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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
100/232

100 継承

 疾が次に目を開けると、まるで見知らぬ天井が飛び込んできた。


「っ……」


 息を吸い込んで混乱しかけた頭を冷やす。視線を巡らせると、アジア系の調度品をごちゃ混ぜにしたような、それでいて統一感のある調度品が目に入った。扉は無く、御簾が代わりに降りている。

 まるで見覚えの無い部屋。だが、場に流れる奇妙な力は、どこか覚えがあった。


(ここは……)


「俺の執務室だ」

「っ!」


 頭上から声が聞こえ、疾は跳ね起き──ようとして、横たわっていたソファに沈み込んだ。


「ああ、今は起き上がれないだろう? 無理に動くと転げ落ちるぞ」

「何──」


 疾の状況を見知ったような言葉に、背を嫌なものが撫でた。


(なにを、した?)


 怪我は既に治療されており、痛みは無い。魔力切れも既に回復している。それなのに、身体が自分のものではないように重い。身体が動かなくなるような理由など無い筈なのに。

 視線を巡らせると、冥官が執務机から立ち上がり、疾の横たわるソファに近付いてくるところだった。知らず身を固くする疾に、にこりと笑う。


「異能の使い過ぎだよ」

「は……?」


 至極あっさりと返された言葉に、疾は面食らった。


「疾、これまで異能をメインにして戦ったことが余り無かっただろう?」

「……ああ」


 無意識に避けていたこともあり、確かに疾の戦闘スタイルは魔術と魔道具メインで、異能は不意打ちや示威行為が主体だったかもしれない。ノワールとの遭遇時くらいだが──


(……そういえばあの時も、やたらと眠かった)


「異能の乱用が身体に負荷をかけるようだな。力の流れも少し乱れていたから、医務部じゃなくこちらに連れてきた。ここなら力の制御もしやすいからな」

「何故?」

「見て分かるだろう?」


 問に問で返され、疾は眉を寄せながらも周囲を見回す。あちらこちらに一見無造作に置かれている壺や鏡が、そのまま場を整える陣となっていた。


「しばらくここで休んでから戻ると良い。疾の部屋も随分手入れされているようだが、異能に関しては門外漢だからな」

「……人の部屋をのぞき見るな」

「見てはいないよ。連絡のために飛ばした矢が、場の陣を探知したというだけだ」


 同じだろうと疾は思ったが、何も言わず押し黙る。術を見破られた方の責任だ。


(にしても……)


 冥官から視線を外し、天井を眺める。小さく溜息が漏れた。



 ──改めて、自分の弱さを突き付けられた。


 冥官に課せられた訓練は、確かに非道の極みだとは思う。魔術はまともに通じず、敵は増えるばかりで減らすことも出来ず。ただその場にいるだけで体力が削られ、傷を負えば衰弱する。逃げ場の無い地獄で課された条件は、今思い返しても「死ね」と言われている気しかしない。


 ……これを「訓練」と称し、今も悪気の一切無さそうな様子を見せている冥官については、最警戒対象の枠組みに放り込み、今後も彼の前の立ち振る舞いに気を付ける必要があるとして。


 無茶な課題だと思う。思うが、それでも。


(何で、こんなに弱いんだろうな)


 才能も魔力も無いのに、ここまで戦えるだけでも十分──そんな事実がどうした、と思う。

 才能なんかを言い訳にしても、負ければ死よりも酷い目に遭う事には変わりない。だから疾は負けられない、負けるわけにはいけないのに。

 こうして、未知のものに接触する度に、無様に逃げ惑う……否、それすら出来ない。その事実は、疾に重くのしかかった。


(どうすれば……)


 どうすれば、自分は強くなれるのか──



「ああ、そうだ」


 不意に聞こえた冥官の軽やかな声に、疾の思考が遮られる。1つ瞬いて現実に意識を戻した疾は、やたらとにこやかな冥官に思わず身構えた。


「今回、疾は本当に良く頑張ったからな。良いものをやろう」

「待て、何を……っ」


 楽しそうに宣った冥官に制止をかけるも、身動ぎ1つまともに出来ない疾に逃れる術は無く。伸ばされた細い指が、額に触れた。

 次の瞬間。


「ぐっ……!?」


 濁流のように流れ込んでくる情報の洪水に、呻き声が漏れる。


(これ……は……!)

「どうにも疾は、術の勉強不足が過ぎる。知識の偏りは命に関わるからな。本当は自力で学んだ方が良いんだが、特別だ」


 大きなお世話とはまさにこの事だ、と疾は押し流されそうな意識の片隅で心の底から思った。確かに術に関わる書は稀少で高額なため、自学が進んでいないのは事実だし、圧倒的な技術と力を見せつけてきた目の前の人外から学べるのは有り難くもある。

 だが、千年にも渡り蓄積されてきた膨大な知識を一度に流し込まれるのは、もはや拷問に近い。疾も母親に鍛えられたお陰で情報処理にはそれなりに自信があったが、冥官のそれはキャパシティを越えていた。

 知識だけではなくその背景や来歴、関連する事件の顛末。更に、術者と冥府の住み分けに関する術の制限規則。……破天荒な貴族として生きたかつての、そして寿命のくびきから解き放たれた後の、彼自身が得た経験。

 それら全てが、幾重にも積み重なるように、疾に知識として降り注いだ。


(……っ)


 罵詈雑言を並べる余裕すらない。気を抜けば闇に沈みそうな意識を叱咤して、疾は懸命に頭を働かせた。知識を把握し、記憶し、整理する。膨大な知識をひとまず全て呑み込むようにして、疾は与えられた知識を受け入れた。


「──ま、こんなところかな」


 永遠にも思えた時間が終わり、額に触れていた冥官の指が離れる。


「っ、はあ……っ」


 疾は肺の中の空気を全て吐き出した。そのまま、深呼吸を繰り返す。ぐったりと身体の力を抜きながら、呆然と天井を眺めた。


(……この、知識は……)


 流し込まれている間は何とか呑み込むだけで精一杯だったため、分析する余地はなかった。だが、こうして膨大な知識を受け止めた疾が、それらから導き出される解答に辿り着くより先に。


「……疾は本当に、御母堂の影響が大きいなあ」


 呆れ気味の声と共に、視界が闇に閉ざされた。


「な、にを……」

「ただの人間が、こんな知識を一度に受け止めきれると思わないように。混乱した状態で分析すると、知識に呑み込まれるぞ?」


 誰のせいだ、と声を大にして異議を唱えるより先に、掌で目元を覆われた疾は急激な眠気に襲われた。


「知識の定着のためには、まずきちんと眠ること。まだ身体の方も万全じゃないんだ、暫く休もうな。家には帰してやるから安心するといい」

「っ……」


 反論は、口に出来ず。疾の意識は、そこで途切れた。


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