概念を具現化するために、精霊という「存在しない知性体」を生み出し、信仰した」

「……知性体に力を借りる、というプロセスを一つ増やしたのか。燃費は悪いが確実だな」

「だからこそ、術者には霊力量が求められる」

「魔法士と同じように、な」


 吐き捨てるように結んだ疾に、父親はかすかに眉を寄せた。


 魔法もまた、魔力を介して世界に現象を引き起こす。そこに必要なのはイメージ──世界に生み出す結果を想像する力とそのための知識だ。

 つまり。魔法と術は、その構築プロセスにおいて、非常に似通っていた。違いは根本に横たわる意識──世界を情報体と見るか神の力が満ちる場と見るか、その程度の事だ。


 更にこれらの知識は、疾にとって大きな意味を持つ。


「俺の異能は「魔法陣」を──魔力で作られた回路を破壊する。だから魔法は破壊できないと判断していた。けど、違う。術も魔法も、霊力魔力と世界情報との間に干渉するための回路が存在する」


 以前、渡った先の異世界で精霊が怯えていた理由がこれだ。元々人間が信仰することで具現化した精霊は、人間との繋がりが失われれば存在を保てない。精霊と術者との間に存在する繋がりを断ち切れる疾の異能は、精霊にとってはそのまま、存在を脅かす力であった。


「要するに、武器の使い道を一つ潰されてたようなもんだ。適性が聞いて呆れる」

「……」


 父親が押し黙る。今まで話を聞く側に回っていた母親が、静かに口を開く。


「疾。お父さんは貴方を信じていなかったわけではないのよ」

「どこがだ。知識の混乱を避ける? 情報制限をしたのは事実だろう」


 腕を組み、母親を睨み付けた疾に父親が反応するよりも早く、母親がさらりと返す。


「疾、貴方が本当に怒りたいのはお父さんではないのでしょう? 八つ当たりはよくないわ」

「…………」

「それに、貴方ももう分かっているのでしょう? 私たちが信じていなかったのは、何かしら」

「っ」

「もしそれも分かっていないようならば、これからについて少し考えなければいけないのだけれど」

「……俺は……」

「疾?」

「……」


 容赦のない言葉の数々に、疾は一度目を閉じて大きく息を吐き出す。感情的になっていた頭が、瞬時に冷やされた。


(相変わらず……容赦ない)


 子供相手であろうと事実を事実と突きつける父親は、世間で理性の権化と、冷ややかな印象を持たれているらしい。だが、実際には情に厚く、言葉が足りないだけであると疾は知っている。本当に容赦がないのは、普段は穏やかで抜けている母親の方だ。……特に、疾に対しては。


(分かってる、けどな)


 疾が本来怒鳴りつけたいのは、散々人を振り回したあげくに知識を押しつけてきた冥官だ。これらの情報は確かに疾の糧となるが、他者から無条件に知識を与えられることを、疾はよしとしない。自身で探求する価値を、両親から教えられてきたからだ。

 何より、一方的に与えられるのならば、せめて魔術の師匠である父親から教わりたかった──そんな、子供じみた我が儘の発露でもある。母親の指摘を躍起になって否定する幼さは、既に手放している。


 そして。疾を急き立てる「焦り」に、この両親が気づいていないはずもなかった。


 ──術もまた、疾に適性はない。


 たとえ理解できても、魔力の少ない疾に術は扱えない。知識は武器だが、術は武器にならない。圧倒的に武器が足らず、結局は振り回されることしか出来ない自身の無力さ故の苛立ちが、視野の狭さを生んでいたからこそ──術の仕組みに、気づけなかった。


(情けねえ……)


 悪循環に陥っている自覚はある。けれど、これほど不利な戦いをどう進めていけばいいのか、考えれば考えるほど泥沼にはまってしまっていた。


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