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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
序章 波瀬 疾
1/232

1 魔術師の敵

 飛び交う魔術。投げつけられる刃物。あちこちで響く爆発音。

 それらを躱し、いなし、反撃して駆け抜ける。

 苛立ち混じりの怒声をかいくぐり、ひたすらに走る。


「くそっ、ちょこまか逃げるな!」


 戯言を無視して、走る。銃の引き金に指をかけ、力を込める。

 銃声が、一度、二度、三度と響いた。


 ──爆発。


 直前に投げ込んだ魔道具が発動し、それまで四方八方から放たれていた魔術と不協和音をきたした結果、白い閃光と爆風が撒き散らされた。


「くっ、風を起こすぞ──があっ!?」

「うわっ、何だこの魔術は──ぎゃっ!?」


 悲鳴が響く中、短く笑い声を響かせる。


「はっ」


 地面を力一杯蹴った。壁も使って天井まで上がり、魔術で軽い引力を発生させ、腕力も併用して数秒だけ重力に逆らう。


 3,2,1。


 ──濁流に、ワンフロアまるまる押し流された。


 津波の原理は、水の塊が壁となって進んでいる。それを模倣して、水の壁を端から端まで移動させただけで、次々と足を掬われて流されていった。人間、膝下の流れでも押し流されるが、呼吸を妨げないだけで油断するのもまた人間だ。


「ばーか」


 呟いて、誰も居なくなったフロアに降り立つ。階段を上り、最上階に辿り着いた。

 大量の資料が積み上がる机が幾つも置かれたそのフロアに、自然と笑みがこぼれる。小さく詠唱を唱えてから、窓に向けて発砲する。ガラスが砕け散り、窓枠だけになったそこへ飛びついた。


「いたぞ!」


 背後から、叫び声と魔力の高まり。振り返り、魔術を視認して異能を発動する。

 発生しかけていた魔術が、粉々に砕け散った。


「くそっ、妙な手品を……!」

「ははっ!」


 言い草に思わず声を上げて笑い、振り返る。月の光を背に、顔が敵へと真っ直ぐ向けられた。



 磨き抜かれたマホガニーのような艶のある髪、琥珀色の瞳。人外じみて見える、整いすぎるほど整った面差し。



 美しいという表現が生易しく感じる美貌に、呆けたような阿呆面が幾つも晒された。


「おまえらがそれを言うかよ」


 嘲って、銃を構える。我に返った連中が身構えるより先に、引き金を引いた。同時に、窓枠を蹴って脱出する。

 重力に従い落下しながら、窓から吹き出す炎の渦に、にいと笑った。


「燃え尽きろ」


 炎に込めた魔力濃度は、決して高くない。咄嗟に張った障壁1つで怪我1つ負わないだろう、その程度のもの。

 だが、自己防衛本能に操られた人形に、その場にあった貴重な資料を守ると言う思考は働かない。紙切れを燃やし尽くすには、十分だ。


 嘆きの悲鳴が聞こえてくるのをくつくつと嘲笑い、──はやては、緩衝魔術を発動させた。






「……ちっ」


 片足立ちで顔を顰め、路地裏に身を潜めた疾は浮かせた方の足を睨んだ。消しきれなかった衝撃に、足を痛めていた。骨折まではないが、皹くらいは入ったかもしれない。


「魔力は……足りるか」


 呟いて、治癒魔術を施す。魔術が終わり、足を地面に下ろすと、痛みはない。


「よし」


 他に怪我はないか、服に破れはないかを確認して、疾は歩き出す。夜の街をすり抜け、見慣れた家屋の1つに入った。

 ドアを開け、玄関で靴を脱ぐ。この国では珍しい風習だが、くつろげないからと彼の両親が日本の習慣を持ち込んでいた。

 スリッパを履いた疾は、ぱたぱたという足音に顔を上げる。リビングに繋がる廊下から、ひょこりと少女が姿を現した。


 疾と同色の茶髪を長く伸ばし、後ろで1つに括った少女は、艶やかな木の実を思わせる焦げ茶の瞳を疾に向けて、唇を尖らす。


「……まーた夜遊び? 夕飯食べないなら連絡してってば」

「食べないとは言ってないだろ」

「えぇええ、今からまた作るの……」

「温めて食べるから作り置きしておけって前から言ってる」

「やだ、それは私の美学に反する」

「あっそ」


 腰に手を当てて言い切る少女に、苦笑して肩をすくめた。仏頂面の少女が、疾を見上げる。


「取り敢えず、お帰り」

「おう、ただいま」


 挨拶はかかすなと言う波瀬家のルールに従い、疾は妹の──かえでの言葉に笑って返した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 最新作と思われるので読ませていただきました。 魔法バトルものとして、理屈でしっかり固められていて敵が戸惑う様子が目に浮かびます。万能な主人公というより、利口なタイプという印象がしっかり伝わっ…
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