1-1 たそがれ
夕陽を浴びる横顔は一枚の絵画を思わせた。魔導官候補生らしい質素な服装とは対照的に、陶磁器のような透明感のある肌、翠玉の双眼、均整の取れた高い鼻立ち、装飾はおろか化粧すらしていないというのに、他者とは一線を画する美貌と魅力を有していた。
「はあ」
深いため息が、形の良い唇からこぼれる。
涼風家に生まれ十七年、一度たりとて遭遇したことのないもの、『悩み』が彼女の前に立ちはだかっていた。
日ノ本最大の企業である『涼風重工』の長女として産まれたことで初めから有していた権力、加え、容姿、頭脳、求心力、あらゆるものを彼女は持っていた。それらは努力によるものではなく、人間が呼吸をすることに等しく、ごく自然に身についていた。
産まれ持っての『主』たる資質。それは涼風家を継ぐものとして相応しい才だった。
そんな彼女が魔導學校にいる。その理由は、自身への『箔付け』。すでに両親をはじめ、親族からの絶対の信頼を寄せられているが、いかんせん唯鈴は若く、彼女の両親も退職する時期ではない。このまま補佐として働くという選択肢もあったが、どうせなら学生ならではの経験をしてみたいと思ったのだ。白羽の矢が立ったのは、魔導官という、唯鈴の人生において一切縁のなかったものだった。
「来年度、ねえ」
四年次より始まる専門的かつ高度な魔導教育。それに伴い危険性が高まるということへの注意喚起と承認書だった。
正直、魔導官になりたいと思ったことはない。同級生と比べても、志が著しく低い。やりがいも楽しみもない。魔導官としての勉学に飽きているといってもよい。そのことを先ほど担任に伝え、退学も考慮していると告げたところ、必死に反対された。なまじ、成績が良いためだろう。
どうしたものか。児戯にも等しき時間で、短い人生を浪費するのは決して有益ではない。ならばいっそのこと。
そんな時、何か物音がした。室外、おそらくは裏手にある鍛錬場だろう。
このまま紙面とにらめっこしていても埒が明かないため、鍛錬場へと脚を向ける。
一度も行ったことはないが、たしかこちらであった筈だと記憶を頼りに進む。下校時刻はとうに過ぎている為、人の気配は全くない。だからこそ聞こえたのだろう。それにしても、放課後残ってまで鍛錬とは、よほどの真面目か、それとも劣等生か。
二階の窓から顔を覗かせると、魔力駆動自立人形が四台、機械的に動いていた。脚部に着いた車輪が勢いよく回転し、段差を飛び越えながら赤の魔導を放っている。初見であれば、その滑らかな動きと素早さに戸惑うかもしれないが所詮は人形。前後左右にしか動かないため、手玉に取るのは容易い。
しかし、そこにいた少年にとってはそうではなかった。
赤の魔導は外れ、前方からの攻撃を防げても他の機体が背後より叩く。接近戦に持ち込もうにも強化の魔導は、まだらで歪。さびついた機械のようにぎくしゃくとした動きとなり、かえって弱体化している始末だ。
なんともお粗末な動きに苦笑する。確かにこれでは居残りしなければならないだろう。
魔導は、自身の想像力が重要である。放出の魔導なら弓矢や火器、形成なら完成形を、展開なら全身をよどみなく流れる流水といった具合だ。だがどうにも彼はそれが出来ていない。
魔導と言う現象を無理に引き出そうとしているように見える。魔導を魔導としてはいけない。何かしら、別のものに変換し、出力することが必要なのだ。
魔力は意思によって制御できる力。それを完全にものにするための第一歩はそこである。
ただ、それを伝える気はない。話したことはおろか、名前すら知らない人間に助言をする気はなかった。
翌日、そしてさらに翌日と、その少年は同じように訓練場にいた。
ひたむきな性格は決して嫌いではないが、こうも改善が見られないとどうしても苛付きを覚えてしまう。元々我慢強いわけではないこともあるだろう。
一つ一つの動きは丁寧であるが、要領が悪い。判断が良くない。覗き見を始めて十五分ほどが経った頃、ついに私の中にあるもどかしさが爆発した。
「だあああ! ちっがぁう!」
突然の怒鳴り声に、びくりと少年の肩が跳ねる。二階を見上げ、目を開閉させる。
少年と人形を指さしながら喚く。
「そうじゃない! なんで放出から一歩遅れて動き出す!? 同時に動き出せ!」
「え、いや同時だと当たらな」
「当たらなくていい! 牽制になるでしょうが! 人形は人間の反応を模してるんだから、間近を攻撃されれば一瞬動きが止まる、それを正確に狙えばいい!」
正確に攻撃を繰り出そうとして、動きが緩慢になっている。確かに正確性は重要だが、一対多数に限ってはそうではない。まず為すべきことは、多の動きを妨げること、戦力を削っていくことである。
はったりであっても攻撃が外れてもいい。まずは、脚を止めさせることを優先しなければならない。
「走る!」
少年は言われるがまま、赤の魔導を周囲に放ち、駆け出す。狙いは雑で、まったく見当違いの方向に向かっているものもある。その中に二つ、人形に直撃せんばかりの攻撃がある。二台の動きが一瞬止まる。人間で言う、反射による硬直である。
もう二台、最短距離にある人形を蹴り、動きを停止させる。背後より迫るが、一台だけなら問題ない。身をひるがえし、攻撃を避け、接近、機能停止させる。
静止していた二台も同様の手順だった。牽制し、一台ずつ潰す。
呆れる程に単純で容易だった。
「ふふん」
大したことのないものだが、こうも上手くいかせることが出来ると気分が良い。少年はこちらを見上げると、大きく手を振る。その顔は高揚しているように見えた。
「ありがとう!」
横から口を出され、有無を言わさず命令をされたというのにそれを不快と思っている様子はなかった。
自身の振る舞いがなんだか照れくさくなり、逃げるようにその場を後にした。