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序章 邂逅

「う、撃て撃てぇ! 周りの事なんか構うな! アイツだけを狙えぇ!」


 悲鳴じみた命令のままに、少年たちは魔力を放出する。赤熱したそれは真っ直ぐに、間髪を置かずに、迫る『獣』へと向かう。乱撃しているように見えて、狙いはいずれも正確、それでいて間が空かないよう調整されている。誰に言われることもなく、それを当たり前のように行う。出力も申し分なく、これらが日頃の鍛錬の賜物であることは明白だった。しかし、それを威ともせずに敵は突撃してくる。


 金色の髪に、翡翠の眼孔がぎらりと煌めく。口元には攻撃的な笑みが浮かんでいる。黙っていれば、端正とも取れる顔立ちは闘争本能に塗りつぶされていた。


 数多の赤の魔導は、眼前で霧散する。彼ではない。その傍らの存在がいる、まるで影のようにぴったりと張り付き、護っている。

 まるで光と影。まさに表裏一体。


「う、うわあああ!」


 甲高い叫びと共に、鉢巻を付けた少年が吹き飛ばされる、なんら遠慮のない、純粋なまでの暴力だった。やや遅れた間の抜けた笛の音が響く。


「そこまで! 赤組の勝ち!」


 歓声と溜息が混じりあう。


「う……せ、先生! 『あいつら』を組ませるのは無しにしてくださいよ!」


 運動着を泥だらけにしながら、痛む肩を押さえる。理不尽なまでの力量の差に対する不満がありありと浮かんでいた。


「そうは言われてもな、くじ引きでくっつくんだもん、あいつら」


 班分けは毎回くじ引きである。全員が魔導官学校に三年通い続け、共通の教育を受けている。実力に大きな開きはないはずであるため、基本的にくじの結果のままだ。確率は皆等しく平等であるはずだ。だというのに、なぜかあの二人は必ず組になる。


「はっはっは、負けは負けだろ。それに、俺様とこいつは一心同体だぜ? 別々ならばって考えが甘いのさ」


 勝ち誇った顔と声色を披露するのは何度目であろうか。同級生からすれば、もう見慣れた、そして越えられない絶対の壁として彼は認識されていた。

 『掛坂雲雀』は、傍らに立つ、頭一つ小さな紺色の髪の少年の肩を組む。


「なあ、相棒」


「……まあ、そうかもしれないけど……でもちょっとやりすぎ。大丈夫? 立てるか?」


「ああ、すまねえ……大丈夫だ」


 同年代に比較すると小柄な体躯に、中性的な風貌をした少年の手を掴み立ち上がる。その様は雲雀と対称的なまでに慈悲深く、優しい。


「……むう」


「お前は、このくらいで妬くな」


 それを面白くなさそうに睨む雲雀の頭を、担任教師が小突いた。

 

 予鈴がなり、一人になった訓練場にて。

 三年次、最後の授業は生徒の希望を受けた紅白戦だった。結果は、赤組の勝利。というよりは。


「……掛坂の勝ち、か」


 入学当初から有名な生徒であった。あの『掛坂』家の長男であるということも、ひときわ目立つ大柄な体躯であるということも要員の一つだが、最大の理由は圧倒的なまでの才覚だった。

 初期段階から現役魔導官に匹敵する魔導練度、魔力量、身体能力、判断能力、洞察力。全てが備わっていた。それがしっかりと教育を受け始めれば、もう手が付けられない。一が百にも千にも跳ね上がっていく様は感動を通り越し、恐怖すら覚えたものだ。


 まぎれもない天才。おそらく、百年に一人いるかいないかという程の傑物。だが、今年は彼だけではない。名簿を捲る。ずば抜けた成績を収める者が『五人』いる。いずれもが、掛坂雲雀に匹敵するとも劣らない化け物たち。


 まだ蛹。それが羽化し、真の姿を見せればどうなるのか。


「……ったく、とんでもねえ年の担任になったもんだ」






「これで三年も終わりだな」


「ああ、やっとだ。あと二年か」


 衣類、教科書、備品をまとめ終え、八坂の街外れを並び歩いている。

 明日から二年間、寮生活が始まり、魔導官候補生としての本格的な実技演習が始まる。それに向けた引っ越しの準備を終えた。男二人ということもあり、荷物は旅行鞄一つに収まる程であった。


「それにしても、お袋、マジ泣きしてたな。今生の別れでもあるまいに」


「ふふ、子を思わない母はいないだろうさ」


「ありゃ俺よりお前を恋しがってたようにしか見えんぞ」


 遅れてやってきた反抗期の実の息子と、献身的でいつも控えめな居候。俺だったら、後者を大切にするだろう。

 現に父母は、隣を歩く幼馴染を目に入れても痛くない程に可愛がっている。それを嫉妬するようなことはなく、むしろ当然だと思う。共に暮らし始めて十三年になるが、同じものを食べ、同じ教育を受けている。それでもどうすればこんな人間になるのか理解できていない。


「ええっと、こっち?」


「もう少し先だな」


 地図を片手に小首を傾げる。

 この辺りを歩くのは初めてであるため、足取りはひどくゆっくりとしている。本来ならばわずらわしさの一つでも覚えそうなものだが、彼と共にいる時に限り、それはない。理屈ではなく、ただ、昔から居心地がいいのだ。心が朗らかになると言えば良いだろうか。


 歩を進め続けると、目的の場所が見えてきた。日ノ本最大の都市の『八坂』だが、決して住宅が密集しているというわけではい。ほんの少し脚を延ばせば土の匂いに出くわす。

 

 生け垣に囲まれた『エ』の形をした二階建ての木造建築物。よく整備はされているようだが、やはり古臭さが目立つ。ここが『高凪寮』、二年間を過ごす寮である。


「お?」


「あ?」


「むむ?」


「おや?」


「……ぁ」


 その入り口で、ちょうど六人、図ったようなタイミングで出くわす。

 掛坂雲雀、涼風唯鈴、瑠々璃宮瑠璃、飯塚亜矢人、飯塚亜矢音。後に『降臨者』と称され、日ノ本の頂点に座す五人の邂逅だった。


 そして。


「……なんだか見知った顔しかいないな」


 そして、『六ヶ崎リョウト』。


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