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魔導學校第六十六期生活動記録〜常闇より降誕す〜  作者: 甘木人
第1章 たそがれ
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1-4 たそがれ 終

「おはよう」


 放課後の医務室。先生は職員会議で席を外しているため、二人しかいない。読んでいた本を乱暴に閉じ、ようやく目を覚ましたリョウトに声をかける。


「ああ、うん、おはよう……?」


 周囲を見渡すが、現状が理解できていないらしく、首を傾げる。


「医務室。今は放課後」


 夕焼け色に染まったどこか郷愁を感じさせる医務室で、寝台に横たわっていたリョウトが上体を起こす。

 ああ、と小さく呟いたあたり、何故ここにいるのか、自分がどうなったのかを理解したのだろう。


「君さぁ、大将が……いや、なんでもないわ」


 勝ち負けなど些細な事。人間が好きであるが故に、咄嗟に動いてしまったのだろう。それが彼の核にあたるものだというのなら、注意したところで聞くものではないだろう。


「ごめんごめん、つい」


「ま、いいけど。初めて黒星ついたけど」


 戦闘訓練では白星しか上げたことがなかったため、なんだか新鮮だ。想像していたよりも不快感はなく、むしろ重荷が下りたような気さえする。それでも、なんとなく意地悪してみたい気持ちになり、毒を含んだ発言をしてみる。


「う、それは……申し訳ない……」


 効果は抜群だったらしく、しゅんと肩を落とす。性別は男性だというのに、何とも言えない小動物のような愛らしさがあり、笑いだしそうになってしまう。

 

「それはそうと、傷は大丈夫?」


 保険医による治療は完了しているが、頭を殴られているため心配してしまう。吶喊してきた男は教員たちに差し押さえられ、生徒指導室へ連行された。その際、明確な意図を持ち、頭部を殴打しようとしてきた旨は伝えてある。良くて停学、最悪、除籍処分が下るだろう。


 実戦演習とはいえ、限度はある。規則がある。それはいかなる時でも順守されなければならない。


 リョウトは右頭頂部を軽く撫で、頷く。


「大丈夫。昔から傷の治りが早いんだよね」


「それは良かった。けど、後でしっかりと病院に行くようにとのこと」 


 差し障りのない、社交辞令のようなやり取り。ぷつりと会話が途切れてしまう。互いの事を知らないため、話題が広げにくい。保険医は三十分は帰ってこないと言っていた。放っておいて帰るのは、さすがに庇われた身として申し訳ない。


「あー、君はさ、来年度とかどうすんの?」


 無理やり会話口を開く。


「どうもこうも、このまま進級する気でいるよ。成績も……まあ、大丈夫だろうし」


 すこし不安げだ。あの訓練場での動きを見ていると、確かに危ういところはありそうである。


「ふうん」


「涼風さんは?」


「私は……どうしようかなって」


 会話をして間もない人間に何を言っているのか。こんな親にすら話したこともないような、私らしくもない弱気な発言がこぼれた。


「そうなの? 学年でも一位でしょ、成績」


「まあ、成績はね。あんなの教科書眺めれば満点だし」


 羨ましいなとリョウトが眉を寄せる。


「ただ……どうにも、やる気……というか、やりがいがね」


 何をして容易くこなせてしまうが故の虚無感。周りとの思考、活力の乖離。たかが箔付けであり、魔導官への憧れがないことも大きいのだろう。私が何をしたいのか、どうありたいのか分からない。足元がおぼつかず、ふわふわとしたままここに来てしまった。


 場違いである自覚はある。しかし、別離を望んでも周りがそれを拒否する。それを振り払うべきか、それとも。


「雲雀みたいなこと言っているね」


「雲雀?」


「掛坂雲雀。ほら、金髪のでっかいの。幼馴染なんだ」


 既知である。


「あれも同じようなことを?」


「うん。雲雀は魔導官になりたいわけじゃなかったからね。ただ、俺が魔導官になるって言ったら心配だってついてきた」


「……ああ、なんとなく分かるかも」


 くすりとしてしまう。きっと今日のような振る舞いを見てきたが故の判断だろう。


「そ、そう?」


「うん。なんか、コロッと死にそう」


「ひどい……」


「だって今回みたいなこと普通にするでしょ?」


 訓練用の得物であったから良かったものの、もしこれが実戦であったのなら彼は死んでいただろう。自らの生命を省みず、庇うことを平気で行うような友人を放っておくなど、気が気でないに違いない。


「そうだね、するかな。でも魔導官なんだし」


 彼にとっては当たり前のこと。

 きっとこの子を死なせないようにするのは、骨が折れるだろう。


「ああ、さっきの話だけど、涼風さんには魔導官になってほしいな」


「なんで?」


「だって、涼風さんは成績良いから魔導官になればたくさんの人を救えるでしょ?」


 押しつけがましい、他力本願とでも言えるような発言だった。でも彼の場合は違うのだろう。

 

 自身も必死になって人を救うが、当然手が届かない生命も、指の隙間から零れ落ちる生命は必ずある。それは避けようがないことだ。だが、彼はそれを減らしたい。魔導官として当然至極の思考である。ただ、その純度が異なっている気がした。


 彼は、自分が死ぬことになっても誰かが救えれば良いのだろう。犠牲となることもいとわないだろう。

 どこにその起点があるのかは分からない。生まれつきのものなのか、それとも何かがきっかけになったのか。ただ吹けば消えるような、儚さがあった。


「魔導官、そうね、そう言われちゃなるしかないかな」


 上辺だけではない言葉が胸に染み入る。悩み、荒れていた精神がすっと穏やかになっていく。

 他人の言葉にこれほどまで影響を受けることは初めてであるが、案外悪くないのかもしれない。それに。


 彼を死なせないようにすることは、やりがいがありそうだと思ったのだ。

 あわい黄昏が深く降りてきていた。郷愁を匂わせる色は、次第に紺碧にのまれていった。







「しかし、珍しいな。お前が弁当作り忘れるなんて」


「課題がなかなか終わらなくて、寝坊を」


「俺に聞きゃいいじゃねーか」


「そこまで甘えるわけには……」


 學園の食堂は百人を超える人で賑わっている。魔導學園内でも最大規模の建物であるため息苦しさは感じないが、それでもやはり圧倒される。生徒たちの喧騒に負けない程の声量で、厨房から怒号の意思疎通が絶え間なく繰り広げられている。

 窓際の席で、雲雀と向かい合いながら昼食をとる。リョウトは煮魚定食、雲雀は焼肉定食の超大盛りである。

 

「相変わらずクソ真面目だな」


「それぐらいしか取柄がないし」


「んな事はねーよ。お前のいいところならいくつでも挙げられるさ。言ってやろうか?」


 欠点を挙げるなら、その自己評価の低さだなと雲雀はにやりとする。


「それは恥ずかしいからやめ……んぐっ」


 リョウトの身体が沈む。ずんとした重さと柔らかさ、そして甘い匂いがする。

 何かが肩にのしかかっていた。


「やっほー、『ろっくん』」


「ろっ、く……? あれ、涼風さん?」


 真後ろにいるため顔は見えないが、声色で察する。それに唯鈴は満足したようににんまりと笑う。

 リョウトの頭を指先で突く。


「頭の怪我大丈夫だった?」


「ああ、何ともないと」


 後日、病院に行ったが小さな瘤ができているだけと診断された。今はもう跡も残っていない。


「それは良かった、っと」


 さも当然とばかりに隣に座る。

 その手には、今日のおすすめと紹介されていた献立がある。


「おい、お前。なに当たり前のようにリョウトの隣に座ってやがる。邪魔だ、去ね」 


「別にいいでしょ? ねえ、ろっくん」


「え? あ、まあ、いい、のかな?」


 雲雀と唯鈴が睨みあう。

 存在だけは知っていたが、初の会話だった。そこに初対面故の社交辞令や互いを探るような手順はない。互いの本能、あるいは直感とでも言うべきか、瞬時に察する。


 ―――こいつ、嫌いだ。


 奇しくも似通った翡翠の瞳同士が火花を散らす。

 長い長い確執の始まりの瞬間だった。

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