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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
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10 価値観

 さらりと言い切った疾に、楓が半眼でじっとり睨む。


「仮にも彼女相手に……前から思ったけど兄さんってドライよね。何で付き合ってるの?」

「何でって」

「アリスさんの、どこが好きになったの?」

「……さあ?」


 話が唐突に切り替わった事に戸惑った疾の相槌が、雑になる。楓が大きく溜息を付いた。


「いや、さあって……はぁああ、これで王子様とか」

「おい、それ楓まで知ってるのかよ」

「アリスさんがこの間、目をきらっきらさせて言ってたよ。夢壊れたらかわいそー」


 頭痛をこらえるような仕草をしつつ、疾が楓に言い返す。


「そこも勝手に夢を持つ方が悪い……というか、教わったマナーを全部こなして、礼儀正しく振る舞ってるだけで王子とか、いくら何でも雑だろ」

「それもそーだけどさ」

「完璧って、それだけで価値があるのよ? 疾」


 疾は、母親の言葉に思わず振り返った。


「何、それ」

「あのね、貴方はとても優秀なの」

「はあ……それは知ってるけど。ユベールですら最近、教わることないし」

「わあ、本人に聞かせたい」

「馬鹿、やめろ。……勉強の時に質問して反応見れば、客観的な力量差くらい分かるだろ。ユベールには悟られないよう気を付けてるよ」


 疾の反論に、楓が遠い目をした。


「……それもユベールさんの為というより、これまで世話になった相手との関係を悪化させるメリットがない的な意味なわけね。しかもそれで自分が疲れてるんだから、なんかこう……変だよそれ」

「そう言われてもなあ……能力全開でやってたら、周り敵だらけだぞ。それこそ今以上に疲れるだろ」


 疾は、自分が才能に恵まれているのを自覚している。母親ほどではなくとも、一般的に「天才」という言葉で括られるレベルにあるという事も、客観的なデータや経験から理解している。

 そして、才能は妬みを買う。才能のひけらかしは自爆でしかない、というのも知識として学んだからこそ、自分を見失わない範囲で周囲との関わり方を気を付けている。

 とはいえそうそう簡単な事でもないので、こうして時折疲れが出るわけだが、必要な努力として疾は割り切っていた。

 それを知る母親は、だからこそ、疾の主張にふいと「課題」を投げ掛けた。


「ふふ、そうね。だったらもう少し、疾は周りを見た方が良いわ」

「え?」


 母親は柔らかな眼差しを向けて、人生の先達としての言葉をかける。


「疾。普通の人はね、教わったことを「きちんと」するというのは、とても大変で、労力が必要なのよ。それを息をするようにこなせば、高く評価されるの。疾は今、飛び級以外の明確な成績を残していないから、尚更それが凄く見えるのでしょうね」

「母さん母さん、それ以上の明確な成績って何」


 楓が死んだ目で聞くのを見て、疾がそっぽを向いた。続く言葉は正確に予想出来たからだ。


「あらだって。疾、テストの成績は毎回標準偏差値±8.7%よ?」


「……は?」

「いや、楓。そこで俺に変態を見るような目を向けるのやめろ。ただ満点取るだけなら楽だろうって課してきてるの、母さんだから。自発的にそんな事してる変態じゃないかとか疑うなマジで」


 息継ぎも忘れて反論した疾に、やや勢い負けした楓が取り敢えず母親に尋ねる。


「……ちなみに、何でそんな事してるの?」

「疾の学習の進み度合いが凄く良いから、統計学のお勉強も兼ねて。無理もないけれど、ちょっとばかり普通の基準を読み違えているみたいだから。5%以内におさめて欲しいんだけど、苦戦してるわよね」


 楽しそうに答えた母親をじっくり眺めた後、楓は疾を振り返って、ふっと息を吐きだした。


「……兄さん。私、自分が凡人でよかったと思うの。ご苦労様」

「全く嬉しくない労いをありがとう」


 渋面を浮かべて言い返す疾に、楓はぐっと身を乗り出す。


「で、アリスさんとの馴れ初めは?」

「そこに戻るか……」


 9歳という恋愛入口の年齢に立つ少女の関心は、結局そこに収束するらしい。疾は辟易しながらも、疲れた頭のまま、本音をざっくり口にした。


「頭の回転は良くて、会話してるとそれなりに発見があって楽しい。末っ子らしい甘えぶりも、まあ可愛い。俺に真っ直ぐすぎる程これでもかって気持ちを向けてこられて、絆された……言葉にすると、そんな所だな」

「夢がない……!」

「楓。世の中に、そうそう父さんと母さんみたいな恋愛が転がってると思ったら、大違いだぞ。互いにそれなりに尊敬を向けあえて、楽しい時間を共有出来るなら、もうそれで十分恋人になる条件は満たすからな」


 楓がまたも机に突っ伏した。それを呆れ気味に眺めながら、疾は視線を宙に向けて続けた。


「あそこまで懐かれるとも思ってなかったけどな。俺が俺の主義で作り上げた振る舞いに対してアリスは恋をして、俺は自然体で周りの愛情を受け止めて笑うアリスの無邪気さを好ましく思ってる。互いに形は違っても好意を抱いてるんだし、恋人だろ、十分」

「……でもさ兄さん、兄さんの理想ってもっとしっかり者じゃなかった? アリスさんみたいなふわふわ女子は微妙に違うんじゃない? 良いのそれ、将来的に」


 楓の投げ掛けた疑問に、疾は肩をすくめた。


「この年の恋愛に将来まで考えないって。重いだろ」

「あら、そう?」


 きょとんとした声に、楓がゆっくりと机から頭を起こした。


「……うん、そうだね」

「だろ」

「ええ……?」


 高校時代、父親に見初められ、結婚を前提にする外堀埋めをガンガン進められていたのに気付かず、天然スキルで何度も撃墜しながらもしつこくがっつり口説かれた結果、現在進行中で依存レベルで父親に恋をしている、というちょっとアレな恋愛経歴の母親を知る2人に言わせれば、「どんな形でも恋愛は経験しておくべきだ、ああなる前に」というのは暗黙の了解だった。

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