1-3 たそがれ
午後は合同の模擬演習だった。百五十人の候補生を五班三十人ずつに分け、その中で紅白に分ける。つまり十五対十五の紅白戦である。
班分けの際にひと悶着あったようだが、それぞれが指定された場所へ移動し、配置が終わる。
魔導學園の敷地内には植林された区域がある。日ノ本の国土は八割が森林、ないしは山間地帯であるため、それを見越した訓練が必要となる。これはそのためにつくられた場所であった。高低差のある地形に加え、小川が流れ、大小入り組んだ木々が植えられている。自然のそれと大差ない。大型野生動物有無程度だろう。
各組で大将を決め、それに一撃加えれば勝利となる。各員は魔導、訓練用魔導兵装を用いてぶつかり合うといった内容だ。不浄との戦いというよりは、戦闘に慣れることを主眼としている。
「それでは大将は涼風様で」
鶴の一声というべきか、一人の級友の言葉に皆が小さく頷いた。こういった演習の時、毎度のように大将にされてしまう。
おそらく敵側もそう考えるであろう。だからこそ、意表を突く。
「今日は……この子にしない?」
「え?」
指さすのは小柄な彼だった。
一瞬皆は不安そうな顔をするが、それを押し切った。
私は大将の護衛、兼、影武者として最奥に待機する。他の員は徒党を組み、防衛と攻撃を命じる。通信機の類はないため、それぞれが各自の判断で動くことになる。必要とされるのが、状況判断能力だ。
「大将……大将かあ……」
隣でほんの少し顔を青ざめさながらため息をこぼす。
「ねえ、君、名前教えてよ」
「ああ、そうだった。俺は六ヶ崎リョウト」
初めて聞く名前だった。
「私は」
「涼風唯鈴さんだろう。知ってるよ、魔導官候補生だからね」
知られていて当然だろう。ただ、一つ、彼の言葉が気になった。『魔導官候補生だから』。その言い方はまるで。
「なんだか学校の皆を知っているみたいな言い方だね」
言葉の綾みたいなものだろうとは分かっていたが、からかうようなことを口にしてしまう。すると彼は小さく笑う。
「うん、知ってるよ」
「知ってるって……学校の皆を?」
「うん。魔導學園の全校生徒一千六百七十八人の名前なら知ってるよ」
さらりと、誇ることもなく当然のことのように言ってのける。
思わず瞠目してしまう。
「え、ええ? いやだって、そんなに名前を見る機会なんて」
「あるじゃない。入学式とか進級発表の時とか」
入学者の名前は式の日に張り出されるが、そんなもの一分とて眺めたことはない。どれくらいの生徒が入学したのか、男女比はどれくらいなのか、全く分からないし、そもそも興味がない。
進級発表の時も同様である。私が進級出来ることなど火を見るよりも明らかであるものだから、見たことがない。後輩の面倒を見ようなど考えたこともない。
「ぷっ、あははは! 君、地味な子かと思ってたけど、とんでもない変人じゃん!」
「へ、変人? そうかなぁ、初めて言われたな」
「でしょうね。なんせこの私ですら気が付かないんだから、周りの連中が君のおかしさに気付くわけないって!」
リョウトは褒められているのか貶されているのか分からず、薄ら笑いで返す。
「ねえ、なんかもっと面白い話してよ」
「ええ……面白い話? うぅん……」
ああでもない、こうでもないと唸っている。
こう見ると、面白みもない極々普通の中性的な男子でしかないのだが、何かまた理解の範疇を超えたようなことを口走るような期待がある。
とはいえ、いきなり面白い話をしろという事はさすがに酷であるだろう。馬鹿真面目に頭を捻っているリョウトを見て、助け舟を出す。
「じゃあ……なんで君は魔導官になろうと思ったの?」
ああ、それならと目を細める。
「人間が好きだからだよ」
恥じらいはない。真っ直ぐにこちらを見ながら、さも当然とばかりに答える。
「くっふ、ははははは! だ、駄目だ……君、面白すぎる……!」
腹を抱えながら大声で笑う。
きょとんとしている様がまた面白い。何がおかしいのか理解できないという思いがありありと伝わってくる。
「いやあ、笑った笑った。半年分くらい笑った気がする。いいね、君。初めて見る人種かも」
「はあ」
私の目もまだまだだ。こんな奇妙な人間の存在に気が付かないでいたとは。
異性の人間とこれほど早々に打ち解けたことは初めてかもしれない。何とも言えない雰囲気が彼にはある。ほんわりとした、全てを許容してくれそうな甘さとでも言えば良いのだろうか。それは私にはない素養だった。
その時。背後より迫る魔力を感じ取る。
「!」
とっさに振り返り、迎撃する。しかし、その行動は悪手だった。会話に夢中になるあまり、戦闘中であるという心構えになっていなかった。
迫っていたのは魔力駆動自立人形だった。武器は有さず、ただ動くだけの代物。
しまった。これは囮、罠である。
本命は。
「涼風唯鈴ぅぅ!」
木々の合間を縫い、吶喊してきたのは昼時に追い払った男だった。気取ったような振る舞いはなりを潜め、血走った眼でこちらに刀型の魔導兵装を振り下ろさんとしている。
これは無理だ。回避は間に合わず、迎撃も厳しい。せめて防御だけでも。
強化の魔導を発動させたまま、木刀が禁止されている頭部目掛けて振り下ろされる。両腕をあげ、防御を試みる。
しかし、いつまで経っても衝撃も痛みもない。腕の隙間からそっと覗き見ると、私の前に立ち、そのまま崩れ落ちる者がいた。
「っ!」
それが何者であるか、考えるまでもない。
強化の魔導を発動させ、男の顎部を殴る。当たり所が良く、一撃で脳震盪を起こし崩れ落ちた。それを捨て置き、もう一人、私をかばった者を助け起こした。